第84話 大丈夫でしょうか?


 研究所から報告が来た。


 やはり大麻だった。


 クローネの邸の畑は全て、大麻が植わっている。


 報告書が来てから、普段着を着た騎士が馬に乗って確かめてきたらしい。



「クローネは、私が辺境区について、暫くしてから中央都市に戻って行きました。8年ぶりに帰ると言っておりました。少なくとも、8年前から大麻が流通していた可能性かあるかと思います」


「8年か?」


 今日は会議に参加している。


 国王陛下に招待された。


 エイドリック王子も参加している。


 国王陛下とエイドリック王子の近衛騎士がサンシャインに殺されてしまったので、新しく任命された近衛騎士は、どこか頼りなく見える。



「全て燃やしてしまったらどうですか?」とエイドリック王子が発言している。



 今は11月。空気は乾燥している。



「今は空気が乾燥しています。大麻自体も乾燥していました。火を付ければ、一気に畑を火が走ると思いますが、燃やした大麻が、他の乾燥した草に飛び火をしたら、何処までも燃えてしまう可能性があります。今度、消すときに大変になりそうですが、消火はどのように考えておられますか?」



 エイドリック王子は腕を組んで黙ってしまった。


 皆さん、起きておいででしょうか?


 誰も物を言わない。


 上位貴族の半分が消え、今まで発言力のなかった貴族しか残っていない。


 近衛騎士達は、国王陛下もエイドリック王子も友人であり、心の支えだった者達だった。発言力もあったに違いない。その者達を全て失って、国王陛下もエイドリック王子もまだ心の傷が癒えていないのだろう。


 皆の覇気がない。


「この際、大麻は後にして、この大麻を作っている者を捕らえたらどうでしょうか?そうすれば、大麻が広まることは抑えられるのではありませんか?」


 私は提案してみると、「そうしよう」と国王陛下が答えられた。


 大丈夫かしら?


「では、クローネ・ビッフェル侯爵邸に捜索に向かう。事情聴取の為に、全て捕らえよ」


「はい」と騎士達が答える。


「明日、日の出と共に出陣いたす。騎士団、人員の確保、選別をしておくように。王宮を守る者を必ず置くように。二度と同じ過ちを起こさないように」


「畏まりました」


 会議は解散となった。


 私は席を立った。大きなお腹を机にぶつけないように、気をつけながら通路に出ると、背後からエイドリック王子が私の手を取った。


「気をつけて」


「ありがとうございます」



 エスコートをしてくださるのは嬉しいのですが、ヴィオレ王女がこの姿をご覧になったら、誤解をされてしまいそうで、困惑してしまいます。



「エスコートありがとうございます。私には侍女がおりますので、ここまでで大丈夫ですわ」


「気を遣ってくれているんだね。ありがとう。少し、話がしたくて、相談に乗ってくれるかな?」


「いいですわ」


「実はヴィオレ王女のことなんだが、男に襲われてから、言葉が少なくなって、側にいても甘えるでもなく、話をするわけでもなく、ボンヤリとしているんだ。一緒にいるようにしているんだが、心も開いてくれなくて」と、溜息をつかれました。


「初めてを、牢屋のような穢らわしい場所で、無理矢理犯されたのですから、ショックだったのだと思いますわ。私なら、きっと泣いていますわ。知り合いのいない王宮で心細いでしょうし。エイドリック王子はヴィオレ王女のことを好きになったのでしょうか?」


「嫌いではない。可愛いし。でも、彼女は口数も少なかったから、レインに協力して貰って、少しでも笑って貰おうとしていたんだ。そんな時に、男に襲われて、顔も殴られたようで、心を閉じてしまっているんだ。大急ぎで作ったウエディングドレスを見ても、喜ばないし、どうしたらいいのか?お手上げ状態なんだ」


「心の扉を開けるには、信頼関係だと思いますわ。ヴィオレ王女のことが好きなら、エイドリック王子のお心を、何度でも伝えるしかないと思いますわ」


「そうだよな」と、エイドリック王子は、また重い溜息をつかれました。


「エイドリック王子のお心は、大丈夫でしょうか?」


 エイドリック王子も近衛騎士を全て殺されている。


 近衛騎士は、幼い頃からの友人で、心を寄せていた者がなる場合が多いと聞く。



「ニナ妃にはお見通しだな。実は俺も、友人を一度に全て失って、その友人の元に行きたいのだ。失った友は、幼い頃から俺の近衛騎士になると決めて、一緒に努力してきた者ばかりだった。泣きたいほど悲しい」


「エイドリック王子のお心も話して、エイドリック王子の喪失感も埋めなくてはなりません。お友達のところにお見舞いに行きたいと言えば、駄目だとは言わないと思いますわ。私とお話してくだされば、お側に行きますが、最初に挨拶しかしておりませんので、私では役に立たないかもしれません」



 私はエイドリック王子にお辞儀をして、迎えに来たマリアの元に行きました。


 ヴィオレ王女のお心を明るい方に向けるのは、エイドリック王子だけです。でも、もしかしたら、会いたい人がいる可能性がありますね。


 私は振り向きましたが、エイドリック王子はもうおりませんでした。


 事件から、そろそろ一ヶ月が経ちますが、王女のお心は、自分で見切りを付けることができないのでしょうか?


 事件が恐怖となり、お心を苦しめているのなら、医師にかかり、お薬を処方して貰うといいと思いますが、恐怖を乗り越えるのは、ご自身なので、私が何か言っても、貴方は他人でしょうにと言われてお終いのような気がします。


 私とレインも、ずっと平坦な道を歩いてきたわけではありません。


 ぶつかり喧嘩して、話し合い仲直りをしたのです。


 結婚する前も、自分の心と戦い、いろんな道を決めてきたのです。


 誰も平坦な道の者などいないと思います。




「マリア、戻りましょう」


「お疲れではないですか?」


「身体は疲れていないわ、でも、少し心が疲れたわ」


「大変ですわ、ベッドで休んでくださいね」


「大丈夫ですわ。お茶を飲みましょう」



 私は微笑んで部屋に戻った。


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