第11話 新たなブルーリングス王国
翌日、レイン辺境伯は国の一部を見せてくれると言って、朝から出かける事になった。
アニーがせっかく来てくれたけれど、ゆっくりお話をする時間もなく、出かける事になった。
馬車に乗って、私の隣にレイン辺境伯が座り、私の手を握っている。
手を握られる事に慣れていない私は、緊張して、手汗が出てきてしまう。それでも、構わず、レイン辺境伯は、私の手を握っている。
その表情は楽しげで、手を振り払うことはできない。
宮殿から少し離れた所に民家があり、その近くに畑が見える。
「この畑には、我々が食べる食料も植わっているが、薬草も植わっている。この地は、農民が多くいた。その農民に、土壌改良を頼んで、薬草を育ててもらっている」
「どこもかしこも畑ですわね」
「ああ、できれば、いろんな薬草を育てて、付加価値を付けて、売り出そうかと考えている」
「では、ブルーリングス王国の産業は、農地ですの?」
「農地も勿論、重要な産業であるが、この土地には、昔から鉱山がある。金山と宝玉の取れる鉱山がある。その金や宝玉を使って、宝飾品を作っている職人もいる。その者には、そのまま宝飾品を作ってもらっている。戦争も落ち着いたので、鉱山の採掘も再開した」
「まあ、凄いわ」
「病院があるから、薬草の研究所も作り、病人の受け入れもしていこうかと考えている」
「中央都市の看護師募集は、戦争の怪我人の処置ではなく、病人の看護でしたのね」
「ああ、まだ、人数が足りないから、病院としての機能は果たしてはいないが。近い将来、研究所と病院を開院させる予定でいる。ここは、空気もいい。療養にも丁度いい。医師は中央都市の病院で研修を行っている。腕のいい医師が来てくれるだろう」
レイン辺境伯は、これからのブルーリングス王国について話してくれる。
この辺境区は、村が20個くらいしかないが、とにかく農地になる土地が広い。山もあるから、湧き水に恵まれ、田畑に水が行き渡る。
足りないとしたら、華やかな物くらいだ。
けれど、田舎には田舎にしかないものがある。
綺麗な空気に、長閑な環境、静かな夜。
病気を治しに療養するとしたら、これ以上の環境はいらない。
後は、美味しい食事くらいだろう。
宮殿の料理は、中央都市の邸の食事より美味しいし、高級レストランと同等かそれ以上の味がした。
私は決して贅沢はしてきてはいないが、それでも貴族の娘なので、パーティーもお茶会も出ていたし、邸のシェフは一流と言われていた店から引き抜いてきた者だった。
寮生活で、私の生活水準は、ぐっと底辺まで下がったけれど、それでも、今まで食べてきた味を忘れることはないと思う。
きっと宮殿でも、シェフの育成などをしているのではないかと思うの。
「宮殿の食事も美味しいわね?」
「ああ、療養所を作るなら、美味しい物を食べさせなければならない。宮殿には、大勢の料理人がいる。一流のシェフを集めている」
やっぱり、思った通りだったわ。
私はにっこり笑う。
レイン辺境伯は、お顔を赤くしている。
お心は純情な方のようだ。
「ニナ、触れることを許せ」
私が返事を返す前に、私はすっぽりと抱きしめられていた。
微かに香るトワレの香りは、昨日はしていなかった。
今日のために、お洒落をしてきてくれたのだろう。
爽やかな香りを吸って、私は初めて、レイン辺境伯の背中に腕を回した。
「ニナ、愛してる」
目元に、初めてのキスが落ちた。
触れるだけの、優しいキスだ。
顔を上げると、レイン辺境伯は、私を真っ直ぐに見つめている。
私もその視線から、目を離せない。
それほど熱い眼差しだった。
「ニナ」
彼は、私の名を呼びながら、私に口づけをした。
触れて、離れていく。
私が嫌がらないように、気を遣っているのがよく分かる。
でも、私はこんなに優しいキスをされたことはなかった。
比較は良くないと思う。けれど、元夫も私にこんな口づけをくれた事はなかった。
私は心のままにレイン辺境伯に抱きついていった。
「本当に私だけを想ってくれるのね?」
「ああ、そのつもりだ。ニナしか考えられない」
「好きです」
「その言葉、嘘だとは言うな?本気にするぞ?」
「はい、こんな優しいキスをされた事もありません」
「ずっと優しいだけではないぞ?」
レイン辺境伯は、私を抱き寄せると、先ほどとは違う口づけをした。
舌が絡まり、唾液が行き交う。
まるで、今から抱かれてしまうのかしら?と思えるほどの激しい口づけをしてきた。
けれど、嫌ではなかった。
愛おしい。
と、感じられる。
抱いて欲しい。
このまま一つになってしまいたいと思えるほど、私はレイン辺境伯の事が好きになっていた。
唇が離れていく。
私はレイン辺境伯に抱きついた。
「それほど、抱きついていたら、自制が効かなくなるよ?抱いてしまってもいいの?」
「レイン辺境伯、レインフィールド様、私を妻にしてください。私、貴方をどうしようもなく好きになってしまったのです。貴方に抱かれたい」
「ニナ、それは本心だな?抱いてもいいのか?」
「はい」
「ならば、今夜、閨を供にしよう」
「はい」
私から誘ってしまった。
恥じらいがなかったかしら?
今更、恥ずかしくなる。
私が生娘ではないと分かっていても、私はもうずいぶん、男性と抱き合ってなどいない。
「やっぱり、恥ずかしいわ」
「今更、聞かぬ」
馬車が止まって、扉がノックされる。
「開けてくれ」
「はい」
馬車を走らせていたのは、私を迎えに来た頬に傷のあるアルク・ブクリエ侯爵です。
彼は、レイン辺境伯の直属の護衛。
ニクス王国の国王陛下からの指示で、レイン辺境伯の護衛を命じられた人だ。
「さあ、おいで」
「はい」
レイン辺境伯は、私の手を引き、馬車を降りる。
ここは何処かしら?
大きな建物が建っている。
「ここは、先ほど話した装飾品の卸問屋だ。どんな宝玉が取れるか見ておく必要があるであろう?」
「ええ、そうね。私、この土地の事をよく学ぶわ。一緒に国を作れるように、努力します」
「そうか」
レイン辺境伯は、綺麗な笑みを浮かべた。
「では、参ろう」
しっかり手を繋がれ、建物の中に入って行く。
「レイン辺境伯、よくおいでくださいました」
「良い品が揃っております。ゆっくりご覧ください」
一階には、職人がいた。机に向かって、装飾品を作っている。
「皆の者、しっかり美しい物を頼む」
「はい」
職人達が返事をした。
職人達の数は、50名ほどいるような気がする。
細かい作業をルーペをかけてしている。
手元には、細かな作業をするための器具が並べられていて、それを使いながら、手作業で美しい装飾品を作っている。
金は指輪の形やネックレスのチェーンになっている。
宝石は、ブルーからグリーンの物が多くあった。
私は、宝石を持ってはいない。
結婚も早かった上に、元夫はプレゼントをくれなかった。
どちらにしろ、もらった物は返してきたのだから。
どうして、あんな男と結婚などしていたのだろう。
溜息が漏れてしまいそうになる。
この土地に、これほどの宝石が取れる鉱山があるのは、まさに宝の山だ。
レイン辺境伯は、皆を労いながら、二階へと上がっていく。
二階には、宝石を管理している男達が、10人ほどいた。
「レイン辺境伯、いらっしゃいませ。ご用件の物は、こちらに用意してあります」
「ああ、ありがとう」
男が一人、案内に立った。
奥の個室に案内された。
机の上に、いろんな宝石が並んでいる。
「結婚指輪は、どれにするか?髪留めも幾つか選んでもいい。ネックレスも、何でも選んでくれていい」
「それなら、結婚指輪はいただきますわ。できたら、レイン辺境伯と同じ物がいいかと思うのですが」
「そうであるか?」
レイン辺境伯は、机の上に並べられた宝石を手に取ると、案内の男に手渡していく。
男の手には、ベルベッドの布が張られた宝石箱が持たれている。
「ニナ、気に入ったら、手に取りなさい」
「ええ」
返事はしたけれど、何がいいのか、迷う。
初めて見る大量な宝石に、腰が引けてしまう。
先ほどは、ブルーとグリーンの宝石が目に付いたが、並んでいる宝石は、赤や紫、様々な色の物や、透明な物もある。
純粋に美しい。
そういえば、リリーは宝石をたくさん持っていたなと思い出す。
リリーは男性に、よくプレゼントをもらっていた。
やはりモテる何かがあるのだろうか?
髪の長さであろうか?
奇抜に短くしていたのは、リリーだけだった。
私の髪は美しいだろうか?
白銀の髪は、雪のように、色を吸収してしまう。
私の髪留めは、金の金具でできている。
シンプルで、どんな洋服にも合うから、学校に入学したときにお父様に買って戴いた。
これほどの色の宝石は初めて見た。
私はレイン辺境伯の後を歩いて行く。
今日は珍しい物を見せてもらえてよかった。
「ニナ、選んだか?」
「美しい物を見せて戴きました」
立ち止まったレイン辺境伯に、笑顔でお礼を言う。
「結婚指輪だが、我が国の物がいいと思う。気に入った物はあるか?」
「頂けるのなら、私は瞳と同じ色の物が欲しいです」
「瞳と同じならお揃いにできる」
レイン辺境伯に付き添っていた男が、机に宝石箱を置いた。
そこから、レイン辺境伯は、私の言った通りの指輪を幾つか取り出した。
「手を」
「はい」
レイン辺境伯は、幾つか選んだ指輪を一つずつ指にはめていく。
「気に入ったのはあったかな?」
指を見ていた私は、レイン辺境伯を見た。
「俺は、これが気に入ったのだが、どうだ?」
「私もそれが気に入りました」
それは、本当に瞳の色とよく似た石の付いた指輪だった。
「俺の指は、これかな?」
私に選んだ指輪より、一回り大きな指輪をはめて、私に見せてくる」
「どうだ?」
「とても似合っています」
「そうであろう」
その二個は、別の宝石箱に入れられた。
その後に、レイン辺境伯はレイン辺境伯が目にとまった物を私に着けていく。
私は硬直していた。
だって、宝玉が大きいのよ?
ネックレスも何種類も、指輪も追加で、髪留めは、いろんな宝石が着いた物をたくさん選んでくださいました。
「今日はこれくらいで、どうだ?」
「こんなにたくさん、いいのですか?」
「まだ値段も付けていない物だ。これは山からのプレゼントだな」
「レイン辺境伯、ありがとうございます。私、宝石は持ってなかったの」
レイン辺境伯は、微笑んだ。
「まずは、これを」
レイン辺境伯は、最初に決めた結婚指輪を私にはめた。
「結婚してくれ」
「はい」
指輪を渡してから、結婚を申し込むのは逆だけれど、もう何度も求婚されているから、そんな些細なことはどうでもよかった。
「宝石で、気に入った物は、なかったのか?」
「この指輪が気に入ったの」
「他は?宝石は幾らでもある。欲しければ、ここに来て、持って行っていい」
私は首を左右に振った。
それでは意味がない。
勝手に持って行ったら、泥棒と変わらない。
「プレゼントは、レイン辺境伯から頂きたいの」
「それなら、そうしよう」
「レイン辺境伯、ありがとうございます」
「こんな時くらい、名前を呼べ。それか、ニナもレインと呼ぶか?」
「呼んでもいいの?」
「これからレインと呼ぶこと」
「はい」
私が返事をするとレインは嬉しそうに微笑んだ。
「早速、呼んでみてくれ」
「レイン、私を試すような事はなさらないで?」
「試してはいないぞ。うん、愛称でもまあいいだろう。名前も長ったらしい」
「大切なお名前ですわ。レインフィールド様、レインと呼ばせて戴きますけれど、そのお名前も私は好きになりましたわ」
「ああ、ニナが可愛すぎる。この場で押し倒して、俺の物にしたい」
「レイン、そんな事を仰ったら、恥ずかしいわ」
「ニナ、ニナ、直ぐに帰ろう。今夜の夕食は早めに済ませよう」
私は恥ずかしくて、顔に熱が溜まっていく。
夕食が終わったら、レインに抱かれるの?
男性に抱かれることは初めてではないけれど、私の元夫は、私をあまり抱かなかった。
性欲がない殿方もいるのかと思っていたが、リリーと抱き合うために制御していたのなら、私を抱くことは、きっと義務だったのだろう。
月に一度、あるかどうか?
新婚にしては少ないとは思っていたが、リリーと抱き合っていたなら、性欲もそちらで満たされますわね。
全く、思い出しただけで、屈辱的ですわ。
「ニナ、嫌か?」
私は首を左右に振った。
昔のことは、早めに忘れた方がいい。
レインに抱かれたら、昔のことなど忘れてしまうに違いない。
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