数年後の汐里
あたしがゾンビになっていくら経過したんだろうか。
校門から入ってくるゾンビを木刀で殴り殺しながら毎日を過ごしていた。なんで自我が残っちまったんだろうなー……。
この先この学校には人が寄り付きそうもねえってのに。一人で生きてくことが確定してんのに。
「一人は寂しいぜ……。かといって自殺するような勇気もねえし」
もう死体だから自殺できねえってのはおいておいて。
「つまんねー……」
あたしが教室に置いてあった椅子に座りながら窓の外を覗き込む。
なんの変哲もない景色。生前に校門前に群がっていたゾンビはすでにいなく、人がいなくなって荒廃した街が広がっていた。
荒廃した街をぼーっと眺めていると何やら車のようなものがやってきた。
自衛隊のトラックがグラウンドに止まり、黒い制服を着てヘルメットを被った人たちが続々と降りてくる。銃をみな所持していた。
「潮時かな……。あたしも死ぬ時が来たかな」
あたしは待った。
さっきの軍の一人が教室の扉を開ける。
「いました、隊長!」
銃を向けられながら隊長を呼んでいた。あたしは何もせずただ見守る。
すると、隊長と呼ばれた人がやってきた。身長が高いが胸の膨らみから女性だとわかる。
「やっぱ朝陽だ……。ずっとこの学校で彷徨ってたんだね。ここまで落ち着いてるところを見るとボスゾンビになってるのかな」
「隊長、近づきすぎです! 離れて……」
「私の顔わからないだろうけど……。朝陽だけはヘルメット被らずに私の手で殺したい」
そういってヘルメットを脱いでいた。
黒い髪をたなびかせた美人の女の子。だがその顔は汐里の面影があった。
「……汐里か?」
「え、喋った……?」
「久しぶりだな。何年振りだよ。あたしのこと覚えてくれてんだ」
あたしは汐里に話しかけた。
銃を構えていた汐里はゆっくりと銃を下ろす。そして、一歩、また一歩とあたしに駆け寄ってきた。
「隊長! 危ないですって! いくら防護スーツがあるからといえど……! 知性があるってことはボスゾンビでしょう! 厄介な相手ですよ!」
「朝陽!」
汐里はいきなり抱きついてきたのだった。
「うわちょっと腐ってる!」
「そらゾンビだからな」
「でも嬉しい! 生きてたんだ!」
「いや、ゾンビだっつの……」
でもまぁ。
「会えて嬉しいよ、汐里。生きてたんだ」
「うん……うんっ!」
汐里は涙を流していた。
あたしは汐里を座らせ、とりあえずあたしのことを話す。周りの人たちも武装を解いて椅子に座る。
「まぁ、あたしは汐里を逃すために戦ってゾンビになったわけだが……どういうわけか自我残ってんだ」
「不思議だよね。精神力かな」
「そんなもんで説明つくのか? まぁなんでもいいけど。んで、今に至るってわけよ。ずーっと一人でここで過ごしてたんだ。寂しかった」
「ごめんね。一人にさせて」
「いいよ。気にすんな。ゾンビの巣窟だと思ってんなら近づかねえだろ。ま、ここにいたゾンビはあたしが蹴散らしてやったぜ。あとはあたしを殺すだけだが……殺す前にそっちの話も聞かせろよ。世界はどうなった?」
あたしは机に頬杖をついて汐里から今の世界の現状を聞くことにした。
「うーん、全世界でゾンビパニック起きてたんだ。今は落ち着いてるけど……。まずはそうだなぁ。生き残ってる人たちで国を作ったんだ」
「へぇ、国を」
「日本の人口もだいぶ減ったけどね。ゾンビから身を守るために門とか建ててさ、壁の中に住んでるんだ」
人間の国を作ったらしい。
日本は国としての機能を失って滅びたけれど、新たに各地で国ができたようだ。
場所で言うと北海道、福島、長野、大阪、熊本ぐらいの位置にあるらしい。
「ふーん。で、お前らは何してんの?」
「ああ、私たちはゾンビだらけの日本を元に戻すために働いてるんだ。日本復元軍って言うんだよ」
「へぇ」
「まだ日本にはゾンビがたくさんいるからね。ゾンビをみんな抹殺して今の人たちが住めるようにしようってことなの。今はもうゾンビに対する措置とか出来てるんだよ」
「へぇ。ワクチンとかできてんの?」
「それはまだ。治せる見込みもないからね。どこで起きたのかもまだ判明してない」
「……マジ?」
「マジ」
いまだに発生源が特定できてないのか。
となると、まだ続く可能性があるわけだが。
「複合軍はそっちも探してるんだ。元凶を突き止めないとね」
「ふぅん」
あたしは一つ目の疑問はとりあえず解決して次の質問に移る。
「で、次。ボスゾンビって何よ。さっきお前らが言ってたけど」
「ボスゾンビというのは知性だけを残したゾンビのことです」
「知性だけ?」
「自我はないけれど人間の頭脳だけ残してるので狡猾で他のゾンビを束ねてることが多いのです。それ故にボスゾンビと我々は呼んでいます」
「朝陽さんのようなパターンは初めてですが……。カタコトの会話ではなく流暢に喋れるゾンビなんてのは……」
「なるほど。あたしは希少なパターンってわけか」
あたしはどうやらそのボスゾンビに分類されるらしい。知性はあるからボス。
「ま、そうか。気になってたことは全部わかった。じゃ、始めてくれ」
「え、始めるって何を?」
「いやいや、お前たち複合軍の目的はゾンビを殺すことだろ」
「え……」
「元より覚悟は出来てんだ。あたしも殺されんなら汐里がいい。脳をかち割りゃゾンビは死ぬんだろ。撃ち抜けよあたしを」
あたしは立ち上がり手を大っぴらに広げた。
汐里は目をまんまるくしてあたしを見ていた。
「む、無理だよ……」
「なんでだよ。お前たちの目的は達成されないだろ。それとも理由が必要か? あたしがお前たちを襲えば殺してくれんのか?」
「隊長、こう言ってるわけですし……」
「無理! せっかく再会できたのに……! あの時助けてもらったのに!! この手で殺すのは嫌だよ! 私にはできない……」
汐里は腕を捲り上げ、腕をさらした。
「噛んで。私もゾンビになって一緒に殺される!」
「……馬鹿言うなよ。生きてるだけで儲けもんだろうが! 馬鹿なことすんなアホ! ってか噛まねえよ残念でした! あたしの自我があるうちはぜってえ噛んでやらねえ」
「ほら! ほらほら! 歯に触れてるよ! 美味しい肉だよ!」
「おい誰かこいつを止めろよ!」
周りの隊員が止めに入っていた。
「歯に触れて傷ついてねえよな!? あたしゾンビだから噛んだら感染しちまうぞ!」
「ぶ、無事です! 歯の跡はありません!」
「それならよかった……。ったく……。わあったよ。殺したくねえんならそれでいいけどよ……。でもどうすんだ? 軍ってことはお前一人じゃねえだろ。他のやつが来るんじゃねえか?」
「うっ……」
「ならお前が殺しておいた方が……」
「……なぁ、自我保っていくら経つ?」
隊員の一人がそう聞いてきた。
「んー、数えてねーし日付とかわからねえけど結構経つぜ? 少なくともあたしの体感時間じゃ……5年くらいか」
「……なら自我を急に失う危険性はほとんどないんじゃないですか隊長。ゾンビにはゾンビをってことで自我を保っていた珍しいゾンビに協力してもらうことにしたと報告してみては?」
「それいいね! 採用! となるとこの場では殺す理由がないね!」
「……はぁ。素直に殺しておけば楽なものを」
「隊長はわがままなお方ですから。ただ、協力してくださいね我々に。我々もなんとか説得を試みるので」
「ま、生かしてもらえんならそうするよ」
ったく、あたしを殺したくねえってわがままに……。まあいいけどよ。
あたしがいれば汐里は少なくとも安全だろ。あたしはゾンビに襲われねえ。あたしは汐里のために身を捨てて特攻できる。
「とりあえず車に乗って!」
「いや、あたし連れてくの? いきなり?」
「それは流石に……」
「責任は私が取るから」
「……わがままだなぁ!」
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