ウイルス研究室元研究員 薬師丸 恭子

 東京都は今だにゾンビの数が多い。

 他の場所にもまだゾンビが蔓延っていて、本部の外や街の外はまだ危険がいっぱい。

 外に出たら緊迫に包まれる反動か、安全な場所では誰も彼もが気が緩んでいた。


「よーっす朝陽さん。今日も生き生きしてんね」

「それゾンビにかける言葉?」

「怒っても噛まないでくれよ? 俺は今防護服着てねえんだからよ」

「噛まねえよ」


 あたしは食堂で汐里を待っていた。

 汐里の部隊の人たちはあたしに慣れて、こうやって話しかけてきてくれるけれど、他の部隊の人はあたしをいまだに警戒している。

 そりゃそうだ。ゾンビである以上警戒されるのはもっとも。


「なぁ、あたしが口をつけたものを他の人が食べたらゾンビになんのかな」

「経口感染ってことか? 噛まれたわけじゃねえからならねえ……。いや、このゾンビがウイルス性だったらありうる可能性も……。そう考えたら怖くなってきた! お前何も食べるなよ!」


 オーバーリアクションで自分の食事を隠していた。

 あたしが話していると、汐里がおーい!と手を振ってあたしを呼んでいた。その隣には白衣を着た金髪の女性が立っている。


「さて、やることはまだわんさかあるよ!」

「へいへい。で、こっちは?」

「君のことを調べさせてもらう薬師丸 恭子だ。薬師丸でも恭子でもどちらでもいいよ、六道クン」

「薬師丸先生はね、東京都ウイルス研究所の元研究員の人で色々と調べてもらってるんだ」

「へぇ」

「私としても自我が残っている君が来てくれてとても嬉しいよ。他のゾンビだと暴れて噛まれる危険性があるからね。さっそく私の研究室へ向かおうか」


 そう言われたので薬師丸さんについていく。

 薬師丸さんの部屋には顕微鏡やらビーカーやら理科の実験で見るような器具ばかりあった。

 あたしは椅子に座らされ、ベルトで四肢を固定される。


「あたし殺されないですよね?」

「自我が残っているゾンビは大変に貴重だ。次の標本はないかもしれないし、殺しはしない。ただ、どんな目に遭っても私を恨まない、噛まないと約束してくれ」

「うっす……」

「ではとりあえず、君が本当にゾンビか確認しよう」


 そう言って薬師丸さんはスプーンを手に取ると、思いっきり目に突き刺しあたしの目をスプーンでくり抜いていた。


「痛みは?」

「ないっすけどいきなりやられるとビビるんすけど!?」

「すまない。目玉をとって見えているか?」

「見えてないっすね。取られた目玉の方は何も見えないです」

「それはそうか。だが、ゾンビに視界があるというのもいささか妙だな。伝達する組織が壊れていてもおかしくはないが……」


 薬師丸さんはあたしの目玉をビーカーの中に入れ、なんか変な目玉を持ってきた。


「では次だ」


 あたしの目玉ではない、青い目をした目玉をあたしの顔に入れた。


「見えるかい?」

「あー、見えますけどなんですかこれ」

「ゾンビの目玉だ。なるほど。目玉を失っても他のゾンビの目玉で代用可能……。レンズの機能が果たせればそれだけで見えるのか?」


 薬師丸さんは興味深そうに考えていた。


「それじゃ次だ。すまないが、自分で歯を折ってくれないか? なるべく尖っている犬歯が好ましい」

「え、あたしがっすか?」

「噛まれるとゾンビになる以上、私が折るのも危険性が伴うからね」

「うっす……」


 右手のベルトが外され、あたしは口の中に手を突っ込む。

 そして、左の尖っている歯を思いっきり引っこ抜きゴム手袋をした薬師丸さんの手に持っていたペトリ皿に乗せる。


「歯を調べてなにかわかるんすか?」

「さぁ? ただ……このゾンビパニック、原因はウイルスだと思っているんだ」

「ウイルス……。ならあたしの血とか採ればわかるのでは?」

「他のゾンビで血を検証したがウイルスは感知されなかった。高性能の機械が集まってるとは言い難いがウイルスなら見つけられる。が、ないとなると私らが触れられない場所だけにある可能性がある。例えば……歯の中とかね」


 あー、他のゾンビだと歯を調べようにも噛まれて手袋を突き破られた瞬間アウトか……。だから調べようにも殺すしかない。


「殺したゾンビから採れたんじゃ?」

「骨が脆くなってるゾンビが多いからね。殺す際に粉々にしてしまうことが多いんだ。ボスゾンビなら採れただろうが、ボスゾンビとなると生け捕りは相当難しいからね。出来なかった」

「なるほど……」


 ゾンビを殺すには脳を傷つける必要がある。

 生首にしても生きてるんだよな。だから頭を狙ってやるけどその衝撃で粉々に砕けてしまうからか。

 

「でも君がきてくれたから少しは状況が変わりそうだ。もしウイルス性のパンデミックならばワクチンを作れる可能性がある。君の体液を使ってね。上層部も殺さない判断をしてくれて助かるよ」

「あたしの体液……。あたしは元に戻れないんすかね」

「どうだろう……。君は自我があるといえどゾンビだ。すでに肉体は死を迎えている。動いているから腐敗は進んでいないだけなのだが……。わからんな。ただ、現実的な答えを言うならばノーだ。割れたコップが元に戻らないように、死んでしまった身体が再生することはない」

「ですよね」


 こうやって突きつけられるときついな。

 わかっていたことだけども。


「ただ、ありえないと思っていたゾンビが蔓延っているんだ。肉体の再生も可能かもしれないね」

「…………」

「さて、君はこれで自由だ。いろいろ調べるからね。この研究室は危険だから君以外は入れさせないよ。ウイルスがすでに蔓延してる可能性もあるからね。あとで除菌しなければな……」


 







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