第20話 方針転換

最悪だ。

中止することは元より、引き返すことも出来ない。

失敗すると分かっている案件を、前へ進めざるを得なくなったのだ。

今、俺に出来るのは、僅かにでも失敗の確率を減らすこと

そのために、最新の情報を確認しようとしていた。

メッセージアプリが、ニコラスの声を伝えてくる。


「どうされました?」

「コンラートさんと接触した。案件に取りかかっている。最新の状況を知りたい。貨物船の情報は掴めたか?」

「はい。メロウナ級一般貨物船。二隻だそうです」

「……その船種に、間違いはないか?」

「ありません。大型フロウギア。メロウナ級一般貨物船です。船体は標準的なブーメラン型。全翼機です。全幅300メートル、全長100メートル。推進機関は四基を搭載。最大速度は時速八百キロメートル。巡航高度は一万キロメートルから、プラスマイナス二千五百メートル……」


カタログの内容だ。

こいつ、この状況で、全文を読み上げでもするつもりか?

即刻、遮る。


「デーナーは何で、そんな大型を寄越したんだ? 目立たせずに、離発着させなければならないのに。伝わっていないのか?」

「収容人数を基に、選定したのかと」

「……もういい。それで、増援はどうなった? 確保できたか?」

「いいえ。まだです」

「他に何か、進捗状況で伝えておくべきことはないか?」

「思い当たりません」

「この案件が終わるまで。情報端末は、必ず持ち歩け。いいな?」

「お約束できません。就業規則に従います」

「……それでいい。切るぞ」


言い争っている場合では、なかったからだ。

室内に、静寂が訪れる。

ログアウトして、借りていた端末を差し出す。

受け取ったマルシオが訊いてくる。


「相手は、誰だったんだ?」

「ビュッサーというエマシン事業社の社員だ。この案件を担当している」

「大丈夫な奴なんだろうな?」

「そう思ったのか? だとしたら人を見る目がない」


壁の時計へ目をやった。

十七時五分である。

タイムリミットは、二十三時。

残された時間が、少なすぎた。


コンラートさんへ目を向けた。

顔面蒼白である。

俺の視線に、気づいたのだろう。

縋るような目を向けてきた。


「何とか、なりますか?」

「出来る限りのことはします。とにかく、時間が残されていません。急いで行動しましょう」

「分かりました。……とは言っても何から、どうすればいいのか、見当もつきません」

「千五百十一名への連絡は、コンラートさんの方から出来ますか?」

「可能です。大体の方とは、連絡先を交換していますから」

「分かりました。それでは取り急ぎ、出立の準備を進めることを徹底させて下さい。期限は、……一時間以内というのは、妥当でしょうか?」

「少し短いと思いますが。間に合わせます。マルシオさん、手分けをして、顔の広い人へ連絡を取りましょう」


依頼者たちへの連絡は、任せて良さそうだ。

コンラートさんとマルシオは、情報端末を寄せ合って、作業を始めている。

次だ。

貨物船を、どこへ着陸させる?

とは言っても、俺には土地勘がない。

情報端末を借りて、探すか?

検索して見つけ出せるような場所を、使って大丈夫だろうか?

悩んで、答えが見つかる類いのものではない。

これ以上、巻き込みたくはなかった。

だが、やむを得ない。

ニニカへ目を向ける。


「申し訳ないが、手を貸してくれるか? お前の土地勘を当てにしたい」

「頼まれなくても手伝ってあげる。こんなところで放り出したら、気持ちが悪いから」

「すまない。恩に着る。報酬は言い値でいい」

「要らない。話を聞いた限り、あなたは被害者だと思う。そんな人から、ギットは貰えない」

「駄目だ。そんなことをすれば、一番の被害者は、お前になる。きちんと対価を受け取ってくれ」

「分かった。じゃあ後で。全部が済んだ後に、請求する。それでいい?」

「もちろんだ。最初に決めたいのは、貨物船を離発着する場所だ。いい場所を知らないか?」

「廃棄場。あそこには大型の貨物船が、普段から離発着をしているから。二隻くらいなら全然、目立ったりはしない」

「そうか。……そうだな。俺も何隻か目にした。確かに、あそこなら問題ないだろう。どうやったら、使う許可が降りる?」

「バジーニさんに、お願いしてみる。きっと二つ返事で使わせてくれると思う。今、話してみるから。少しだけ待ってくれる?」


話の進み方が、スムーズすぎた。

もしかすると、俺が声を掛ける前から、考えを巡らせてくれていたのだろうか?

……多分、そうなのだろう。

気を利かせられて、頭の巡りが良い。

その上、可愛い。

こんな切迫した状況じゃなくて、普段に出会っていれば、……いや、どうなるものでもないな。

俺はクヴァントで、彼女はそうじゃないんだ。


情報端末を使って、ニニカが話し始めていた。

定型の挨拶を終えた直後に、頷いてみせてくる。

三十秒も掛かっていない。

一分足らずの通話を終える。


「聞こえていた通り。使わせてくれるって」

「広さは、十分なのか? メロウナ級一般貨物船が二隻なんだ。かなりのスペースが必要になる」

「大丈夫。昼間に行った所からは見えない場所だけど、すぐ近くに平地があるの。コンテナの積み卸しに使う場所で、多いときには二十隻は停まっているから」

「そうか。少し待ってくれ。貨物船に、場所を伝えさせる」

「あなたの名前を出すことで、着陸が許可されるから。必ず伝えて」


マルシオに頼んで借りた端末を使って、ニコラスへ情報を伝えた。

待っていてくれたニニカと、続きを話す。


「次は人々を、そこまでどうやって、連れて行くかだ」

「元気な人には、徒歩で行って貰いましょう。借りられる車両の数は、限られているはずだから」

「分かった。その指示は、コンラートさんにお願いしよう。およそ千五百人だ。目立ったりしないだろうか?」

「全然。一斉に出て行ったりしなければ、気にする人は居ないと思う。ヴォーランデル辺縁の人口は、五十万人なんだから」

「離発着場所での受け入れを、頼んでも良いか?」

「任せて」

「まだ、行くのは待ってくれ」

「どうして?」

「また、二人乗りで行こう。ここでの段取りをつけた後、俺はエマシンで待機するつもりだ」

「分かった。それで後は、何を決めれば良いの?」

「……特にないな。コンラートさんに、移動の話を伝えるだけだ」


言ってみてから、もう一度考えてみた。

……やはり、何も残っていない。

コンラートさん、それにニニカとは、スムーズに話が出来たおかげだ。

ニコラス、オラヴィとは大違いである。

……いや、こいつらを引き合い出すのは失礼だ。

雲泥の差なのだから。


椅子に腰掛けたコンラートさんは、情報端末の操作を続けているようだ。

近づいていくと、こちらに視線を向けてくる。


「おそらく、全員への連絡が出来たはずです」

「申し訳ありませんが、次は、移動をするよう指示して下さい。行き先は、廃棄場の近くにある、荷上場です」

「すぐに、連絡をします。時間は掛かりません。やりとりをしながら、連絡網を作りましたので」

「それなら、数十人単位で、時間を分けて出発するよう、指示して下さい。出来そうですか?」

「意図は、理解しました。徹底するよう伝えます」

「移動は、各自で出来ますね?」

「問題ありません。念のために、正確な場所を教えて下さい」


コンラートさんが情報端末に、地図を表示してみせてきた。

ニニカに頼んで、目的地を設定して貰う。

メッセージアプリを立ち上げて、コンラートさんは情報を提供し始めたようだ。

操作をしながら、次にやることを訊いてくる。


「この後は? 何をすればいいですか?」

「ここで出来ることは、もう残っていません。コンラートさんも移動を開始して下さい。私も、すぐに出発します」

「一緒には、行ってくれないんですか?」

「先に行きます。目的地の付近に、エマシンを置いてきました。不測の事態が起った場合に対応できるよう、搭乗して待機します」

「分かりました。是非、そうして下さい」


コンラートさんの隣で控えていたマルシオに、俺のIDを伝える。


「一時間後くらいには、繋がるようになる」

「俺のだ。持っていけ」


手書きで、文字を紙片に書き込んだ。

慣れているのだろう。器用なものだ。

渡してきたので、折りたたんでポケットに仕舞う。


ニニカを連れて、建物を出た。

辺りの空気が、どことなく違っている。

喧噪、さざめきのような、はっきりとしたものではない。

だが、何となく落ち着かないような、騒然とした雰囲気を感じた。


来た道を、戻っていった。

行きとは違って、多くの人とすれ違う。

大人は、誰もが必死の顔つきだ。

だが、子供たちは違っている。

熱に浮かされたような眼差しで、辺りを捉えているように見えた。

あたかも、お祭りの風景を見るかのようである。


酒屋トンティラを擁する通りまで、辿り着いた。

酔客は、一人も居なかった。

店の入り口には、戸板が立てかけられている。

酔い潰れて、取り残される人は居ないようだ。


薄暗く、狭い通りを抜け出た。

衝立のような仕切りではなく、石壁のある広い通りだ。

道端に寄せられている、あれは?

見覚えのあるトライクだ。

駆け寄っていったニニカが、ダイヤル錠を合わせてチェーンを外した。


「誰にも触られていなかったみたい。あの子たちには感謝しないと」


そうだな。

一つくらいは、良いことが起きてもいい。

ニニカの笑顔を見て、俺はそう思った。

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