第80話 反乱


 王宮の出入り口に馬車が到着したが、門番の騎士すらいない。


 レインのいない王宮は、氷でできた建物のように冷たく感じる。


 冬の訪れを感じさせ、身体が冷える。


 エスコートしてくれたのは、マリアだ。



「王妃様、足下を気をつけてください」



 王妃様ですって?


 私は馬車から降りると、マリアの顔を見たわ。



「マリア、私のことは、ニナと呼んでください。この王宮に王妃様がいらっしゃるのに、紛らわしいわ」



「ですが、ニナ様も王妃なのですよ?」


「とにかく、レインが帰ってくるまでは、騒ぎを起こしたくはないのよ。だからお願いしますね」


「承知しました」



 私の侍女達は、私に頭を下げました。


 侍女のお辞儀と王妃のお辞儀は違う。


 私に頭など下げたくはないだろうなと思いながら、もう憂鬱になってくる。


 待っていてもお迎えがないので、自分で扉を開けようと、手で押すと、久しぶりに刀傷が痛んで、扉を開けるのを止めた。


 帰ってこいと言うなら、扉を開ける者を置くべきだと思う。




「マリア、私、もうお兄様の邸に戻りたくなったわ」


「扉を開ける者はいないのですか?」とマリアは声を上げた。




 すると、私を迎えに来た使者が、「遅くなり失礼しました。あちらでずいぶん待たされたので、身体の油が切れてしまったのか?」と、わざとらしく、ぎこちなく動く。




「貴方はブリキでできた身体なのですね?後で、風呂一杯の油を届けさせましょうか?」


「私の身体は油という名の酒でできておりますので、差し入れをいただけるなら、旨い酒が嬉しいですね」


「全く、くだらない。さっさと自分の仕事をなさっては如何ですの?」


「承知」



 男は片手で、扉を開ける。

 

 そんなに簡単に開く扉が、開けられない。


 私はまた刀傷が痛むのに、全く気分が悪い。



「王妃陛下、どうぞ」



 私は、何も言わずに王宮の中に入って行く。


 王宮内は真冬のように、ヒンヤリとしていた。


 王宮の中にいる間は、冷やさないようにしなくてはと、下腹部に手を当てる。




「ニナ様、痛みますか?」


「ここは寒いと思っただけよ、後でストールをください」


「畏まりました」とマリアが答えた。


「お部屋は、以前、借りていたお部屋でいいのですか?」


「私は何も聞いておりません」




 全く使えない従者だ。




「確認に行ってください」


「ちょっくら行ってきますので」と言って、男は姿を消した。


 ちょっくら?


 貴族の殿方は使わない言葉だ。


 王宮内の静けさといい、これは異常に感じる。




「マリア、戻るわ。なんだか様子が変よ」


「そうですね」




 マリアとシェロが、扉を開けて外に出る。



「馬車を出して」


 私達は同じ馬車に乗った。



「どちらに?」



「お兄様の邸に」と言ってから、「やっぱりハイキングに行きましょう。北へ進んで」と言い換えた。



 御者は私の馬車を操る御者だったので、大丈夫だろう。



「王宮を乗っ取られているわよ。どうしたらいいかしら?」



 マリア達は思案顔で何も言わない。



「首謀者は誰かしら?」



 私は考える。



「サンシャインの部下でしょうけど、国王陛下もその従者も、王宮には大勢の騎士がいるはずよ?それを数人で倒せるかしら?」



 いつもの王宮内を思い浮かべる。


 騎士の数は十分過ぎるほどいた。


 どのように倒したか考えるが、いい案が浮かんでこない。


 このまま放置しておこうかしら?



「マリア達、お金を持っていますか?」


「少しだけですわ」と三人が答える。


「そうよね」



 私はお兄様にもらったお小遣いだけだ。


 どうしようかしら?


 今、馬車は辺境区に向かって走っているのだけれど、お金は足りなくなってくるだろう。


 王宮をそのままに放置していいのかしら?


 ゴードン王子はまだ小さい。きっと泣いているでしょう。


 あのつぶらな瞳を思い出すと、放置はできない。


 どうにか、助け出す手段を考える。


 中央都市の騎士達を集めれば、王宮を救い出すことはできそうよね。


 私は鞄の中を探す。


 確か、お兄様の邸の電話番号があったはず。


 御者に、フェルトとリリーが逢瀬をしていたホテルに向かってもらう。


 このホテルは高いが、警備は確かだ。袖の下には、弱いみたいだけれど。


 馬車も止めさせてもらい。一部屋を借りた。


 ホテルからお兄様の邸に電話をする。


 お兄様は帰ってきていた。


 王家から迎えが来たことから順を追って話していく。




『王宮が占拠されたと?』


「どうにか、中央都市の騎士達を大勢集めて欲しいの。お兄様の人脈でできるかしら?」


『やってみよう。ニナは何処にいるのだ?』


「リリーが不倫をしていた、高級なホテルよ。お兄様がくださったお小遣いで、部屋を取ったの。お兄様の邸に戻るのは危険だと思ったのよ」


『そこから動くな。今から人を集める。明朝、日の出と共に攻め入れるように準備をする。迎えに行くまで待っていろ』


「お兄様、子供達を預かりましょうか?」


『ニナより腕の立つ者がいる。安心しなさい』


「お願いします」


 電話が切れた。


 私はホテルの支配人に会えるようにお願いした。


 私の従者は、御者と侍女達だ。


 従業員達は素早く動き、私達を応接室に案内した。



「私はブルーリングス王国の王妃、ニナと申します。盗賊の捕り物をご存じでしょうか?」



 皆さん、頷かれた。



「王宮で、国王陛下達が事情聴取をしているはずでした。今日、私は国王陛下に呼び出され、王宮に行ってみると、王宮は静まりかえっておりました。私を迎えに来た男も隠して紳士ぶっておりましたが、あれは騎士ではありません。ならず者でありました。早急に私達は王宮から逃げ出して、ここに避難させていただきました。私の兄ができるだけ中央都市の騎士達を集めると、今、奔走しておりますが、できましたら、安心できる騎士達を紹介してくださいませんか?明朝、日の出と共に攻め入る予定を立てております。今、王宮は、ならず者に占拠され、国王陛下をはじめ、王家の者が危険に晒されております。万が一、国王陛下、エイドリック王子に何かあれば、この中央都市だけでなく、ニクス王国も危険な状態です。どうか、力を貸してください」



 私は頭を下げた。



「このホテルの支配人のアロージュと申します。私にも騎士の友人がおります。直ぐに連絡をしたいと思います。従業員のうちで、信頼できる知り合いがいれば即連絡して欲しい。明朝、日の出と共に攻め入ると必ず添えて伝えて欲しい」



「どうぞ、よろしくお願いします。ニクス王国のためにお力をお貸しください」



 私は再度、頭を下げた。


 従業員の皆さんも真剣な顔で、お辞儀をしてくださいました。



「王妃様、妊娠されていらっしゃるのではありませんか?休める部屋を用意しますので、そちらで休んでください。国の大事なときに、子を危険に晒してはなりません」



「それでは、お言葉に甘えて」



 私は頭を下げる。


 アロージュは、従業員の一人に、私を託した。



「お部屋に案内いたします」


「お願いします」



 案内されたお部屋は、きっとこのホテルで一番広い部屋に違いない。


 部屋の中に部屋がある。男の御者に部屋を与える事ができる。


 私の侍女も部屋を与えられる。


 主の部屋は、広いベッドに電話も付いていた。


 部屋自体も広い。


 お風呂もあり、ゆったりできる。


 マリアに勧められて、ラソにお風呂に入れてもらう。


 着替えは生憎ないけれど、暢気に休める状態でもない。


 皆に勧められて、ベッドで休むことにした。



 +



 ゴードン王子は泣き疲れて、意識を失うように眠りに落ちた。


 王女達は男達に連れて行かれた。


 お招きでいるヴィオレ王女も男達に連れて行かれた。


 国王陛下とエイドリック王子は、縛られている。


 アルフォード王子と王妃も縛られている。


 国王陛下とエイドリック王子の近衛騎士の屍は、サンシャインの部下が部屋の外に放り投げている。


 床は凄惨な、血の海になっている。


 サンシャインとサンシャインの部下、盗賊達は、リアン第二夫人に開放された。


 娘のシル王女もリアン第二夫人と共にいる。


 この王宮に勤めていたコック、メイド等の使用人達はロープでしっかり縛られている。声が出せないように、口もタオルを押し込まれ縛られている。


 騎士団達は、国王陛下とエイドリック王子の姿を見せられ、手も足も出せない。


 そうこうしているうちに、サンシャインの部下が、武器の類いの物を集めて、縛り上げていく。


 国王陛下はリアン第二夫人を睨む。


 リアン第二夫人は夫である国王陛下を恨んでいた。


 お渡りは、もう17年はない。


 久しぶりに、国王陛下の顔も見た。


 子はシル王女だけである。


 リアン第二夫人は、今回の捕り物での主犯者、サンシャインのことを知っている。


 生まれたばかりの王子を、母親と共に市井に捨てた男がこの夫だ。


 あの男はブルーリングス王国の王子。ブルーリングス王国の血筋ばかり集めていた。


 第一夫人が子を産んだ直後に、亡くなり、二人目の子を宿すために第二夫人として娶った。


 子はなかなか生まれずに、やっと生まれたのがサンシャインだ。


 サンシャインの母親は、リアン第二夫人の姉であった。


 国王陛下も国民も、遊び歩き、誰とでも抱き合うと口にしていたが、そんなことは一度もしていない。小さな頃に誘拐された弟を探していただけである。


 白銀にブルーアイを持ち、身体の小さい弟は、よく女の子と間違えられていた。


 名は、ビオニスといった。


 どこかに売られたか?


 美しい男の子だったから、いかがわしい男にオモチャにされている可能性もある。それなので金持ちの男の邸に忍び込んだり、パーティーに出たりと、金持ちの男の邸を探していただけだ。


 心は第一夫人に残し、身体だけ求められる虚しさ。


 名は第一夫人の名を呼ばれ、子を宿す子宮だけ愛される。


 やっと宿った子は、何処の男の子だと疑われ、貴方の子であると言っても信じてもらえなかったと嘆いていた。



「市井に捨てたら、よかろう」と言ったのが、この国王陛下だ。



 サンシャインと名付けられた白銀でブルーアイの子を姉と共に市井に捨てた。


 シル王女は、ブルーリングス王国の色を持たず、興味を失った。


 王宮の離宮という檻の中に閉じ込め、存在も忘れた。


 第一夫人とは、子は6人も持ったのに、愛さないのならば、自由をくれればいいのに。


 縛るだけ縛って、放置される。


 その寂しさ分かっていますか?


 だから、サンシャインが起こした事件をなかったことにしてあげるわ。


 お姉様の子を守って差し上げるわ。


 王女は、皆、傷物よ。


 貴方が大切にしてきた物をめちゃくちゃにしてあげる。




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