第一話 狼男の密室殺人(3)証言者 ケネス・ブレイク団長
「それで、俺はなにをすればいいんだ?」
「まずは聞き込みをしたいんだが……私を牢から出すのは無理か?」
「だめだ」
ウィリアムは一刀両断に却下する。
「アンタに協力するとは言ったが、俺はまだアンタのことを信用したわけじゃない。逃げるための方便だって可能性もある」
「もっともだな。しかし、君の裁量に任せるのは、正直不安で仕方ない」
「そんなことはないんじゃないかな」
イラっとして言い返すと、
「では問うが、誰に何を問えばいいのか、わかっているのか?」
「……」
返答に詰まると、鼻で笑われた。
「やはり、私も付いていくしかないな」
「だ・め・だ!」
柳生が子供のように口をとがらすので、こっちも睨み付けてやる。
「他の団員が様子見に来たとき、アンタが牢からいなくなってたら大騒ぎになるだろ」
「事情を説明して、一時釈放とかできないか?」
「できると思ってるのか?」
ウィリアムは想像する。団員達に向かって「ちょっと殺人犯を捜すために、牢にいる第一容疑者を解放させてください。大丈夫です。逃げないように俺がしっかり見張っておきますから」と説得する自分の姿を。雪かきのときに味わった、団員達の冷ややかな視線が、脳裏にありありと蘇る。
「釈放は無理だ」
「じゃあどうする」
「そんなこと俺が――」
知るか、と言いかけて言葉が止まる。脳裏に稲妻のようにアイデアが閃いた。
「この規模の城塞ならアレがあるはず……アレを使えば……でも、見つかったら……」
アレを使えば、柳生を牢から出すことなく、捜査ができるだろう。しかし、万が一ばれてしまったら、間違いなくウィリアムも処分を受ける。騎士団就任どころか、従騎士身分の取り消し。自分だけならまだいい。最悪実家にも迷惑が――
「ウィリアム君、どうしたんだ?」
独り言を呟き始めたかと思うと、急に黙り込んだウィリアムに向かって、柳生が少しばかり気遣わしげに声を掛ける。が、ウィリアムの耳には入らない。
ウィリアムは悩む。
悩んで悩んで――覚悟を決める。
ウィリアムは柳生に向き合うと、深呼吸をして言った。
「ひとつだけ方法がある」
***
ウィリアムは、南塔の最上階にある小部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼いたします」
ドアノブを握る前に、顔周りの髪の毛を撫でつける。大丈夫。よほど注意しなければ、イヤリングは見えないだろう。
扉を開け中に入る。
ケネス団長は机に座って書き物をしていた。机は部屋の正面奥に置いてあるため、ウィリアムと団長は机を挟んで向かい合う形となる。
ウィリアムは緊張しながら口を開く。
「配膳が終わりましたことを、ご報告に参りました」
「そう、ご苦労。罪人の様子はどうだった?」
「元気でした。それはもう、とびっきり」
そう答えれば、さして興味もなさそうな「へぇー」という空返事が返ってきた。
「あの人は、これからどうなるんですか」
「さぁな。領主様の判断によるな」
ケネスの言葉が終わるや否や、イヤリング――正確にはイヤリングについた水晶から――キイキイとした声がする。
『なーにが、朝イチで広場で縛り首だ! よくも騙したな!』
「うるさい」
思わず舌打ちが漏れる。ケネスが怪訝そうに問う。
「どうした?」
「イエ、ナンデモナイデス」
ぎくしゃくと誤魔化す。危ない危ない。背筋に冷や汗が伝う。そんなこっちの状況も知らず、今度はご機嫌な声が響く。
『しかし、この伝令水晶というのは、おもしろいものだな。本当に声が聞こえる。なるほど、なるほど。これが魔法道具というやつか』
うるさい、と再度喉元までこみ上げてきた言葉を飲みこむ。おもちゃに夢中な子供のような柳生とは逆に、ウィリアムはすぐ真横で囁かれているような感覚に慣れず、先ほどからずっと背筋がぞわぞわしっぱなしだった。
牢屋で柳生と話したあと、ウィリアムは監視塔へ行き、倉庫に忍び込んだ。
伝令水晶と呼ばれる魔法具を拝借するのが目的だった。
水晶は、魔力を流すと一定の周期で振動する性質から、様々な魔法道具に利用されている。その中でも伝令水晶は、数ある水晶魔法具の中で最高傑作と名高い道具だ。
今から三十年前。ある魔術師が、片方に魔力を流せば、もう片割れも全く同じ周波で振動する性質を持った水晶を見つけた。その水晶を双子水晶と名付け、その共振作用を利用してひとつの魔法道具を作った。それが伝令水晶だ。
この魔法具は、片方に話しかけると、もう片方にその声が伝わる仕様になっている。大変に貴重なもので、基本、大貴族や大規模な騎士団ぐらいしか所有できないものだ。ここ銀の弓騎士団の規模なら持っているのでは思い、備品倉庫に忍びこんだところ、緊急時に城塔間で連絡をとる用に保管してあった水晶を発見した。人手が足りないと愚痴っていたとおり、倉庫周りには誰も居なかったため、盗む――拝借するのは簡単にできた。
(すみません。終わったらすぐに戻しますんで!)
これも正義のため。正義のためだから仕方無い。
さっきからずっと自分にそう言い聞かせているが、『映像が見られないのは残念だな!』という緊張感も感謝の心も欠片もない声を聞いていると、途端に心が萎えそうになる。
「ウィル君、まだなにか?」
柳生との会話に気を取られていると、ケネスが訝しげに声をかける。
「えっ! えーっと……」
まずい。ウィリアムは話題を探す。
「良い部屋ですね!」
話題は見つからなかった。
「どうもありがとう」
ケネスが素っ気なく答える。
「えーっと、えーっと……本当に良い部屋ですね。本棚にあるのは日誌ですか? これ全部団長がお書きに?」
ウィリアムはぐるりと周囲を見渡して言う。左側の壁際には仮眠用ベッドと衣装箪笥、右側には大きな本棚が置いてあり、本棚には、本や書類がきっちりと詰まっている。
「日誌やら色々だね。触らないでね」
「はい! もちろん」
「もういいかな? そろそろ退出してくれると助かるんだけど」
「え、えーっと……」
仕方ない。正直に話そう。
「あの、俺、事件に興味があって……」
しどろもどろに切り出すと、露骨に嫌そうな顔をされた。
(捜査をしたいって言っても、怒られるだけだよなぁ。どうしよう。どうしたらいいかな。たすけてにいちゃん……えーい、もういい! 当たって砕けろだ!)
ウィリアムは大きく息を吸うと、早口で捲し立てる。
「俺、ホントこういうの気になって気になって仕方ない人間でして。すみません! お願いします! 話聞けたらおとなしくするんで! 教えてください! お願いします!」
そう言って頭を下げる。ひりついた空気の中、一分、二分と時が流れる。逆さまになった頭にじわじわと血が上る感覚がするが、返事がもらえるまで上げるつもりはなかった。
「……わかった」
根負けしたケネスが、大きなため息を吐いて言った。
「事件のことを教える。その代わり、聞いたら詰所かどこかで、おとなしくしていると約束してくれ」
「わかりました!」
「それで、なにが聞きたいんだい?」
「えーっと……」
『事件の概要を知りたい』と水晶の向こうから柳生の声がする。
『ご婦人が亡くなられた以上の情報がない。被害者はどんな人だったのか。いつ、どこで、どんな風に殺されたのか。そういったことを聞き出してくれ』
「亡くなられたのは、どなたでしょうか?」
「娼婦だよ」
ケネスは淡々と答える。
「部下に知っている子がいてね。名前は確か……ビビだったかな。年齢は十六歳と言っていたな」
「いつ、どこで発見されたんですか?」
「旧冬女神の広場」
なんだそれ、と問う前にケネスが説明する。
「この町は一度、拡張しててね。僕が生まれるずっと前、もう何十年も前の話だ。その時に、冬女神の神殿も移築してね。神殿の跡地の半分は住宅が立ったが、もう半分は広場兼、冬の間は雪堆積場として利用されている。それで新しい方の神殿と区別するため、旧をつけて呼んでいるんだ」
「ユキタイセキジョウとはなんですか?」
「雪捨て場のことだよ。町の人たちは朝起きると、垂れ下がるつららを折り、積もった雪を下ろし、それを往来に捨てる。僕らは道路に捨てられた雪を馬車で回収する。そして回収した雪を堆積場に持って行く。これを冬の間は毎朝、毎晩やるんだ。しんどいから覚悟しろよ」
返事をするより先に、柳生のおもしろがる声がした。
『赤いマントを来てソリで町中を滑走か。白い髭を生やしていれば完璧だな』
またわけのわからないことを、と呆れていると、次に聞こえてきた言葉に耳を疑った。
『しかしおもしろい。インフラ整備も騎士の仕事なんだな。まぁ、理にはかなっているな。利点も多いし。まず町の道を覚えられるのが大きい。道を熟知していることは、有事において大きなアドバンテージだからな。朝晩の
ウィリアムは驚いた。雪かきの一言からここまで考えを巡らすとは。ひょっとしてこの男、やたら上から目線の変人なだけではないのかもしれない。
「それで――」
ケネスの声がして、慌てて意識を目の前に集中させる。
「神殿は潰してしまってもうないんだが、塔の部分だけ残っている。その中から死体は見つかった」
『死体はどんな姿で見つかった? 死因はわかるか? 聞いてくれ』
ウィリアムは、柳生に言われたとおりに問う。
「死体の様子? ええっと……覚えてないなぁ。報告は聞いたんだけど、忘れてしまったよ。死因は首を絞められたから……こんな回答で満足かい?」
『随分と詳細な回答なことで』
「充分です。本当にありがとうございます」
不満たらたらな柳生を無視して、ウィリアムは丁寧に礼を述べる。
「これで以上かい?」
『アリバイを聞いてくれ?」
なんだそれは。
こっちの戸惑う気配が通じたのか、柳生が説明する。
『現場不在証明のことだ。昨日はどこでなにをしていたか尋ねてくれ』
「昨日の一日の行動を教えてください」
ケネスは事も無げに答えた。
「昨日は夜勤だったから、夕方からずっと城壁にいたよ」
「夜勤はどんなことをするんですか?」
「東西南北の塔と正門の五つの班に分かれて、見張りをするんだ」
『班の人数は?』と柳生。ウィリアムはそっくりそのままケネスに問う。
「八人だね。常に二人組で動いている」
「どうしてですか?」
「見張りがひとりだったら、トイレにも行けないじゃないか」
と、からかうように言われた。
「死角となる時間を作らないため、ペアを組んで行動するよう決まっているんだ。そういうわけで、シフトを組んで休憩と仮眠をとってるよ。」
『ふむ、その五つの班は全員アリバイが成立してるとみて良さそうだ。共謀しているのでないならばな』
「団長は、ずっとこの部屋にいたのですか?」
「大体はここにいたけど、門番が門を閉めるのに立ち会ったり、他の班を見回ったりしていたよ。なんだかんだ一時間に一回は顔を出していたかな?」
「それを朝までずっとやってたんですか!?」
「まさか。一時から三時までは仮眠をとっていたよ。そうそうあれは三時だった。風が窓を叩く音で目が覚めたんだ。慌てて窓の外を見ると真っ白だ。まさかと思ったよ。まさかアイリスの祭りの日に雪が降るなんてね」
「そんな驚くことなんですか?」
ケネスは、思いがけないことを問われたというように、目を丸くした。
「聖夜に雪が降ることは今までなかった。それからもう大騒ぎだよ。雪は止むどころかますます強くなっていく。夜が明け、全団員に緊急招集をかけた。必要最低限の人数を城壁に残して、他の団員は除雪作業にあたらせた」
そこで言葉を句切り、ケネスは困ったように頬をかく。
「僕は城壁に残ったからね。死体発見時に現場には居なかったんだ」
「誰が発見したんですか?」
「ファーガス・グランブル。雪かきのとき、君を叱った男だよ」
「あのドワーフみたいな……」
ケネスがプッと吹き出した。
「それ、本人の前で言わないようにしなよ。それから、死体の身元の確認やなんだかんだで、夕方までかかったな。そこから停止していた入国作業を再開して、今に至る――ってわけだ」
「入国も停止していたのですか?」
「ああ。異常事態発生時の規則なんだ。単純に人手が足りなかったというのもあるけどね。午後五時ぐらいから再開したかな?」
「それで入国手続きにあんな時間がかかったんですね」
「再開の指示を出してからすぐに、町の見回りをしていた班から間抜けな狼男を捕まえたって連絡が来た」
「狼男?」
「ここいらの伝説さ。雪深い日には狼男があらわれ、人を攫って食べてしまう――ってね」
『しかし間抜けにも、捕まえたのは狼男ではなく善良な一般人だったわけだ』
柳生が皮肉たっぷりに言葉を継いだ。
そんなことを知るよしもないケネスは、自分の冗談に満足げな顔をしたまま、ウィリアムに言う。
「こんなところかな。他に聞きたいことは?」
「えーっと……」
『好みの女性を聞いてくれ』
「なんて?」
「え?」
「イエ、ナンデモナイデス」
反射的に聞き返してしまって、慌てて誤魔化す。柳生は意に介さず、大まじめに言葉を繰り返す。
『最後の質問だ。どういう女性にグッとくるかを聞いてくれ』
嫌だなぁ。小声で柳生に抗議する。
「それ、どうしても聞かなくちゃいけないことか?」
『ああ、大事なことだ。それを聞きに、わざわざこの国に来たと言ってもいいぐらいだ』
「なにしに来たんだ、アンタ」
無視しようかと思ったが、騎士団と除雪の関する考察を思い出す。
悔しいが、自分より少し……ほんのちょっとばかり、頭の回転が速いことは確かだ。このアホとしか思えない質問にも、なにか自分にはわからない深い理由があるのかも知れない。
ウィリアムは、しぶしぶ口を開いた。
「あの……団長はどういう女性が好みですか?」
当然ケネスにとってもこの質問は予想外だったらしく、なに言ってんだこいつという顔をされた。それでも答えてはくれるようで、しばらく考え込んで後、にんまりと笑って言った。
「真っ直ぐな黒髪をした、控えめで聡明で刺繍の好きな女性かな」
「具体的ですね」
「婚約者がいてね、来年結婚するんだ」
なるほど。婚約者の特徴だったのか。
「領主様の三番目の娘でね。結婚に合わせて準男爵の位も用意してくださるそうだ」
「おめでとうございます!」
ニコニコと嬉しそうに語るケネスに、ウィリアムも嬉しくなる。
「ウィル君はいくつだっけ?」
「来年、十八になります」
『つまり今は十七か』
うるさい、この程度の見栄ぐらい張らせろ。
「わかるなぁ。女が気になる年齢だよね。わかるよ。心配しなくても騎士はモテるから、まず不自由しないさ」
あれ? なにか盛大に勘違いされている気がする。
「あの、そういう話をしたくて、話題を振ったんじゃなくて――」
ケネスはウィリアムの言葉をもう聞いていなかった。
とても良い顔で微笑みかけると、言った。
「良い子が見つかるといいな」
ウィリアムは引きつった顔で、頷き返した。
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