第2話-① -deserve it.


ーー<西暦と呼ばれた時代が終わり4033年4月3日19時05分>ーー



俺たちが楽園エデンの出口まで到着した頃には、空は薄暗くなっていた。

桜の木からこの出口までの道中も、シエルはキョロキョロと森林の中を興味深そうに見ていた。



「シエル、花や草木が好きなのか?」




彼女は首を傾げた。


なんだか会話が成り立たないな。

不思議な子だ。

俺はもう一言話しかけようとしたが、無線機からユアの声が聞こえた。







彼は私へ手を差し伸べてくれた・・・。

私の役目・・・・。

それを遂行するには、彼の力に頼るしかない。


・・・ザッド。


彼の名前だ。

そして、彼は私をシエルと呼んだ。

それが私の名前。


名前を呼ばれた時、冷えた体温が少し暖かくなるのを感じた。


不思議だ。


彼の言葉には何かあるのだろうか。


ザッドは言った。

人が争わないための方法を。


彼の言った理想は、不可能なことだと本当は思っている。

だけど、私はそれを口にすることは出来なかった。


期待しているの?私は・・・。


いや、余計な疑問は私の役目の足枷になる。


私の頭に唯一あった役目・・・。


これを果たすことが、私にとって意味のあることなのだろう。






「悪い、ユア。連絡が遅くなった」


無線機から怒り気味のユアの声が良く聞こえる。

慣れているので、軽くあしらう。


ユアが落ち着いたころに話しをはじめよう。



『だから、何もなかったとはどういうことですか?』




そりゃそうだ。

軍のレーダーが感知しているのに、何もないという報告は信憑性に欠ける。



「確かに何かの落下物はあった、遠目で見たが、粉々になっていた。俺は確認しようと近づいたのだが守りアンドロイド達と戦闘になったため、詳細は確認できなかった」




この無線は他の兵にも聞こえているだろう。



『戦闘になったのですか?ミナツキ中尉、怪我などはされていませんか?』




俺とユアのやり取りをシエルは横でずっと見つめている。

シエルと目が合い、やはりこいつの事は軍には隠しておこうと再認識した。



「あぁ、俺は問題ない。だが俺の武器が。少し苦戦したよ」




ユアならこれで分かるだろう。



『了解しました。中尉が無事であれば問題ございません。帰還願います』




無線でのユアとの通話は終了した。


シエルはまだ俺を見ていたので、待ってろと笑顔で伝えた。


と、同時に俺のナノマシンへ直接通信が入ってきた。

さすがユアだな。

気付いたようだ。



『中尉、無線では話せない内容があるのですね』




こいつはやはり優秀だ。

俺は重火器などの武器は使わない。



「盗聴はないな?」



念のため確認しておこう。

ユアは問題ないと答えた。


とりあえずユアへは、俺は基地には戻らず、街に借りている部屋に直接帰ることを伝えた。

ユアもあとから合流するという。



ビーグルの後ろにシエルを乗せ、俺は街に戻った。

道中、後ろに乗せたシエルが空を見上げていた。

たしかに、あの道は街灯もないし、星空が良く見える。


この街はコアール国が自治権を持っている、だ。

コアール国陸軍が近くにあるため、治安は安定している。



「とりあえず、座ってくれ。あ、何か飲むか?」




シエルを部屋に招き入れ、声をかけたが、不安なのか部屋全体を見まわしている。

なら、これはどうだろう。



「シエル、ベランダから外を見てみろよ」




ここは8階の部屋だ。

ベランダからだと、そこそこ街のネオンが綺麗に見える。



「結構・・・綺麗なもんだろ?」




シエルは頷いた。


この子は俺が綺麗と感じるものを、同じように綺麗と感じるんだな。

シエルの頭に、ぽんと手を乗せた。

しまった、リーリアと重ねてしまい、つい妹みたいに接してしまった。


シエルは嫌がることなく、そのまま街のネオンを見ていた。



「夜は少し冷えるから、暖かい飲み物でも淹れてくるよ」




『ザッド・・・ありがとう・・・ございます』




玄関のチャイムがなった。

多分、ユアだろう。


シエルにちょっと待ってろと伝え、扉を開けた。

軍服姿ではなく、私服姿のユアが立っていたので、部屋の中に案内した。

尾行はないと、入り際にユアが囁いた。



『ミナツキ中尉、一体なにが・・・・・』



ユアがそう話はじめたタイミングで、ベランダにいたシエルに気付いた。


この後のリアクションは予想通りだった。

この子は誰なのか、この子は何故裸なのか、それに伴ってユアの右ストレートが飛んできたが、今回はかわした。



一通り説明をしたら、ユアも理解はしてくれたが、軍へ報告すべきだと言ってきた。

俺は、10代くらいの子が軍の調査という名の尋問を受けることは我慢できないと強く訴えた。

最後にはユアが折れてくれた。


それもそうだ、こいつは少佐という立場だ。

俺の知らないところで努力し、今の立場となった。

俺の選択を許すべきではない。


今回、ユアが許してくれた理由は理解している。

ユアが俺に抱く感情を俺は利用してしまった。

軍人は私情を挟むことは無いように訓練されているが、ユアはそこまで器用じゃない。

そして、それを利用した俺は最低だ。




『ミナツキ中尉!先ずは何をするか分かってますよね!?』




「あ・・あ、いや・・」




何もプランとかないのか?と、ユアがまた怒っている。

そりゃ、願いを受け入れたが、プランなんてまだ考えてなかった。




『先ずは、シエルちゃんの服ですよ!』




「お、おう」



そうか服だな。

ユアも今夜は泊まると言って、明日シエルの服を買いにいくことになった。



寝る直前、軍を休んでもいいのかとユアに確認したが、どうせトラブルだろうから、すでに休暇申請をしておいたそうだ。

行動力があるユアに頭があがらないなと思いながら、俺は瞼を閉じた。





声が大きな女性とザッドが話している。

ザッドは何故か汗をかいている。


私はもう1度街を見下ろした。

ひとつひとつの光が溢れて、街が光って見える。


この光の先に、人が生活しているのだろう。

街に入った時、人々の笑い声がした。


ザッドも私に向けて笑ってくれた。


私も笑顔を返したい。

そう思うけど、どんな感情の時なんだろう。

頭痛がする。

分からないことがあると、頭痛がする。



『おい、シエル。紅茶淹れたぞ』



ザッドの声を聞くと、頭痛が消えていった。

暖かい。

今日、2度目の暖かいを感じた。





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