第4話 素晴らしい辺境区



 3週間の馬車の旅を終えると、やっと到着した辺境区。


 辺境区には、背の高い砦があった。


 それが国境らしい。


 厳重な砦を見て、こんな立派な砦があるのに、いざこざが起きるのだろうか?と疑問に思う。


 砦は、山の中に消えていく。


 線を引いたように、国境全部に砦を作ることは、きっと不可能なのだと思った。


 街は巨大な要塞都市となっている。


 王宮と大差ない大きな建物は、辺境伯の邸のようだ。


 辺境伯は、普通の伯爵とは違う。


 王と同じ命令を下すことができる、事実上、公爵と同等の地位があり。敬称は国王陛下と同じ、陛下です。


 武装農民もたくさんいると、授業で習いました。


 ここは、軍隊のたまり場であり、他にも産業が発展した土地だとか。



「では、皆さん、長旅お疲れ様でした。お部屋に案内いたします」



 この馬車に乗っていたのは、6名。


 看護学校に入学できる者が、まず少ない上に、授業について行けず脱落者も出る。


 残ったのは6名。


 男性看護師が5名で、女性は私だけだった。


 貴族の次男、三男が看護師になっていた。


 平民になるより、確かに遣り甲斐も格も違う。


 ただ、ここは絶対に安全ではないと言われている。


 敵国に攻められたら、真っ先に戦に巻き込まれる。


 命の保証はないと……。


 男性は、帯剣も許されているが、私は剣術ができないので、持っているのは、ナイフの一本。


 これは、自衛と緊急事態時の治療に使われる。


 切れ味は抜群だ。


 案内された部屋は、二階の個室だった。


 荷物を置いて、ベッドに腰掛ける。


 部屋には、ベッドと書き物をするための机があるだけだ。


 お風呂は、共同風呂だと言っていた。


 女性は、いないとのことで、一番初めか、最後に入るしかないと説明されている。


 看護師と言えば、女性を連想するが、さすがに戦場に来るのは、男性くらいのようだ。


 お母様が知ったら、卒倒するだろう。


 お父様もお兄様も知っていたかもしれないけれど、私を止めはしなかった。


 荷物を置いたら、一階の食堂に集合と言われていたので、階段を降りていく。


 これから、野戦病院と入院病棟を見学に行くのだ。


 食堂に入ると、男臭い。


 男ばかりの職場なので、仕方がない。


 皆さん、背が高くて、ガッチリとした体格をしている。


 押しつぶされるかと思ったけれど、一定距離開けられて、押しつぶされることはなかった。


 その代わり、男性の射るような視線が、全身に纏わり付く。恐怖を感じる程度に、背筋を震わす。


 私は女性看護師の正装である白色のドレスを着て、同色のエプロンをはめている。髪もしっかり結い上げているが、他に女性がいないので、目立っても仕方がない。


 軍服を着た男性が、部屋に入ってきた。


 騒がしかった部屋が、一瞬のうちに静かになった。



「ここに、ニナ・アイドリース伯爵令嬢はおりますか?」


「はい、私です」



 私は、返事をして、一歩前に出た。


 軍服を着た男性が、私の前に歩いてくる。


 集まっている皆さんは、シーンと静まりかえった。


 誰でしょうか?


 頬に切り傷のある殿方は、厳ついお顔に軍服を着ている。


 王都の軍服と違い、辺境区の軍服は深緑色で、ボタンは金色だ。勲章が幾つも付いている。


 帽子も同色で、帽子の横に、黄色いラインが三本入っている。


 存在だけで、震え上がりそうな容姿だ。


 目の色は濃茶で、髪の色と同色だ。


 年齢は、私より、ずっと年上に見える。


 そのお方が、私の真ん前で、足を止めたのだ。


 怖い。


 私が女だから、帰れとおっしゃるのかしら?


 ドキドキしていると、軍服を着た殿方は、私の姿を頭の先から足下まで見た。


 それから、静かな声を出した。



「辺境伯がお呼びだ」


「私をでしょうか?」


「そのままの姿で構わない。一緒に来て欲しい」


「はい、でも、今から病院の案内が始まるのですが」


「優先順位は、辺境伯であるぞ」


「はい、失礼いたしました」



 私は頭を下げた。


 軍服の殿方は、一つ頷いた。


 怖そうであるが、理不尽に怖いわけではなさそうだ。



「では、こちらに来なさい」


「はい」



 私は軍服の男性の後を歩いて行く。


 寮の中を歩いて、外へ出て行く。


 外に馬車が止まっていた。



「馬車に乗ってくれ」


「はい」



 軍服の男は、どうやら馬車を操るようだ。


 皆が、軍服の男に頭を下げている。


 辺境伯は、確か。


 レイン辺境伯で、国王陛下から公爵の位を戴いて、確か名前が変わったような。


 結婚前に新聞で読んだが、よく覚えていない。


 怖い人ではないといいな。


 ここは、どこもかしこも男ばかりで、ときどき、見かけるのは平民の女性のようだ。


 好き好んで、貴族の令嬢が来るところではないわね。


 馬車は静かに走っている。


 どんなに思い出そうとしても、それ以上の情報は出てこなかった。



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