第68話 博打


 派手にいかさまを起こしている。


 以前、マフィンの店で客をとばして、前に出てきたアグロス子爵は、持ち金をすべて擦ってしまった。客が飲んでいるビアには、何かの薬品を入れられている。


 麻薬の類いだろう。


 私は薬品を包んでいる薬包を一つ、ポケットに入れた。


 アグロス子爵は、会社の持ち株を掛けた。


 アグロス子爵家は、これで終わりだ。会社を奪われて、邸も奪われるのだろう。


 麻薬がそうさせるのか?


 雰囲気がそうさせるのか?


 冷静に考えれば、カモにされていると分かりそうだけれど、思考を遮断されていれば、結末は破産だ。



「子まで売るの?」


「買い手も多い」


「どうするの?お行儀見習い?」


「競売をする。買った者が、子供をどうしようが俺達には関係ない」


「へえ、競売って、見たことがないわ」


「明日、連れて行ってやろう」


「いいの?連れて行って、私を売るのはなしよ?」


「警戒心があって、好きだな」


「あら、どうも」


「明日はこの店のここでやる。欲しい物があれば、買ってもいいぜ」


「そんなにいい物があるの?」


「それは人それぞれだな」


「現金を持ってこないと駄目なの?私みたいに若い娘には護衛がいないから、現金を持って歩くのは不安だわ」


「まあ、初めてだ、何も持たずにこればいい」


「楽しみね!」




 ウインク付きで、私は微笑んだ。


 私とニナが一緒に見えないように、私はかなりハイテンションで騒いでいる。


 でも、終わった後の落差が、とても疲れてしまう。


 レンタルドレス屋で、元々のドレスと交換して、着替える。


 忘れないように、薬包も持って帰る。


 リリーの様子が気になる。


 その足で、病院に向かった。


 病院に到着すると、暗い院内を通ってリリーの部屋に行く。


 リリーが寝ている部屋は、誰もいなかった。


 歩いて行ける状態ではなかった。


 私は看護師の詰め所に寄って、リリーの行方を聞いた。


 リリーは今日の夕方に息を引き取ったそうだ。


 嘘だと思いたい。


 泣き出した私に、看護師は「皆さん寝ているので静かにお願いします。この時間は面会謝絶です」と言った。


 冷たい言い方だが、たくさんの患者さんを看ている看護師の仕事は激務だ。


 人の死は日常的に起きている。


 同情をしていると、看護師も心を病んでしまうのだ。


 それが分かっていても、リリーが死んでしまったことが悲しかった。


 私はお兄様の邸に向かった。


 無一文の私に、馬車を借りることもできない。


 歩いて、お兄様の邸に向かった。


 深夜に、扉をノックすると、邸の執事が出てきた。




「リリーいますか?」


「いらっしゃいます、どうぞ」と邸に入れてくれた。




 お兄様がどうしてこんな遅い時間にと言う。




「ごめんなさい、もう少しだったの」



 あと一日経ったら、もっと正確なことが分かったの。



「おまえ。もしかして犯人を捜しているのか?」



 私はお兄様にしがみついて、何度も頷いた。



「リリーに会わせて」


「ああ、こちらだ」と花で飾られた部屋にリリーが眠っている。



 顔の上に布が掛けられている。


 それを外して、傷だらけのリリーの顔を覚えておく。



「赤ちゃんは、どちらが父親なの?」



 リリーに聞いても、リリーは答えない。



「誰が蹴ったの?教えて」



 リリーにしがみついて聞いていると、お兄様が私を抱きしめた。



「どこまで突き止めた?」


「今日は賭博場でアグロス子爵当主が、破産するところを見たわ。明日は競売をするそうよ。見せてくれると言っているの。リリーがきっと見てきた物を見られるわ」


「危険だ」


「大丈夫よ。お兄様、少し、お金を貸してくださいませんか。私は一文無しなのですわ。今日は公園の草むしりの仕事をして、お金を稼ぎました。明日のドレスをレンタルするお金が欲しいのです。何も食べてないので、食べ物を食べるためのお金も貸してください」


「レイン辺境伯は小遣いをくれないのか」


「はい、もう私が持っていたお金は全てなくなりました」


「金のことはいい」と言って、お兄様はすぐにお財布を出して、多すぎるほどお金を貸してくださいました。


「麻薬だと思います。飲み物に混ぜていた物です。お兄様が預かっていてください。宮殿に戻ると、外に出してもらえなくなってしまいます」


「ああ、いいだろう」


「あと、リリーと寝てもいいですか?」


「いいが、犯人の名前を教えてくれ」


 疲れすぎて、目が閉じてしまいそうになってしまう。


 意思の力で目を開ける。


「辺境区がアジトではないかと思えてなりません。頭と呼ばれていたのは、クローネ・ビッフェル侯爵です。その次の二番頭にハルマ・シュラハト伯爵を紹介されました。私はリリと名乗っています。クローネ様は私が辺境区に到着して、少し経ってから中央都市に行かれております。連絡があったかは、分かりません」


「疲れたのだな?リリーと眠るといい」


「ありがとうございます」


 私はリリーと手を繋いで眠りに落ちていく。


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