第67話 戦士(2)


 私は自分が思っているよりも落ち着いていることに驚いた。


 いつも、人の目を気にして、人からの評価を恐れ、優等生でいようとしていたのに、私に期待をしていると思っていた両親は、私の死を望んでいた。


 誰も愛してくれないと自覚したら、苦しみも悲しみも感じない。私はただの機械の人形のようになったようだ。


 涙を流し続けていた目からも、もう涙が流れてこない。


 その目には仮面舞踏会でも始まりそうな、アイマスクを嵌めている。



「お嬢さん、こんな深夜に何をしているのか?売りか?」


「私は高いわよ」


「ほう、幾らだ?」


「そうね、宮殿を一つくださいな」


「それは、高すぎだ」




 男は笑った。


 男は顔の様子が分からないように、私同様にマスクを嵌めている。


 見るからに胡散臭い。


 と、いうことは私も相当胡散臭いでしょうね。




「貴族の令嬢か?危険な遊びは止めた方が身のためだ」


「あら、ご忠告ありがとう。私、探している人達がいるのよ?」


「俺の知り合いなら教えてもいいが」



 私は魅力的な笑みを浮かべた。



「盗賊よ。盗賊なら宮殿の一つも手に入れてしまいそうよ」


「それは、強欲な」



 私はフフフと笑った。



「頭を知っている。紹介してやろう」


「まあ、ありがとう」



 男が歩き出して、私はその後に続いた。



 +



 酒屋に案内された。



「駆けつけ一杯だ」とビアが出される。



 私はお酒を飲んだことがない。


 一口口にしたフリをして、「安い酒だ」と文句を付けた。



「これはお嬢さんいける口か?」


「そんな話をしに来たわけではないわ」


「まだ来てないようだ」


「ふーん」


「飯でも食べる?ここの飯はかなり旨い」


「それならいただくわ」


 食べては駄目よ。


 お腹は空いているけれど、こういうときは、決まって睡眠薬が混ぜられているわ。


 犯されて、捨てられるために、こんなに危険なことをしているわけではないわ。


 海鮮料理ね。大きなエビが載っている。


 美味しそうね。


 香りもいい。でも、混ぜられた物が危ない。


 水もビアも食事も何もかも危険だ。


 男は豪快に食べ始めた。




「食わねえのか?」


「食後なのよ」


「つまんねぇ奴だ」


「食べてもいいのよ」


「俺は自分ので腹一杯だ」


「ずいぶん小食ね」



 男は顔をしかめた。


 毒入り決定ね。



「嬢ちゃんの名前はなんだ?」


「リリよ」


「リリーか」


「いいえ、リリよ」


「そういえば頭の女がリリーって名前だったな」


「その頭に会ってみたいわ。宮殿をプレゼントできる面か、見てみたい」


 チリンと扉に付けられた鈴が鳴ると、皆が立ち上がり「ご苦労様です」と声を掛けた。


 私はその男の顔を見た。


 クローネ様とハルマだった。


 まさかと思うけれど、辺境区が盗賊のアジトなのかしら?


 リリーはもしかしたら、盗賊の侵入捜査をしていた可能性が高い。そこでハルマに会った。


 リリーもハルマも、それぞれに裏の顔を知られたくなくて、結婚すると言い出した可能性は高い。リリーの赤ちゃんは、誰の子?愛妻家と言われていたクローネ様かしら?



「頭、宮殿をプレゼントしてくれる殿方を探している嬢ちゃんだ」


「こんばんは、リリよ」


「やぁ、どこかで会った事がある顔に見えるが」


「あら、自己紹介もできないの?」


「俺はクローネ、ここの頭だ」


「ふーん、いい男ね。それで、そちらの方は何というのかしら?」


「ハルマ、二番頭をしている」


「まぁ、二番なんて、つまらないでしょう?頭を取ろうとしたことはないのかしら?」


「まさか、頭はクローネ兄さんだよ」


「兄さん?もしかしたら兄弟かしら?」


「血の繋がりは、あるのか?」とクローネに聞いている。


「遺伝子的にはあるだろう?」


「ふーん」


「嬢ちゃんの長い髪も、遺伝子的にはあるだろう?」


「遺伝子って何かしら?私、頭が悪くて、知らないわ」


「知らなくても、生きていける」とクローネが言った。


 特に慰める様子でもない。


 馬鹿にする事もない。


「よかったら、この海鮮丼もビアも食べない?隣のお兄さんがおごってくれたんだけど、お腹はいっぱいなの」


 私は見た目は美味しそうな食事と飲み物を、クローネとハルマに手渡した。


「それは!」と隣のお兄さんが焦っている。


「どうせ、睡眠薬入りでしょう?」


「分かって、食べなかったのか?」


「私は鼻が利くのよ」と、足を組む。


 私は、今、かなり破廉恥なドレスを着ている。


 今日、働いた賃金と施しをもらったお金を全て使って、レンタルドレス屋で、際どい下品なドレスを借りて着ている。下品だけど、この下品なドレスを男達は好きなのだ。


 結い上げていた髪も下ろして、長いままでいる。



「頭、そろそろ博打を始めるそうです」


「何それ」と騒いでみる。


「今日は見ていけ」とクローネとハルマが私を連れて行った。



「ニナ」と呼ばれて、聞き流した。



 二人もかなり疑っているようだ。




「私の名前はリリよ」


「リリー?」


「違うわ、ただのリリ」


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