第2話 どこでも袖の下


「お父様、お母様、直ぐに一緒に来てくださいますか」


「なんだ、こんな遅くに訪ねてきて、今から出かけるのか?」


「リリーの素顔をご覧になった方がいいと思いますので」


「また、姉妹喧嘩をしているのか?」


「喧嘩ではございません。さあ、急いで」



 私は寛いでいる両親の手を引っ張ると、今乗ってきた馬車に乗った」



「先ほどのホテルに、急いで戻って」


「承知しました」



 王都の中には、流しの馬車屋がある。


 普通は、自分の邸の馬車に乗り出かけるのが一般的だが、仕事や接待などで、使われる馬車屋は、夜に繁盛するらしい。


 私も今回、初めて使用したが、乗り心地はそこそこいい。


 きっと、賃金も高いのだろうが、この賃金は、妹と夫に払ってもらうつもりでいる。


 馬車は楽しげに、スピードをあげて、先ほどのホテルの前まで走ってくれた。




「少し、待っていて」




 御者に言うと、私は両手に両親の手を握り、ホテルの中に入って行った。


 落ち着いた佇まいをしている。


 私はフロントに立った。




「フェルト・シックザール伯爵令息と待ち合わせをしているの。部屋を教えて」




 私は商談でも行うような極上な笑みを浮かべて、金貨を一つ、男の前に置いた。


 顔を引き攣らせた男は、そっと金貨をポケットの中に入れると、「202号室でございます。こちらの階段を二階まで上がっていただき、右に二つ目のお部屋です。こちらが鍵です」と言った。そして、


 そっと鍵を出してくれた。




「ありがとう」



 わたしは鍵を受け取ると、お母様の手を握り、スタスタと階段を上がっていく。


 足取りは、軽い。



「ニナ、そこまでしなくても」


「お父様は、甘すぎます。それとも、お母様を騙して、お父様もこういうことをなさっているんですか?」


「断じて、父はそんな破廉恥なことはせぬ!」


「黙って、静かにしてくださいませ」



 破廉恥だと分かっているのですね?


 知らずに、顔に笑みが浮かんでいた。


 今日こそ、今度こそ、奴の破廉恥な姿を両親に見せてやる。


 右に二つ目の扉の鍵を開けて、扉を開いた。


 そして、真っ先に中に入りました。


 笑えますわね。


 ベッドの上で、二人で抱き合っている姿を見たら、愛情の欠片も塵と化しました。


 両親も私の隣で、肩を落としております。


 私は、静かにベッドに近づき、夫の背中をおもいっきり平手で叩きました。


 パチンといい音がしましたわ。



「ひっ!」



 悲鳴を上げたいのは私の方ですわよ。


 掌がヒリヒリしております。


 妹は、ニヤッと笑った。



「リリー、貴方は何度、同じ事をしているの?」


「バレちゃっているじゃない」


「フェルト、貴方とは離婚です。結婚前に不倫はしないと宣言なさいましたね」


「ニナ、どうして、こんな所にいるんだ?」


「みっともないので、下半身の物は隠してくださいませ」


「ああ、すまない」



 急いで下履きを履く夫を横目で見ながら、ベッドの上に裸体で横になっている奴、リリーにも一言、言ってやらなくては。



「貴方も、服を着たら如何ですの?」 


「今日は一周年記念日でしたのに」


「何の記念日ですの?」


「不倫開始のよ」



 私は妹の頬を平手打ちした。


 私の結婚式の翌日に、既に抱き合っていたと言うことね。


 此奴はどうして、いつもいつも。


 私の幸せを壊しに来るのだろう。



「泥棒猫!」


「にゃぉ~♪」



 妹は、猫の鳴き真似をしている。


 馬鹿にするのも、いい加減にしてくださいませ!


 まったく反省の色は見えません。




「フェルト!」




 私は夫の顔を睨んだ。



 夫は、「参ったな」と頬を掻いている。



「お父様もお母様も、証人ですから」



 一年も騙されていたと思うと、吐き気がしてきます。


 間違っても妊娠ではありません。


 こんな夫に尽くしてきたのだと思うと、この一年が無駄な一年だったと落胆いたします。



「フェルト殿、君はリリーが好きなのか?」



 父が静かな声で、夫に問いかけた。


 夫は、明らかに動揺している。


 どこから見ても、挙動不審ですわ。


 伯爵令息なのに、みっともないわね。




「えーっと」




 フェルトは私の顔をチラチラ見ています。



「正直に言ってもよろしくってよ」



 私はもう貴方のことを愛していないので、どうぞ本心を言ってご覧なさい。



「あの、好きです」



 ふふ、ふふふ。


 好きなんですって。


 妻の私よりも、泥棒猫の妹の事が好きなんですって。




「では、このままリリーと結婚しなさい。リリーもいいね?」


「どうしよっかな?」


「考える余地はなし、フェルト殿もいいね」


「はい」




 フェルトが返事をした。


 嬉しそうな顔を見て、蹴りを入れたくなるが、ぐっと堪えた。


 お父様は、先にリリーを落ち着かせることを考えたようですわね。


 このままでは、私の安寧は一生、やっては来ない。


 部屋の机の上には、空の宝石箱があった。


 リリーを見れば、左手の薬指に、美しい指輪をはめている。


 阿呆らしい。


 私への贈り物は、この指輪のオマケにもならない。




「フェルト、私は実家に帰らせていただきます。私の荷物は、明日、取りに戻りますわ。それでは、ごきげんよう」



 私は部屋を出て、階段を降りていく。


 後ろから、両親が付いてきている。


 ホテルのフロントに鍵を返すと、受付にいた男性は、こそっと鍵を片付けて、頭を下げた。


 私は両親と、待たせてあった馬車に乗り込んだ。


 行き先は、勿論、アイドリース伯爵家、私の実家ですわ。




「ニナ、いつもリリーがすまない」


「お父様、もうあの子は、フェルトの妻になるのでしょう。これ以上、私の人生をぐちゃぐちゃにしたりしないことを願っておくわ。フェルトがいながら、不倫をするようなら、修道女にすべきだわ」


「次、不倫をするようなら、伯爵家の恥。必ず、修道女にしてやる。今回の事は、すまなかった」


「いいのよ、お父様が謝ってくれなくても。私も仕事を探すわ。落ち着くまで、邸に住まわせて」


「仕事などしなくてもいいのよ。次の嫁ぎ先を探しましょう」


「お母様、私、結婚は暫くしたくありませんわ」


「可哀想な、ニナ」



 心優しいお母様は、一人で泣いておられる。


 本当は、私も子供みたいに泣きたい気持ちもあったけれど、リリーがはめていた指輪を見たら、全てが阿呆らしくなった。


 私に贈られた指輪よりも、立派な指輪ですもの。


 夫は、私より妹の事を愛していたようですわね。


 私は貴方を少なからず愛していたのよ。

 

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