第5話 辺境伯

 宮殿のような建物は、王宮の中のように、ゆったりと作られていて、メイドや使用人達がいた。この建物の中にいる限り、ここが辺境区だとは思えない。


 私を案内している軍服の男は、皆に頭を下げられている。


 偉い人なのかしら?


 一階にある応接室のような場所に案内された。


 軍服の男は、扉の横に立っている。


 無口な男だ。


 扉がノックされた。


 無口な男が扉を開けた。




「ご苦労」


「いいえ」




 無口な男は部屋から出て行った。その代わりに、違う男性が部屋の中に入ってきた。


 今度はなかなか美丈夫だ。


 お顔に傷はなく、日焼けした肌に、精悍なお顔立ち。


 ここが辺境区だとは思えない紳士だった。


 私とお揃いのような白銀の髪に、私の瞳より濃い、ブルーアイをお持ちだった。


 私のブルーアイは、少し薄いのだ。


 お婆様の血筋を受け継いだのか、私は全体的に色素が薄いのだ。


 妹のリリーは、顔立ちはよく似ているが、髪と瞳の色は、薄い茶色です。


 顔立ちを並べてみると、優しく見えるのは、リリーの方なのだ。


「よく来た。中央都市から遠かったであろう」


「はい、少々、疲れましたが、歩いてきたわけではございません。馬車に乗せてもらったので、少しだけですわ」



 私のお婆様は、今は亡きブルーリングス王国の公爵家の娘だった。


 ブルーリングス王国は、冷酷非道と言われているミエド王国に夜襲を受けて滅んだ。逃げ出せたのは、ほんの僅かだった。生き残ったブルーリングス王国の王族と縁者の者達は、散り散りに散っていった。


 お婆様の一家は、一緒に逃げ出してきたブルーリングス王国の血族の男児と一緒に、お爺様の一家に保護された。お爺様のお子さんは病気で嫡男を亡くされていた。そこで、両親を亡くした男児は養子に迎えられて、お婆様は養子に迎えられた男性と結婚して、そうして、お父様が生まれ、ブルーリングス王国の血族のお母様と結婚して、私達が生まれたのだ。


 私と妹のリリーは、正当なブルーリングス王国の血統を受け継いでいる。


 私はお婆様にそっくりらしい。



「俺はレイン辺境伯と皆が呼ぶな」



 よく通る静かな声で目の前の殿方が自己紹介をした。



「レイン辺境伯、お初にお目にかかります。先ほど馬車で到着したばかりの、看護師のアイドリース伯爵家長女。ニナと申します。この地で、しっかり勤めさせていただきますので、よろしくお願いします」



 私は立ち上がり、令嬢としてのお辞儀をした。


「地に咲く物はなんだ?」


「人の命でございます」



 突然尋ねられて、私は我が家に言い伝えられてきた合い言葉を口にした。



「やはりそうであったな」


「あの?」



 この合い言葉は、我が家に流れ着いたブルーリングス王国の者達が血を残すために、この言葉を伝えてきた物だ。


 私が物心ついた頃に、お父様に教えて頂きました。


 この国では、珍しい白銀の髪を持つ私には、もしかしたら声をかけてくる者もいるかもしれないと、お父様はおっしゃいました。


 目の前のレイン辺境伯は、もしや、ブルーリングス王国の王族縁者なのだろうか?



「この言葉を知っていると言うことは、ニナ令嬢はかの国の生者であるな?」


「レイン辺境伯もそうでしょうか?」


「ああ、王族の血筋にあたる」


「私のお婆様が、公爵令嬢だったと伝えられています」


「そうか、よく保護してくれた」


「保護したのは、私の曾祖父でございます。お婆様のお顔は、なんとなく覚えておりますが、私が幼い頃に流行病で儚くなりました」


「そうか」



 レイン辺境伯は、私の顔をじっと見ております。



「その髪を下ろしてはくれまいか?」


「ですが、しっかり結い上げておりますので、解けば、クチャクチャになってしまいます」


「そうであるか?」


「はい」


「ニナと呼んでもよいだろうか?」


「好きな呼び方で構いません」


「俺の近くには、かの国の血を引く者が集まっておる」


「この地に、おりますの?」



 立ち向き合って話していたら、レイン辺境伯は、私の手に触れて、ソファーに誘った。


 二人で並んで座った。



「俺は三年前に、其方の姿を中央都市で見つけて、ニクス王国の国王陛下に其方のことを聞いた。直ぐにアイドリース伯爵に手紙を書いたが、結婚をしておると返事が来た。中央都市に住んでいる、我が同胞に、夫の不倫で別れたと連絡をもらった。直ぐに、釣書を送ったが、返事は来なかった。だが、同胞からは、ニナが看護学校に入学したと報せが来た。それが、俺に対する返事だと思った。二年、待ち続けていた」


 確かに離婚をしたばかりなのに、釣書が来ていた。


 そこには、もしかしたら、あの合い言葉が書かれていた可能性がある。



「もしかしたら、釣書に、あの合い言葉を書かれましたか?」


「ああ、書いたとも」



 お父様は知っていて、私が看護学校に入ることをお許しになったのね。


 辺境区に来れば、私を欲するレイン辺境伯がいることを知った上で。


 お父様に操作されていたと知ると、このくそ親父と思うけれど、思うだけで、恨みが湧くわけではなかった。



「ニナ、結婚してくれ」



 レイン辺境伯は、私の両手を掴んで、私の目を真っ直ぐ見て求婚してきた。


 私は、どうしてフェルトと結婚などしてしまったのだろう。


 こんなに素敵な人に求婚される未来があったなら、フェルトと結婚などしなかったのに。



「レイン辺境伯、私は一度結婚に失敗した身です。清い身体ではありません。レイン辺境伯が、王家の血筋ならば、尚更、結婚などできません。どうか、レイン辺境伯には、生娘との結婚をお勧めしますわ」



「結婚するために、看護師の資格を取ったのではないのか?俺の元に居続ける覚悟を付けたと思っておったというのに」


「看護師になったのは、自立するためですわ。結婚に失敗した私の行く末が、暗く感じたのでございます。ならば、一人でも生きていける道を見つけた方が寂しくはないと思ったのです」


「俺は離婚したと聞いて、真っ先に釣書を送ったのだ。ニナの二度目の夫でも構わないと思った。寧ろ、よく離婚したと喜んだのだ」


「レイン辺境伯は、他の男と抱き合ったことのある私を愛せるのですか?」


「ニナなら愛せる」


「……」


 その言葉が真実ならば、どれほど嬉しいか。


 感情が高ぶって、涙がこみ上げてくる。



「突然告白されて、戸惑っているであろう。俺がどれほど本気か、よく品定めをするがいい」



 レイン辺境伯は、私の頭を撫でてくださいました。


 大きな、優しい手です。



「寮は男ばかりだ。危険だから、この宮殿に住みなさい」


「でも、ここは」


「これは、ここの辺境区を治めている俺の命令だ。男はニナのような美しい乙女を見れば、欲しくなる。ただでさえ、この地区には女はいない。男達の性のはけ口にされるのは、我慢ならん。ニナいいな?」


「私を守ってくださるの?」


「ニナは俺の花嫁だ。俺の決めた花嫁に、手出しする男がいたら、その者を斬り殺すかもしれぬ」


「ありがとうございます」



 私は素直に頭を下げた。


 お風呂も、いつ男性が入ってくるか分からない大浴場で、たくさんの男の目に晒されるのは、やはり怖い。


 生娘でなくても、男性に無差別に襲われるのは、嫌だし、恐怖である事は確かだ。


 私はレイン辺境伯に甘えることにした。



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