第15話 レインの指導者
昼食の後、私はレインと一緒に馬車に乗っていた。
御者は、昨日と同じアルク様だ。
レインがいる所には、アルク様がきっといるのだろう。
影となり、日なたとなり、いつもレインを守っているのだと思う。
馬車から外を見ると、どこもかしこも畑ばかりだ。
視線を上に上げると、遠くに二階建ての病院のような建物が建っている。その並びに違った建物が一つある。
その回りには、一軒家の建物も幾つも立っている。平屋建てで、赤い屋根が目立っている。
「ここから、療養所が見えるな。二階建ての病院のような所が療養所だ。その隣にあるのが、研究所だ。赤い屋根の建物は、戸建て希望の者用の診療所だ」
「もう完成しているのね?」
「先ほど、クローネが言っていた通り、水回りだろう。浄化槽も作っている。人手は多い。そちらから人手を宮殿に回してもらうように頼んだ」
レインは私の髪に触れる。
「不満があれば溜め込むな。一人で解決させようとするな。自爆するだけだぞ。俺は俺の不満は友や同士に伝えている。一人で考えるより、いい案が出てくる」
「はい」
「だが、侍女にしてやれるメイドがいないのは、俺の落ち度だ。つい最近まで戦場だった地に、足を運ぶ女性はいなかった。ニナが来てくれなければ、出会いもなかったが、俺はニナを不自由なくブルーリングス王国の王妃にしたい」
「大丈夫よ。私にはレインがいるんですもの」
「我慢はよくない」
「今日は、どうしようもなく重かったの。食事の前にお風呂に入ったから、髪を洗うのに疲れてしまったの」
「先ほど、ハルマに聞いた。貴族の女性の髪はメイドが洗うのが一般的だと。髪洗いの専属のメイドがいるそうだな?」
「私は看護学校の時、寄宿舎に入っていたから、自分でするようになったの。でも、中央都市にはシャワーがあったけれど、この辺境区にはシャワーはなかった。桶で湯を汲むのが大変で、この長い髪が疎ましく思えてきたの」
「どうか、切らないでくれ、洗髪なら、俺が手伝う」
「嫌よ、恥ずかしいわ」
「湯を掛ければいいだけであるな?」
「そうだけれど、洗うのには時間がかかるのよ。お仕事があるのに、私のお世話をしていたら、お仕事ができないわ」
「それなら至急、メイドの手配をしなくては。普通のメイドと髪洗いの専属のメイドが必要であるな?」
「私はどうにかします」
「頑固だ」
「私は頑固よ」
情けなくて、涙がポロポロ流れてくる。
「頑固で泣き虫なのは、頑固とは言わないよ。我慢をしている証拠だ」
レインは私を引き寄せて抱きしめた。
優しく背中をさすってくれる。
「ニナだけの問題ではないのだ。サーシャが来る。伯爵家の生粋のお嬢様だ。サーシャの両親の事だ。辺境区に危険がないこと、不自由なく暮らせる事を調べてからしか、この地に来ることは許さないであろう。サーシャがこの地にやってこられなければ、ビストリは中央都市でサーシャと暮らすことになる可能性が出てくる。後継者になれないために、市井に下るか、特例で爵位を戴けるか、それは国王陛下次第であろう。あの頑固者の国王陛下の事だ、俺の落ち度として見せしめにする可能性もある。最悪、婚約解消か?ビストリとサーシャを結婚させる為にも、この宮殿の手直しが必要なのだ」
私は頷いた。
サーシャ様は、どんなお方でしょうか。
仲良くできるでしょうか?
「結婚式の前に喧嘩はよくない。仲直りしてくれるか?」
「はい」
癇癪を起こしていたのは、私なのよ。
私を叱ってもいいのに、レインは先に折れる。
どうして、こんなに心根が優しいのかしら?
「ごめんなさい」
我が儘を言ったのは、私なの。
「ニナは、素直ないい子だ」
レインは髪を撫でて、仲直りのキスをした。
トントントンと扉がノックされて、顔を上げると、開けた窓からアルク様が私達を見ていた。
馬車が止まったのも気づかず、抱き合っていれば、呆れるでしょう。
「アルク、すまない。初めて喧嘩をしてしまったのだ。仲直りできて、よかった」
「扉を開けますぞ」
「ああ、すまない」
扉が開けられ、レインが私の手を引きながら、馬車を降りる。
「レイン、解決はしてないであろう。トレーが重いのなら、食事の仕方を変えるべきであろう。髪を洗うのが大変ならば、その補助をしなくてはならない。どうだ?解決策は見付かったのか?」
アレク様は、レインの指導者なの?
優しいだけではない。
とても厳しいお顔をなさっている。
どうしたら、解決するのか考えさせる事を、きっと幼い頃からされてきたのだろう。
レインは真剣な顔になった。
「食事は、予め、ニナの分は分けてもらう。それから、場所だ。今までは男ばかりだったから、平民の従業員も同じダイニングを使いバイキング様式で食事を提供してきたが、これからは違う。王妃となるニナが来た。近いうちにサーシャも来るだろう。貴族のレディーがいるのに、平民男性が同じ部屋で、食事をすることは、先ずはマナー違反だ。俺達も今まで、交流を持つために、従業員と共に過ごしてきたが、俺は王になる。王が、媚びへつらう事は、ブルーリングス王国の為にならない。貴族は貴族。平民は平民と序列を付けるべきだ。宮殿の水道工事と共に、宮殿の工事を行い、食事の場所を分ける。皆とも話し合い、平民は宮殿への出入りは禁止させる。今までは男ばかりだったが、これからは違う。万が一、ニナが襲われる可能性も出てくる。ニナには護衛も付けるようにする」
レインは一つ深呼吸をした。
「もう一点、ニナの髪は、俺が洗う。ニナに付けたメイドは15才の子供だ。話し相手にしかならない。俺がニナとこれから結ばれるときに、ニナが気を遣う。アニーの出勤は、午前10時から3時頃まででどうだ?」
「はい、それなら、大丈夫だと思います。お願いが一つあります。朝、ポットにお湯をくださいませんか?お茶を飲みたくなったときに、自分で淹れられます。今朝は、水道水を飲みました。水道水が悪いわけではないのですが、飲み水でない場合、寄生虫などに感染してしまう可能性があるので、火を通したお湯が欲しいです」
「明日から準備いたそう」
「お願いします」
「ニナ、髪を洗わせてくれ。仕事が終わった夜になるが」
「はい、お湯を掛けてください」
私は頭を下げた。
「レイン、夫婦であるから話し合いは大切だ。これからは国王と王妃という立場になる。ニナ嬢も公務に出ることになるであろう。自分の考えだけで突っ走れば、国が揺れる。何かをするときは、互いに話し合い、二人の問題は二人で解決し、国の問題は仲間も交えて話し合う事だ」
「はい」
レインと共に私も返事をした。
アルク様は、やっと微笑んだ。
「ニナ嬢、ニナ様であるな。よくレインフィールドを伴侶に選んでくださいました。レインフィールドは、今は亡き、ブルーリングス王国の国王陛下の血統を正当に受け継いできた後継者です。ニナ様も正式な王家の血を受け継ぐお方。ニナ様のお婆様は、当時の国王陛下の弟君の長女でした。また幼い身柄で、逃げ出されたと聞いております。そして、ニナ様のお爺様は先王の血を引くお方。ニクス王国の国王陛下はニナ様の事はニナ様がお生まれになった時から知っておりました。ですが、敢えて、レインフィールドには教えなかった。運命という物があるならば、自分で探し出せると信じられておりました。ニナ様のお父様は、ニナ様の存在を隠しておりました。今は、それでもいいと国王陛下おっしゃいました。時が来れば、二人は出会うと信じられておられました。なかなか辺境区が落ち着かず、首都に戻ることが叶わず、ニナ様には辛い思いをさせましたが、やっと辺境区が落ち着き、レインフィールドは自分の伴侶を探せるようになり、やっとニナ様を見つけることができたのです。お迎えする前に、こちらに来ていただいた事が、既に運命だと感じております。どうかレインフィールドをお願いします」
アルク様は、頭を下げてくださいました。
お父様は、何故、隠していたのだろう。
私がレインと出会うのを阻止しようとしていた理由は、もしかしたらお兄様の存在かもしれない。お兄様は、王になる資格があったから。
お父様の思惑は、お父様に聞かなくては分からないが、少なくともお父様は王宮に勤めていたので、レインの存在は知っていたはずだ。
知っていながら、碌な婚約者をあつらえないのは、どういうことか?
私はたまたま清い身であったが、普通なら押さえつけられ、無理矢理結ばれていてもおかしくはない。
私がどんなに抗っても、成人した殿方の力には敵わない。
今度、お父様に会ったら、一言、言いたいことがある。
私はレインと初めから婚約したかった。
レインならリリーに奪われても、奪い返していた。
奪い返そうと、リリーと戦った。
でも、レインがリリーを選んだら?
リリーの方が好きだと言ったら?
私の怒りは、沈黙した。
今は考えないようにしよう。ここにはリリーはいないもの。
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