第17話 聞き込み

細い通りを、子供たちが走り去って行く。

五人とも、髪の色は白だ。

正確には透明なのだが、重なり合うことで白に近い色味になる。

遠ざかっていく後ろ姿を、ニニカが見つめていた。

初見なのか?


「あれが、クヴァントの地毛だ。見るのは、初めてなのか?」

「白、……と言うよりも透明? 大人になると、色が変わるの……?」

「違う。薬だ。安価で手に入るが、それでもタダじゃないから、子供には飲ませていないだけだ」

「……そうだったんだ。それ、普通に知られていることなの?」

「お前の感覚が、普通だ」


無駄話をしている暇はない。

先に立って歩き出す。

子供から教えて貰った道を辿った。

迷わずに済んだらしい。

路地の先から、微かに話し声が届いてきた。

乾いた、すえた匂いに酒の香りが混じる。

生理的に、不潔さを感じた。

間もなく路地を抜ける。

立ち止まって、振り返った。

ニニカと目が合う。


「どうかしたの?」

「暑いと思うが、マントは閉じておけ。フードは……、さすがに不自然か。被らなくてもいい」


素直に、マントの前を掻き合わせた。

路地を抜け出ると、視界が開ける。

通路というよりは、ちょっとした広場だ。

向こうの壁までは、三メートルくらい。

左右は、それぞれ五メートルほど先で行き止まりだ。

三十人くらいが集まっている。

テーブルが七つあり、それぞれを四、五人が囲んでいた。

夕方前なのに、かなり仕上がっている。

テーブルに突っ伏したまま、動かない奴も居た。

くだを巻く、声のボリュームが大きい。

野犬の群れに、獲物を放つことにならないか?

心配になって、後ろを振り返る。


「三十人くらい居るみたい。二手に分かれて、話を聞いた方がいいと思うけど。それでいい?」


物怖じした様子がない。

こういう場には、慣れているのだろうか?

まあ、本人が気にしていないんだ。

手伝って貰おう。

何しろ、時間が残されていない。


「待て。手ぶらだと、時間が掛かる。あそこで売っている酒を買おう」


通りの両側には、五軒の店があった。

いずれも飲食物と酒を扱っている。

そのうちの一軒、トンティラと屋号を掲げた店へ近づいた。

子供の言っていたとおり、酒屋である。

店先の品書きと、乱雑に並ぶ酒瓶を眺める。

どれも有名な銘柄のようだ。

……いや、何か違う。

何となく、違和感があった。

一見すると、記憶にある印象を受ける。

だが、手を伸ばす気が起きない。

安っぽさとでも言うのだろうか。

端々から、粗雑さが感じられる。

多分、殆どが偽物なのだろう。


「間違い探しが、売り物なのか?」

「よく見て、当たりを引くといい」


店の主人だろうか。

五十代くらいの男が、悪びれもせずに答えてきた。

記憶にある銘柄を探す。

親父が、よく飲んでいた銘柄があればいいが。


「……アテマ。懐かしい銘柄だ。この辺りでは、ジャクを飲むのか?」

「三万ギットだ」

「暴利が過ぎる。いくら高くても、五千ギットだ」

「どこで飲んだのかは、知らない。だが、ここでは三万ギットだ」

「そうか。それなら要らない。儲け損なったな」

「……待て。隣のボトルと、見間違えていた。アテマなら、五千ギットだ」

「両隣は別の銘柄だ。どうやって見間違える? 形も違うし、色も赤と青だぞ?」

「年寄りの間違いだ。そう責めるな」


一万ギットを支払って、アテマのボトルを二本買った。

一本は、ニニカへ渡す。


「捜し出すのは、コンラート・ライスター。男性、五十三歳だ」

「分かった。あっちから聞いてみる」

「それは、乳酒を蒸留した強い酒だ。度数は、ウォッカに近い。少し注ぐだけでいい」

「もしかして、残した方がいいの?」

「違う。三分の一も注いでやれば、話を聞き出せる。費用対効果の話だ」

「惜しまなくてもいいけど、無駄にはするな。そういう理解でいい?」


頷いてやった。

二手に分かれて、聞き込みを始める。

数人と話しただけで、気づいた。

ここの連中は、誰もがコンラートのことを知っている。

酒を注いでやると、話の輪には入れてくれた。

だが名前を出すと、途端に口を噤む。

二つ目のテーブルを離れた。

情報は何一つ、得られていない。

ニニカの方へ目をやった。

目聡いらしい。

すぐにこちらに気づいて、小さく首を振ってみせてくる。

次のテーブルへ向かった。

五人の男が、目を向けてくる。

他と同じく、四十代から五十代くらいの年齢層だ。

上着は、くたびれたTシャツかタンクトップ、下はハーフパンツ、足元には、突っ掛けたサンダルや雪駄を、ぶらぶらとさせている。


「何を聞き回っている?」


何かを放り投げてきた。

木の串が、足元に転がってくる。

赤ら顔の男が、二本目の串を指で弄んでいる。


「コンラート・ライスターの居所を知りたい。急ぎの用がある」

「ここには、仲間を売るような奴は居ない。消えろ」


仕方ない。

バックパックを降ろして、ピルケースを取り出した。

テーブルの上に置いて、蓋を開いてみせる。

内側には、最も普及したジェネリック錠が並んでいた。


「分かるな?」

「手に入れるのは、誰にでも出来る」


カプセル錠を摘まんで、口へ放り込んだ。

ボトルに口をつけて、ジャクを少しだけ含んで、流し込む。

熱が喉を灼いて、食道を伝い落ちていく。

鼻に抜ける香りに、強いアルコール臭が混じった。

男が椅子を勧めてくる。

弄んでいた串は、空いた皿へ置いていた。


「座れ」

「いいのか?」

「言づてを伝えてやる」

「急ぐんだ。直接、話をさせてくれ」

「分かるだろう? 用心のためだ。十五分くらいで済む」

「カペル社へ依頼した件で尋ねてきた、と伝えてくれ。それだけでは話が通じなければ、滞っていた案件が動き出した。期限が迫っていると付け加えてくれ。俺は、案件に参加するビュッサー社のイリスだ」

「少し待っていろ」


腰を上げた男が、路地へ消えていった。

俺たちの出てきたところとは、また別だった。

よく見ると、複数の路地が、この場所に繋がっている。

気持ちが逸った。

だが今は、待つより他なかった。

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