第36話 奪う者と奪われる者


「お姉様の物は、私の物よ。分け合った方が、二倍美味しいと思わない?」


「思いません。私の彼氏に手を出さないで」


「あら、もうバレてしまったの?」



 私は妹の頬をおもいっきり平手で叩いた。


 リリーの頬に私の掌の痕が赤く残った。


 そうして、リリーはニヤッと嗤った。




「お母様、お父様、お兄様!助けて!」と急に叫びだして、リリーの目から涙が大洪水でも起こしたように、流れ落ちる。



 また始まった。


 リリーの嘘泣きは、大嫌いだ。


 私は自分の掌を、じっと見た。


 おもいっきり叩いたので、私の掌はヒリヒリしている。


 皆が集まってきて、リリーはお父様に抱きついていった。


 叩けば泣くことはいつものことなのに、また、やってしまった。


 悪いのはリリーだけれど、手を上げてしまったのは私なの。


 リリーには、ぬいぐるみの綿のように悪知恵が全身に詰まっているに違いない。


 そうではなければ、私を怒らせて、叩かせることなどしないはずだ。



「今度は、どんな喧嘩をしたのだ?」


 お父様の口調は、厳しい。


 悪者は私で、守られるのは、いつも末っ子のリリーだ。



「お姉様は、美しい白銀の髪を自慢するのよ。輝く瞳ではない私を侮辱するのよ」


「私はそんなこと一言も言ってないわ」


「お姉様の言葉は、キツいのよ。だから、お姉様の彼氏は、私のことを好きになるんだわ。それを私が奪ったって言うのよ。元はと言えば、お姉様が殿方に優しくしないから、殿方が逃げるのよ。それを私の責任だと言うの?私はそんな殿方を慰めてあげているだけだわ」


 リリーは胸を張って、人差し指を私に真っ直ぐ向ける。


 その指が、私の胸を無理矢理、こじ開けて引き裂くようだ。


 私の言葉はキツいだろうか?


 人の心を無意識に傷つけているのだろうか?


 私は自問自答している。


 私の容姿は目立つから、私から声を掛けなくても、人が興味を持ち近づいてくる。


 人見知りの私は、人に注目されるのは苦手だし、声を掛けられても返事をするのが怖い。


 その点、リリーは人に注目されることに慣れている。


 自ら率先して、人の輪の中に入って行く。


 気がつくと、私の友達は皆、リリーの言葉を信じて、私の周りから友人は減っていった。


 いつの間にか私は傲慢で、妹を邪険にする非情な姉だと思われていた。


 目立つ容姿は、ただそこにいるだけで除け者にされてしまう。


 リリーは私の友達の輪の中に入って行って、私が築き上げてきた友人関係も一瞬のうちに崩壊させてしまう。


 リリーの言葉は、私の全てを批判する言葉になる。


 何もしてなくても、悪者は私。



「ニナとリリーは同じ血が流れているのだぞ。たまたまニナはその容姿で生まれてき

 ただけだ。威張るなど、姉なのに、いい加減にしなさい」


 お父様は、私の言葉など何も聞いてはくれない。


 可愛いのは、妹のリリーなの。


 リリーが私から、いろんなモノを奪っていくことも、お父様は私に落ち度があるからだという。


 悔しい。


 私のことなど、理解しようとしないで、リリーの肩を持つお父様を、私はとても嫌いだわ。



「彼氏を奪われたのではなくて、彼氏がニナに愛想を尽かしたのではないのか?」



 お父様からそう言われて、私の心の中で、また一つ諦めることができた。


 私が何を言っても、信じてはもらえない。



「そうね、その可能性もあるわね」



 私は、一度、お父様の言葉を受け入れる。


 受け入れて、心の中がどす黒くなっていくのを感じる。


 素直な私は、少しずつ消えていくような気がする。


 私はリリーと一緒にいてはいけない。




「私は、もうあの方をいらないから、リリーが付き合えばいいわ」



 私から心が離れていった人など、信頼できない。


 彼氏でも、友達でもない。


 翌日、私の彼氏だった人はリリーを連れて私の前にやって来た。




「ニナ、別にニナを嫌いになったわけではないのだ。けれど、リリーに惹かれているんだ」


「あらそう。私は貴方のことを、もうなんとも思っていないわ。今日から他人ね。これから声はかけないで」



 リリーがクスッと嗤ったのを、視界の端で見たけれど、毒牙に掛けられた人といつまでも、仲良くできるほど、私はできた人間ではない。


 私は私を裏切った人に背を向ける。


 私とリリーは一つしか歳は離れていないけれど、どうして、私の教室にいるのかしら?


 私の目の前で、元彼氏と仲良くイチャイチャして、私に見せつけている。


 私はそんな姿など見たくはないから、教室を出て、図書室で勉強をしたり、本を読んだりしていたわね。


 私が教室にいなくなると、リリー達も教室を出ていたようだ。


 リリーに貞操観念はないようで、誰とでも抱き合っていたようだ。


 私の数少ない友達が、空き教室で抱き合っていたリリーのことを教えてくれた。


 その翌日、私はこっそり、リリー達が休憩している教室を覗いた。


 ふふ、ふふふ。


 まだ私達は子供なのに、大人の真似をして、男性と逢瀬を重ねているリリーを見た。


 元彼氏は、リリーの裸体に夢中になり、リリーを貪っていた。


 好きなのは、リリーかしら、それともその身体かしらね?


 そのうち、妊娠したら面白いのにと、私は思っていた。


 お父様は、リリーのそんな顔は知らないから、実際に見せてやらなくては、信じてくれないと思っていた。


 私は二度ほど学生時代に、リリーが私の婚約者と抱き合っていた姿をお父様に見せたことがあった。


 けれど、お父様は、リリーを叱ることはしなかった。


 目の前で直接見せたのは、フェルトと抱き合っている場面が初めてだ。


 遠目ではなく、部屋の中まで入って、目の前で見せた。


 あれは、私の復讐なのよ。


 さすがのお父様も、私の責任だとは言わなくなったが、私から何でも奪っていくリリーを私は、心から嫌いだった。


 誰とでも抱き合う貞操観念の低いその態度も、伯爵令嬢なのに、少しも家の汚点になることも考えてはいなかった。


 社交界では、噂になっていた。


 お茶会でも、私に聞こえないように、貴婦人達がこそこそ話しているのを耳にしていた。


 兄様の結婚の時、兄様の婚約者のアリシアン様の実家では、婚姻の反対も出ていたくらいだ。


 アリシアン様は、侯爵令嬢でした。


 お兄様と結婚なさる時は、条件を付けられておりました。


 私とリリーを早めにお嫁に出すことが条件でした。


 なので、私は学校を卒業して、直ぐに結婚をしたのです。


 リリーは婚約者がいましたが、私の婚約者をことごとく奪っていくので、リリーに宛がわれていた婚約者は、お断りをすることになりました。


 フェルトと結婚したリリーは、いつ頃離婚をしたのか私は知りませんが、新しい婚約者を早急に見つけなければならない。


 もう結婚をしていればいいけれど。


 リリーは人のモノが好物なので、自分で婚約者を選ぶことはないと思う。


 あの子の顔は、もう見たくはない。


 また、私の愛する人を奪っていくのでしょうか?


 でも、残念ね。


 私も捨てられたのよ。


 隣国のエリザベス王女は、美しいのかしら。


 二人に劇的に、愛が芽生えたのでしょうか?


 それとも、国の為に、エリザベス王女と結婚したのでしょうか?


 平和条約を結び、友好国になる事を、レインはずっと望んでいたのだから。


 結婚よりも、国の未来を選んでも、王になる者なら仕方がないのかもしれない。


 そうかもしれないけれど、私の気持ちは考えてくださらなかったのだろうか?


 私は第二夫人なのかしら?


 それとも妾?


 その血を受け継ぐために、子供だけは欲しかった……そんな言葉は聞きたくない。


 ブルーリングス王国の血族に他国の血が混ざっていくことは、仕方がないのです。


 ブルーリングス王国の血族は、それほど多くはないのですから。


 兄様が、ニクス王国の侯爵令嬢と婚姻を結んだのも、ブルーリングス王国の血族の令嬢がいなかったのでしょう。


 兄様は、レイン辺境伯と同じ純血で、見た目もレイン辺境伯と同じ髪色と瞳の色をしていたのだ。


 兄様は王となる資格があった。


 お婆様の血が強く出たのです。


 王となる資格があったから、お父様は血を穢したのかもしれません。


 ニクス王国の国王陛下の命令で、そうした可能性もあります。


 私は悲しくなりました。


 せっかく、ブルーリングス王国の王族の色を持って生まれてきたのに、レインと結ばれる事はないのです。


 私はどこにいても、幸せになれない。


 それなら、ずっと独身でいてもいい。


 邸に帰ったら、兄様に迷惑をかけてしまう。


 私の居場所は、もう何処にもないのです。


 涙が零れてしまう。


 今は泣いてもいいような気がします。


 もう疲れてしまった。


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