第83話 心細い
クローネの邸は中央都市から離れた農村部にあった。
まだ名義変更がされていなくて、邸はクローネ・ビッフェル侯爵邸となっていた。
妻の名はエミュ。子はいないようだ。
双子の弟がいた。
調査書は、あまりに短い。
愛妻家と言われていたのに、やはり子はいない。
少なくても、この邸の者はブルーリングス王国の血を受け継いでいる。
馬車が止まり、騎士が馬車の窓の横に来た。
「この辺りの敷地は全て、ビッフェル侯爵の邸の敷地になります」
「一度下りるか?」
「はい」
今日は国王陛下と馬車に乗ってきた。
馬車を降りるときは、国王陛下がエスコートしてくれる。
一言で言うと、一面、原っぱです。
冬の風が吹いて、身体が冷える。
私は原っぱになっている草を一本、千切って、よく見る。
「国王陛下、これって大麻ではありませんか?」
「ふむ、私は草は知らぬ」
「これを持ち帰りましょう」
「そこの騎士、これを持ち帰る。もう少し、引っこ抜いて、持って行け」
「承知しました」
そこの騎士と言われた護衛は、私から草を受け取ると、あと数本引き抜いている。
ここにあるのが大麻なら、今日は会わない方がいい。
「国王陛下、草を調べてから訪問しなおしましょう。これが全て大麻なら、大変な量になります」
「そうであるな?証拠を持って面会した方が早いな」
国王陛下は、私の手を取ると馬車に乗せてくれる。
「冷えるだろう」
「そうですね。もう冬ですね。辺境区はもっと寒いのでしょうね」
「寒いであろうな。レインに会いたいか?」
「会いたいです。とても心配です」
国王陛下は、私の背中を撫でてくれた。
「斬られた傷も痛かろう」
「そうですね」
冷えると古傷は痛む。
なんだか切なくなってきてしまった。
王宮に戻り、野草は研究所に持って行かれた。
「気分転換になったか?」
「はい、国王陛下ありがとうございます」
私はお辞儀をした。
出かけて、寂しさが増しただけだった。
王女達は心を病んで、部屋に閉じ籠もっている。
サロンに行っても、以前のような温かな空気はない。
国王陛下も王妃様も、頻繁に王女達の部屋に行っているようだ。
パーティーは延期となり、結婚式も延期となっている。
殺しても殺したりない人っているんですね。
私もリリーが居なくて寂しい。
お兄様の邸に行こうかしら。
そうだ、マフィンを買いに行こうかしら?
私は部屋に戻った。
「ニナ様、お客様がおいでになっております。応接室に通しております」
「誰かしら?」
「ドレス屋のアリスさんですよ」
「今日は忙しくはないのかしら」
マリアが私の手を引く。
お腹が大きくて、足下が見えないので、マリアもシェロもラソも手の空いている者が握ってくれる。
その優しさに感謝している。
三階まで上がって、一階まで降りると、お腹が張ってくる。
「ニナ様、大丈夫ですか」
「平気よ。ちょっと休んでもいいかしら。お腹が張っているのよ。慌てん坊の赤ちゃんが外に出たがっているんだわ。もう、治ったわ。さあ、行きましょう」
「お客様をお部屋に招いた方がよかったかしら?」
「お客様は、今まで通り応接室でいいわ」
マリアが心配そうな顔をする。
「大丈夫よ。この時期になると、お腹が時々張るんです」
「あまり無理をなさらないでくださいね」
「そうするわ」
シェロが応接室の扉をノックして、扉を開けた。
すると、アリスさんは刺繍をしていた。
「お待たせしてすみません」とお辞儀をすると、アリスさんは立ち上がり、お辞儀をなさった。
「今日は産後のネグリジェと産着とおしめを持ってきました。時間があったので、産着に刺繍をしておりました」と言って、小さな産着を見せてくれる。
「可愛いです」
「次はもう少し成長した時に着る洋服を作ってきます」
「いつもありがとうございます」
「何か欲しいものがあればおっしゃってください」
「料金はレインに請求してくださいますか?」
「いいえ、もう先払いで貰っておりますので、ご安心ください」
「先払いですか?」
「旅立つ前に多すぎるほど頂きました」
「そうですか?」
「では、お時間を頂きました」と頭を下げて、アリスさんは応接室から出て行った。
「マリア、多すぎるほどって幾らくらいかしら?レインは迎えに来てくれるのよね」
「勿論です」
なんだか不安になってきた。
レインは、もう戻って来ないような、そんな気持ちになった。
「少し、休んでから、お部屋に戻りましょう」とマリアが言って、私はソファーに座った。
シェロとラソが産着を見せてくれる。
ネグリジェは授乳がしやすいように、胸のところに切れ目がありボタンで開け閉めができるようになっている。
お店でも見たことがない物だった。
産着の刺繍をよく見ると、刺繍の糸は肌にあたらないように刺してある。
アリスさんの作る洋服は優しさでできている。
レインが言っていたことを思い出した。
素質がある人の作る物は、どこか違う。
「そろそろ戻りましょう」と言って、立ち上がる。マリアが手を取り、シェロとラソが荷物を運ぶ。
レイン、無事に戻って来て。
私は部屋に戻ると、お風呂に入って、ベッドに横になった。
不安になると、心細くなる。
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