第1話-④ because of-
少し、いや少しではないな・・・。
シエルはぼーっとした表情で俺の後についてくる。
ぼーっとはしているが、植物にはやはり興味があるようだ。
コールドスリープから目覚めて、それなりに時間が経過した。
もう意識の混濁はないはずだ。
どこか無表情な彼女は、俺の言うことに従い、すぐそばにいる。
しばらく歩くと、俺の秘密の場所にたどり着いた。
軍の詰め所を抜け出し、勝手に足を運ぶ場所だ。
バレたら今の職を失うことになるが、それでもこの季節にこの場所へ足を運ばずにはいられない。
「どうだ?シエル」
無表情な彼女の目が大きく開いた。
シエルが目覚めた場所とは違うが、森林の中で同じように開けた場所だ。
「どうだ?大きいだろう?」
シエルはゆっくりと近づいていく。
「これが 桜の木だ」
俺は少し自慢げに彼女へ伝えた。
『サ・・・ク・ラ・・・』
シエルは興味深々に見上げている。
俺もこの桜の木を見せることが出来て満足だ。
桜の木を見上げているシエルの姿は、彼女の髪色と相まって、言いすぎかもしれないが、神秘的な美しさを放っていた。
その時、今年一番ともいえる、春風がふいた・・・・。
一面に散ったサクラの花びらが、彼女を包み込むように舞った・・・・。
彼女の短めの髪も大きく揺らいでいる。
そんな彼女は、舞っているサクラの花びらを目で追っている。
俺は、サクラの花びらよりも、シエルを見ていた・・・・。
「・・・綺麗だ・・・・」
思わず口に出てしまった・・・。
シエルは俺の方へ振り返った。
聞こえてしまったか。
これは恥ずかしい。
こんな年下のガキ相手に俺は何を言ってるんだ。
俺はすぐに目をそらしてしまった。
だが、リアクションは無い。
聞こえてなかったか。
『・・・ザッド・・』
シエルが俺を呼んだ。
俺はシエルの方へ振り返った。
さっきの言葉はやっぱり聞かれてしまったのか。
『・・あなたは、何故・・・何のために・・・戦うのですか?』
今の俺には即答できない質問だった。
戦争は終わった。
終戦後に起こる小競り合いの後始末ばかりをするのが今の日常ではある。
世界の治安維持には政策が必要だ。
世界規模で勝利をおさめ、また世界一の軍事力を持つコアール国と、各国は和平協定を結んだ。
だが、小競り合い・・・いや、小競り合いではなくテロと言うべきか。
どの国でも貧困の差はある。
そのせいで、政策に納得のいかない国民達は、まだ武器を持っている。
だから、戦後でも俺は人を殺してきた。
人は、まだ人を殺している。
俺が生まれるずっと前から世界中で戦争が続いていて、終戦した今なお、人は武器を持ち、人を殺している。
これじゃぁ、ホントの終戦とは言えないのかもな・・・。
シエルの質問は難しいが、俺が答えるべき内容はひとつしかない。
「俺は・・・、俺の妹のような悲劇を繰り返さないために戦っている」
シエルに答えた後、俺は昔のことを思い出して唇をかんだ。
そうだ。
俺の妹が戦争で・・・いや戦争の道具として扱われた悲劇を二度と繰り返さないためだ。
頭の中でそう繰り返し、シエルに答えた内容が間違いではないものだと、自分に言い聞かせた。
『・・・いもうと?・・・』
「そうだ、妹は戦争によって死んでしまったんだ」
詳しい内容はあえて言う必要はない。
この一言で充分だろう・・・。
『・・人は・・まだ戦争をしているのですか?』
まだ?
少しひっかかるが、俺は続けて答えた。
「いや、戦争はもう終わった。だから、安心していい。」
シエルは戦時中にコールドスリープに入ったのだろうか。
また・・・、何のために。
だめだ、疑問が膨らむ。
こんな疑問だらけでは軍の調査と何も変わらないじゃないか。
今はよしておこう。
この子が思い出したり、話したくなった時に聞こう。
『人が・・、人同士が争うのは、本当になくなるのでしょうか?・・・』
この言葉を聞いた時、俺は一瞬呼吸が止まってしまった・・・。
さっきより、遥かに難しい質問だ。
舞っていたサクラの葉がすべて地面に落ち、周囲はまるで俺とシエルの二人だけの空間のように静まり返った。
「シエル・・・・、俺1人の力じゃ、世界中から憎しみを消すことなんて出来ない・・・・・。だがな、世界中の人が向き合った相手だけを見るんじゃなく、その相手と、相手を包むすべての繋がりを感じるようにするしかないと思う」
俺は、兵として戦っている時からずっと思っていた気持ちをシエルに伝えた。
憎しみを消さない限り、報復という連鎖が始まる。
殺した相手にも家族や友人がいる。
なら、相手を理解することが大事だと思う。
相手もどんな形であれ、自分の正義を掲げて戦っている。
散々人を殺してきた俺が言っていい理想論ではない。
不可能に近い、そしてやはりこれは幻想にすぎない。
こんな考えは、誰もが絶対にあざ笑うだろう。
『・・・繋がり・・・』
そうシエルが言うと、彼女は自分の両手を胸に置き、俯いた。
何か伝わったのだろうか。
『ザッド・・・』
シエルが俺の方を向いた。
『私を・・・私を エンぺグリアへ連れてって』
その言葉を聞いて、俺は驚いてしまった。
彼女の口からその名前が出るとは予想できなかった。
こんな無茶な依頼は軍からでさえ、下ることはないだろう。
俺にはまだ軍との契約が残っている。
しかし俺は自身の保身を考えている自分に違和感を感じた。
保身・・・・これは俺自身が望んでいるものなのか?
確かに安定した衣食住は、今の世界ではありがたいことだ。
だが、本当にこのままでいいのか?
何故、俺はシエルの言うことに反応しているんだ?
頭がごちゃごちゃする。
クソっ
俺がやりたいことって一体・・・・・。
俺は拳を強く握りしめ、下を向き考え込んでしまった。
『ザッド・・・・』
シエルが呼びかけ、俺は顔を上げた。
シエルの顔が視界に入った時、妹の面影と重なり、妹の言葉が俺の頭に浮かんだ。
◇
『ねぇ、あにぃ・・・、あにぃのその力はきっと、誰かを傷つけるためじゃなく、人と人を繋ぐ力なんだよ』
「馬鹿かお前。こんな力は暴力でしかないだろ?」
『えー、だってさー、こうやってぇ、こうやってぇこすると・・・、ほら!髪の毛とくっついた! でしょ?』
「お前、それ静電気だろ?」
『あにぃ、すーぐそうやって・・・・・。』
◇
幼い妹との少ない会話の記憶だ。
最後の方は忘れてしまったのか、リーリアの声が霞んで消えていく・・・。
気付けば、握っていた拳から力が抜けていた。
あぁ・・・・そうかもな・・・リーリア・・・。
戦争以外でも、俺の力を使ってみるよ・・・。
リーリアの言葉を思い出した俺は笑みを浮かべ、心は晴れていた。
シエルからは何か俺を突き動かすものがある。
幻想を追っていた俺の言葉に対してあざ笑うこともなかった。
妹の面影を持つ不思議な少女。
俺は彼女へ手を差し伸べた。
「じゃぁ、行くか・・・。 エンぺグリア《終戦の地》へ」
シエルは俺の手をそっと掴んだ・・・・。
その表情は、先ほどの無表情と違って、
ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。
ーー<西暦と呼ばれた時代が終わり4033年4月3日18時33分>ーー
第1話 because of -完-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます