第12話 初夜(1)


 私達のブルーアイは、どちらかというと青や濃紺とは真逆な、水色のような色をしている。その水色は輝き、まるで宝石を携えているようだ。


 学友に、よく目を覗き込まれた事がある。



「宝石を目に入れて痛くはないのか?」とからかわれた事も何度かあった。



 髪も目立つ白銀。ただの白ではない。銀が白くなっているような色だ。


 輝く色を持つ私は、心までは輝いてはいない。


 どちらかというと臆病だ。


 臆病な心に鎧を纏って、気が強くなっている。


 心配性で、自分に自信も持てなくて、情けない。


 私を立たせているのは、今は亡き、ブルーリングス王国の血族の姿を持って生まれた責任かしら?


 私の血を守るために、たくさんの人が命を落とした。


 祖母から、話しを聞かされたときは、あまりにも辛くて、涙を流した。


 同じように、祖母の話を聞いていたリリーは、表情一つ替えずに、「私は白くないもの。目も普通でよかったわ。そんな責任押しつけられても迷惑よ」と、ブルーリングス王国の血について、非情な事を口にした。


 祖母は、リリーの言葉を聞いて、涙を流した。


 辛い思いをして生き延びてきたというのに、リリーの言葉には優しさの欠片もなかった。


 祖母からその話を聞いてから、リリーは髪を切った。


 私は、辛い思いをして生きて来た祖母に、できるだけ長生きをして欲しいと思っていた。


 けれど、祖母は私達にブルーリングス王国の血族の話しをした後に、病に罹った。


 その年は、不要の外出を控えるようにと国王陛下から、お触れが出たほど、熱病が流行った。


 祖母は熱病に罹り、体力も衰えていたせいもあり、亡くなってしまった。


 私はもっと祖母の話を聞きたかった。


 同じ色を持つ祖母は、私の特別だった。


 父よりも母よりも、私を特別に愛してくれていた。



『あなたはお姫様よ。ニナ、王子様が迎えに来たら、必ず結婚をしなさいね』



 祖母は幼い私に、よくそう言った。


 私がお姫様?


 祖母にそう言われるのは、好きだった。


 王子様が現れなくても、私はお姫様なの。


 祖母や、生き延びた者達がしてきたように、私は早くに結婚して、子供をたくさん産もうと、子供心に思っていた。


 そうしたらブルーリングス王国の民が増える。


 どれほどの数が生き残っているのか知らないが、一人でも多く残っていたら素敵だと思った。


 お父様に教えてもらった合い言葉も、何度も口にしてしっかりと覚えた。


 私には王子様は現れないかも知れないけれど、私の子供には王子様が迎えに来てくれるかもしれないと思っていた。


 フェルトと婚約したとき、フェルトがブルーリングス王国の血族ではないと知って落胆した。


 まだ学校を出たばかりの若い私は、子供の頃から婚約者を決められていた。


 それは、貴族の娘なら普通な事だった。


 リリーにも婚約者は決められていたが、リリーは私の婚約者を誘惑して、私から奪っていく。


 そんなことが5回起きて、6回目の婚約者が、フェルトだった。


 フェルトはともかく、フェルトの家族は、私を気に入って本当の家族になろうと気を配ってくれていた。


 学校を卒業したばかりの私を、邸に招き、お茶会やお食事会もよくしてくれた。


 出会ったばかりの頃のフェルトは、私に「好きだ」と言った。


 言ったような気がする。


 けれど、それ以降は、言われた覚えがない。


 結婚式の夜、初夜はあった。


 とても痛くて、私は途中で泣いてしまった。


 困った顔のフェルトは、中途半端な初夜で終えた。


 フェルトから求められるのは、月に一度位だった。


 あまりに私が痛がるので、フェルトなりの方法で、私と抱き合うようになった。


 そうしたら、痛くはなくなった。


 リリーと不倫をしていても、私を抱いてくれていたのは、フェルトなりの優しさだったかもしれない。


 フェルトの家族に愛されて、実の息子よりも大切にしている自分の親の姿を見たら、私に別れてくれとは言えなかったのだろう。


 私と別れて、リリーがあの家族達に歓迎されないだろうと、私は思っていた。


 離婚の理由は、フェルトの不倫かもしれないが、リリーはあの家にいて、安らげる場所は、きっとなかったと思う。


 今、私はネグリジェに着替えて、ガウンを羽織り、レインが迎えに来るのを待っている。


 ドレッサーの前に座り、髪を梳かしている。


 そうしながら、私は過去のいろんな事を考えている。


 結婚式の前に抱き合うことは、貴族の娘はしない。


 私が二度目の結婚なので、レインは私を抱こうとしているのだろうか?


 私は抱かれて、気持ちがよくなった事は、一度もない。


 レインは、そんな私を抱いて、幻滅してしまうかもしれない。


 とても怖くなった。


 フェルトの初夜の時のように、痛くはないと思うが、私はもうずいぶん、殿方に抱かれてはいない。


 フェルトと結ばれるのに、かなりの時間がかかった事を思い出すと、今夜、レインと結ばれる事ができない可能性もあることに気づいた。


 幻滅されたらどうしよう。


 結婚前に抱き合って、気に入らなかったから、この結婚はなかった事にしようと言われたら、どうしたらいいのか?


 扉がノックされて、「開けていいかな?」と声がかかった。


「はい」


 私は立ち上がった。


 髪を結い上げていない、長い髪が真っ直ぐに落ちて揺れる。


 レインが、私の元に走ってきて、抱きしめた。



「なんと美しい」



「レイン、伝えておいた方がいいと思う事があるの」


「どうした?」


「気分を害したら、申し訳ないのだけれど、私、元夫の初夜の時、とても痛くて、結ばれるまでに、半年ほどかかったのよ。元夫とは、月に一度くらいしかしてなかったけれど。もしかしたら、痛くてできなかったらと思うと、怖くなってしまったの」


「結ばれるのが痛かったのか?」


「ええ、痛くて、拒んでいたの。だから、半年もかかってしまったのよ」


「無理矢理したりしない。怖がらなくてもいい。添い寝でも構わない」


「嫌いにならないで」


「それはない。心配するな」



 レインは私を抱き上げて、部屋を出て行く。


「これからは、俺の部屋で着替えるといい。寝室は一緒にしよう」


 レインから、爽やかなトワレの香りがする。


「私、レインのこの香り、とても好きよ。レインによく合っていると思うの」


「このトワレは、エイドリックにプレゼントしてもらったのだ」


「王太子殿下ですか?」


「女性にモテる香りだと言っていたな。エイドリックに感謝しなくてはな」



 レインは私にキスをしながら、微笑む。



「結婚式前だが、互いに結婚指輪をはめた。教会には明日にでも行くか?辺境区の教会は小さいが」


「レイン」



 私はやはり不安で、レインにしがみつく。


 レインは寝室に入って、私をベッドに乗せると、ガウンを脱がせていく。


 レインのベッドは、とても広くて、天蓋も付いている。


 私が四人寝ても、余裕で眠れそうだ。



「こんなに広いベッドで眠っているの?」


「ああ、国王陛下からのプレゼントだ。ベッドはプレゼントしてやるが、嫁は自分で探せと言われた。もしかしたら、国王陛下はニナの事を知っていたかもしれない。ニナの実家は伯爵家であるな?国王陛下は、ブルーリングス王国の血族を探していた。ニナのようにブルーリングス王国の血族を現す容姿を持っていれば目立つ」


「そうしたら、お父様は、どうしてフェルトと結婚させたの?私が結婚したいと言ったわけではないわ」


「俺を試していたのかもしれぬな。これほど目立つ容姿をしていながら、見つけられないようなら、やらぬと。だが、俺は辺境区に殆どいた。落ち着いたのは、最近だ。危険な辺境区に行かせたくはないと考えていたのかもしれぬな」


「私は傷物になってしまったのに?」


「本気なら、奪っても自分の妻にする。それほどの覚悟がなければ、やらんと思っていたのかも知れぬ」



 私は肩を落とす。


 フェルトとの夫婦生活は、それほど良好ではなかった。


 ただ、家族には恵まれていた。


 フェルトがいなくても寂しいとは感じられないほど、善くしてもらっていた。



「私は、レインが初めての夫ならよかったのにって、思っているのに」


「俺にとっては初めてだ。そう落胆するな」



 レインが私にキスをする。


 額や頬に、私を怖がらせないようにしているのが分かる。


 くすぐったくって笑い出すと、やっと唇にキスをしてくる。


 最初は触れるだけの優しいキスだ。


 優しすぎて、照れくさくなる。


 見つめ合って、互いに微笑む。


 フェルトとのそれとは、全く違う。


 私はレインにしがみついた。


 そうして、一夜を供にした。



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