第71話 未来のために


 私は今日も破廉恥なドレスを着て、昨日の店に入った。


 今日は変装したレインとエイドリック王子とお兄様がいる。


 近衛騎士達も変装して、騎士団も普段着で、客に紛れている。


 いつも私を迎えに来る殿方の姿を見つけて、すり寄っていく。



「今日は公園に来てくれなかったのね。私、貴方のこと、少し好きになっていたのに、寂しいわ」とすり寄ると、男は私の寄せられた胸を掴んだ。


「掴むなんて、酷いわ」


「俺に惚れたか?」


「私を抱ける男は、私に宮殿をプレゼントしてくれる男よ」


「味見をしてみたいな」と、私のドレスの中に手を入れてくる。



 その手を叩き落として、私はカウンターのテーブルに腰掛けた。



「今日は何かないの?」



 大袈裟に足を組むと、男はビアを飲んだ。



「今日は店が違うんだ。同じ店だと捕まるだろう?」


「何をしているの?」


 男は時計を見て、「そろそろ競売だろう」と言った。


「私も買える物はあるかしら?」


「行きたいのか?」


「うん」と頷いたら、男がキスをしてきた。



 久しぶりのキスは、レインとは違う。


 気持ちは悪いけれど、私はリリーの傷だらけの顔を思い出す。


 今から抱かれてしまいそうなキスを終えたら、男は満足したように、私を抱き上げた。


 今日は長い髪を下ろしている。



「綺麗な髪だな」


「うふふ、ありがとう」


「年頃の嬢ちゃんが、毎晩、遊んでいたら、両親は心配するだろう?」


「なに?今日は説教をするの?」


「何がほしいんだ」


「今日は少しだけお小遣いを持ってきたのよ。美しいネックレスが欲しくて」


「仕方ない。連れて行ってやろう」


「ありがとう」




 腕を組んで馬車まで歩いて行く。


 馬車は駆けていく。


 私は馬車の中で押し倒されて、胸を噛まれた。



「痛いわ」


「抱いてもいいか?」


「冗談じゃないわ。私は高いと言ったでしょう。貴方に宮殿が買えて?」


「宮殿は買えねえが、国なら手に入るかもしれねえ」


「国?」


「そうだ、国だ」


「貴方は誰?」


「俺の名前は嬢ちゃんの身体より高いんだ?」


「私より高い者がいるなんて、あり得ないわ」


「その気になったら、嫁にしてやってもいい。その宝石よりいい物を買ってやろう」




 私は結婚指輪を違う指に嵌めていた。


 この指輪よりもいい物?


 国が手に入る物は誰?


 この男が黒幕ね。


 でも、賭博も人身売買も止めさせたい。


 私は馬鹿な女を演じ続ける。


 抱かれるのは嫌だ。


 男は帽子を被っていた。


 その帽子をおどけて取って、私が被ると、男は怒って私の顔を殴った。



「痛い」


「帽子を取ったりするからだ」


 髪の色は思った通り、白銀だ。目の色は、分からない。いつも暗いところで会っているから。


 私は思いだした事があった。


 レインが生まれて、後継を作るためにレインの父親は再婚した。しかし、再婚した王妃は、男と遊び歩いていた。


 子ができたが、その王妃は離縁されて、市井に放たれた。


 生まれた子の名前は?


 レインは知っているかしら?


 私は殴られた頬を押さえて、俯いていた。



「泣くな。殴ってすまなかった」



 すぐに殴る癖。


 リリーの顔にできた殴られた痕。


 私は嘘泣きをしていた。


 今日は幸い、髪を下ろしている。長い髪が私の顔を隠してくれている。


 馬車は止まった。



「ほら、ついた」



 男は私の手を無理矢理取ると、馬車を下ろした。


 エスコートのつもりだったようだ。



「今日は俺が似合いそうな物を買ってやるから、機嫌を直せ」


 私は頷いた。


 男は店の中に入って行く。



「さて、次の商品は、生まれたてホヤホヤの赤ちゃんです。髪の色は白銀で瞳の色はブルーアイ。可愛い女の子です。成長が楽しみですね。綺麗な長い髪を伸ばして、お姫様に育てて愛でるのもよし、性人形にしてもよし。貴方の育て方で好きなように育ちます、お値段は10000フランから開始です」



 私は呆然とした。


 ブルーリングス王国の姫が売られている。


 それも、かなりの高額で。


 私にはそれほどのお金はない。


 声が上がる。金額がだんだんつり上がっていく。



「500000フラン」と声が上がり、打ち止めになった。



 買ったのはレインだった。


 よかった。


 知らない人が買うより、ずっと安心できた。



「嬢ちゃんを売りに出したら、もっと高い値段が付くぞ」


「冗談じゃないわ」



 私は隣の男の顔を力一杯平手打ちした。


 人が振り向くほど、強い力でぶった。


 掌がヒリヒリする。



「これで同じだな?」


「どこが?貴方の力の方が強いわよ」


「お客様、お静かにしてください」と、マイクを持った進行役が注意をした。



 隣の男は、手で合図を送った。


 この男の名前を知りたい。


 男は警戒心が強い。


 それに、周りも男の名前を呼ばない。


 リリーを殺したのは、貴方ね?


 怒りで拳が震える。でも、殴るだけでは証拠は出てこない。


 どうしたらいいの?


 男を怒らせる?


 それとも色仕掛け?


 でも、私には色気はない。


 よく回る舌もない。


 私は黙って、甘えることにした。


 腕にもたれかかった。


 殴られた頬が痛む。リリーは数え切れないほど殴られていた。


 これよりももっと痛かったはずよ。内臓が破裂するほど殴られ、蹴られた。


 拳を握った。   


 リリーどうしたらいいの?


 突然、激しい雨音がして、びっくりした。



「雨だな」と男は言った。


「雨?」


「雨は嫌いだ。俺は晴れ男だからな」


 晴れ男?


 急速に頭の中で、いろんな単語が動き出した。


 男はレインと兄弟だったかもしれない。


 長男はレインフィールド?雨を現すレインという単語を異国の本で読んだ。


 その反対の言葉は?



「サンシャイン」


 男は私の顔を凝視した。


「貴方の名前はサンシャインね」


「どうして?」


「レインフィールド様が雨を現します。雨は必要ですけれど、雨だけでは、作物も国も育ちません。だから、太陽の名前を付けられたのではありませんか?」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             


「おまえは誰だ?」


「リリです」


「名前ではない」



 私は微笑んだ。


 この男は、今、とても動揺している。




「どうして、国を乱すのですか?どうして、リリーを殺したのですか?リリーは子を孕んでいました。貴方の子ですよね」


「子などいらぬ」


「捨てられた王の子だからですか?」


「うるさい」と私を殴る。


「ブルーリングス王国は、復活しますよ」



 私は目を閉じました。


 痛いです。


 殴る力に容赦はない。


 レイン、助けて。


 太陽の名を持つ闇の王に、国を乱れさせてはいけない。


 お兄様、助けて。


 リリー、このままリリーのところに行くわ。


 レインさようなら。


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