第3話 自立したいの

 16才で婚約をして17才で結婚をした私は、18才で離婚をしました。


 私は十分に若いし、まだいろんな可能性がある。


 元夫の家族とも良好な関係を作っていたので、私が離婚をすることが決まった時には、夫は、かなり叱られていたわね。


 元サヤに戻る事を勧められたけれど、私には、既に夫への愛は冷めていましたので、お断りしました。夫から結婚式でもらった時の指輪と先日もらったばかりのブローチもお返ししました。


 もちろん、馬車賃も上乗せして頂きました。


 実家からメイドを数人連れて行ったので、荷造りも早くできて、数時間で私がそこで暮らしていた痕跡はなくなりました。


 お世話になった皆様にもご挨拶できたので、名誉ある伯爵家の娘の勤めは終えました。


 妹は、どんな顔で、この伯爵家にのこのこやってくるかは、私の知った事ではありませんわ。


 妹も、一応は伯爵令嬢ですので体面は保てるかもしれませんが、社交界での妹の噂は、決していい物ではありません。


 そんな嫁をもらうので、こちらの邸で、仲良くやっていけるかは、私には関係ありません。


 先に、私の荷物は実家に運ばれていきました。


 これから大切な作業が残っておりますの。


 我がニクス王国では、貴族の婚礼、離縁は国の管轄の役所に提出する決まりになっておりますので、フェルトと共に役所に向かいました。


 二人仲良く馬車に乗りたくありませんので、別々の馬車で参りました。


 夫と正式な離縁書を作成し、役所に提出いたしました。


 紙切れ一枚で、晴れて、私は独身になりました。


 あら、なんだかスッキリしましたわ。



「あの、その」


「言いたいことがあれば、はっきり言ったらどうなの?」



 夫は伯爵家の嫡男だと言うのに、言いたい言葉を口に出すのが苦手な所がありました。


 結婚当初は、羞恥からだと思っていましたが、1年一緒に暮らしても治りません。


 その事に、多少苛つきを感じていたので、長い目で見たら離婚となり、よかったのかもしれません。


 私はいつも妹に略奪ばかりされていたので、少々、普通の令嬢よりも気が強い所がございます。


 物事も、白黒はっきりさせたい性格をしております。


 共有?


 妹と夫を共有するなど、考えただけでもおぞましく感じますわ。




「嫌いになったわけではないのだ」


「あら、私は貴方に幻滅しておりますのよ。今後、どこかでお目にかかっても声などかけてこないでくださいませ」


「あの、その、約束を守らなくてすまなかった」


「過去の事だわ。それでは、ごきげんよう。今日から他人ですわ」



 私は役所の手続きを終えて、縋り付く夫を突き放し、実家から迎えに来ている馬車に乗りました。


 さあ、これから何をしましょうか。


 私は離婚して、ニナ・アイドリース伯爵令嬢に戻りました。


 我が家には長兄が、父の跡取りとして、既に婚姻をしております。


 兄と既に領地運営をしている兄嫁の邪魔をするつもりはありません。


 兄嫁に迷惑をかけるわけにはいきません。


 できるだけ自立をしたいと考えております。


 馬車の窓から外を見れば、看護師募集の旗が、幾つも立っております。


 我が王国、ニクス王国は国境地帯で、隣国のブリッサ王国とときどき、戦が起きています。


 中央都市にいる分には、そんな戦が起きているとは、少しも感じませんが、辺境区では、揉め事は日常的にあるのだとか、新聞を読んで知っております。


 辺境区では、要塞が立ち、辺境伯が他国の侵入を防いでいるとか。


 そんな危険な場所で戦う戦士達の命をお守りするのが、軍医で軍看護師なのだ。


 私は馬車を止めてもらって、募集をしている人達がいる所に訪ねていった。



 +



 なるほど、医師になるのも看護師になるのも、専門の学校に通わなくてはならないらしい。


 学校は中央都市にもあるようです。


 試験日を見ると、二週間後にありました。


 さすがに医師になるには、かなりの学力が必要になりますが、看護師ならば、今まで学んできた事で賄えそうです。


 私は伯爵令嬢ですので、勉学は家庭教師が付き、学んで来ました。


 学校も出ております。


 一通りの知識は身につけております。


 しかも通学と寮生活と両方ありました。


 寮とはどんなところか、読んでいきますと、共同生活をするとこだと分かりました。


 伯爵家の令嬢が、離縁をすれば、社交界で噂が広まります。


 パーティーやお茶会で、話題に上がるでしょう。


 そんな所に、おちおち顔を出して、いらぬ恥をかくくらいなら、行かない方が何倍もマシです。


 自分のこれからの事を考えると、結婚したことも離婚したことも、私に汚点しか残していないのです。


 この先、両親が連れてくる婚約者は、初婚の時とは違い、離縁、死別などで、相方がいなくなった貴族に違いない。


 碌でもない人と一緒になるくらいならば、自分でのし上がる道を選んでもいいかもしれない。


 斯くして、私は看護学校に入る事にした。


 試験を受けたら、合格通知が届きました。




「邸から通えばいいのに、どうして出て行くなどと寂しい事を言うの?」


「私は自立したいの、お母様、我が儘を言いますわ」



 兄嫁は、賢く、余計な事を話したりしないけれど、不満があるのは、なんとなく感じている。兄は見守る姿勢を崩してはいない。


 兄と父は、よく似ているのだ。


 私がどうしたいのか、よく見ている。


 父は、直ぐに縁談の釣書を持って来たけれど、私は見なかった。


 母は悲しんだけれど、父は好きにしなさいと、私を自由にしてくれた。


 そして、私は寮に入り、看護師になるために二年、勉強した。


 学校を卒業と同時に、辺境区に行くことになった。


 辺境区に行くならば、授業料も寮での食費も無料になると最初に言われていたので、辺境区に行くことは、入学前から決めていた。


 また母を泣かせてしまった。


 妹のリリーは、何故か離婚をして、邸に戻ってきていた。


 彼女は昔から、私が持っている物を奪うと、途端にやる気を無くす性格だ。


 私は元夫と別れたとき、きっと直ぐに離婚をすると思ったけれど、私がもう夫を愛せない。


 私を裏切った夫を許せなかった。


 妹の方が好きだと言った口から、また好きだと言われても、もう信じられないと思った。


 卑しい手が私に触れることに、嫌悪を抱いた。


 許すことは無理なのだ。


 リリーは修道女にはなっていなかった。


 父は、そこまでの罰は最初から考えていなかったのだろう。


 けれど、リリーは、今回ばかりは、私の真似をするには、国家試験を受けて看護師にならなくてはならない。


 私は家族に見守られながら、馬車に乗り込んだ。



「お母様、我が儘を言いました。どうかお元気で」



 お母様は、泣きながら手を振ってくださいました。


 私は首都である中央都市から辺境区へ向かった。



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