第14話 憤り

気持ちが、落ち着く気配は訪れない。

ささくれだった気分のまま、オラヴィを呼び出した。

すぐに音声での応答が返ってくる。


「まだ、一時間は経過していない」

「ビュッサーのニコラスと話した。今回の案件からは手を引け。とてもじゃないが、成功の見込みがなさ過ぎる」

「理由を聞かせろ」

「相変わらず案件の内容は、知らないんだな?」

「齟齬を生まないための確認だ。正確に話せ」


哀れだ。

こいつは、自分を偉いと思い込んでいる。

だから常に人に対して、上からものを言う。

誰にも指摘されることが、なくなったんだろう。

俺だって、こいつにそんなことを告げるのは、ごめんだ。

面倒くさい上に、何の利益もない。

なので、怒りを押し殺して、ニコラスに伝えた文言を繰り返してやった。

初耳のくせに、理解していたような雰囲気で相槌を打ってくる。

滑稽でならない。


「確かに、エマシン一体では、どうにもならない案件だ」

「分かったなら、すぐに契約を解除しろ。今、案件が頓挫すれば、誰も傷つかないで済むはずだ」

「契約の解除はしない。社として、信用を失うわけにはいかない。それに今、断ったりすれば莫大な違約金が発生する。とにかく案件には参加しろ。短期間で構わない」

「……話が見えない。考えを説明してみろ」

「話を聞く限り、そもそもが無謀な案件だ。第三者から見ても、明らかに状況が悪くなったら、離脱していい。状況判断が適切だと証明ができれば、うちが信用を失うことはない。離脱した後は、こちらで貨物船を手配する。それに乗って、戻ってこい。費用は、前金で十分に賄える」

「密航者と貨物船は、どうなる?」

「カペル社が、何とかするだろう」

「出来ると思うのか?」

「うちの関知することじゃない。話は終わりだ。何か質問はあるか?」

「お前は、本当に血の通った人間なのか?」

「それが質問か? なら答えてやる。そうだ。そして同時に、ホラントの社員だ」


通話の終了が、情報コンソールに表示された。

無操作のまま放置したので、待機画面へ切り替わる。

右拳に激痛が走った。

肘掛けを殴りつけたからだ。


(千五百十一人。見捨てろというのか……!?)


憤りが収まらない。

だが、どうする?

強行するか?

……いや、無理だな。

まず、情報が圧倒的に不足している。

ニコラスの伝えてきた内容だけでは、とてもじゃないが行動指針が立てられない。

では、どうする?

オラヴィのクソ野郎に倣って、俺も千五百十一人を見捨てる……?

駄目だ。

出来るわけがない。

……考え方を変えてみよう。

強行と離脱。

これら以外の選択肢は、本当にないのか?


(案件そのものを、成り立たないようにするのは、どうだ?)


……悪くない。

その方向で、考えを進めてみよう。

各社を説得するのは、どうだ?

成功の見込みがないことを伝えれば、撤退するんじゃないのか?

……いや、これは駄目だな。

どこの会社も、欲の皮が突っ張った奴が、営業を担当している。

オラヴィと、同じ判断を下すだろう。

この案は、却下だ。

他に、案件を成り立たせなくする方法は……?


(案件自体を、消失させる。この考えは、どうだ……?)


……妙案だ!

いや、これ以外には、ないとさえ言える。

エンドユーザーに、取り下げて貰えばいいんだ。

身の危険を回避するためだ。

キャンセル料の支払いを、躊躇うことはないだろう。

至急、依頼者のリーダー、コンラートに会わなければならない。

……だが、どうやって?

何の伝手もない場所だ。

残された僅かな時間で、見つけ出せるだろうか?


(……そうだ。ニニカ!)


この辺りのことに詳しいと言っていた。

急いで、操縦房のハッチに手を掛ける。

情報コンソールが、注意音を鳴らせた。

待機画面を解除して、情報を確認する。

大気組成に注意が表示されていた。

人体に影響する量には達していないが、多種の有害物質を検出している。

総じて、臭気に関連する数値が異常に高い。

シートの背面に掛けてあるバッグから取り出したマスクを着けて、操縦房から外へ出た。

マスクの上から、思わず手で鼻を押さえる。


「よく、こんなところで生活が出来るな……」


腐敗臭が酷い。

息を吸った途端に、嘔吐いた。

洒落にならない吐き気が込み上げてくる。

刺激臭が相当に、きつい。

アンモニアだろうか……?


(なるべく、息を吸い込まないようにした方がいいな)


浅く呼吸することを心かげた。

エンガインの手のひらに運ばせて、地表に降りる。

左手に掴ませたままだった、ニニカのトライクを地面へ置かせる。

レイアウトを見る限り、どこでも見かける一般的なタイプのようだ。

車体を構成するフレームは細い。

後部には荷物入れと、申し訳程度の広さしかないタンデムシートを備えている。

シートに腰掛けると、サスペンションが軋んだ。

良く見ると、タイヤの側面が、ひび割れている。

余り、手入れはされていないようだ。

思念伝達で、動力であるソルボルトを起動する。

供給された電力で、前二輪と後一輪の動輪が駆動した。

ハンドルを押し込みながら、体重を掛けて舵を切る。

慣らしながら走っていると、俺の操縦に素直に追従するようになった。

数分後。

バジーニの倉庫へ辿り着いた。

トライクを降りて、出入り口をノックする。

しばらく待つが、反応がない。

ノブに手を掛けて、回してみる。

……鍵が掛かっていない。

もう一度、今度は強くノックをする。


「入るぞ! いいな!」


危害を加えられては敵わない。

大声で宣言して、ドアを押し開けた。

人の姿はない。

薄暗い長い通路が続いていた。

二十メートルほど先の突き当たりには、簡素な上り階段がある。

ふと気づいて、マスクをずらしてみる。

無臭とは、とても言えないが、外よりずいぶんとましな空気だ。

室内に匂いを入れない方がいいだろう。

急いで、扉を閉じる。

通路の左右に、複数の扉が並んでいた。

奥の方にある右の扉から、数人の微かな声が届いてくる。

よく通る綺麗な声が混じっていた。

耳に心地良いニニカの声だ。

近づくと、扉が少し開いていることに気づく。

中を覗き見た。

部屋の中央に、笑顔のニニカが居る。

三人の幼児たちに囲まれていた。

奥の壁際には、革製の幅の広いソファが置かれている。

バジーニが、どっかりと腰を下ろしていた。

優しい目が、俺を見た瞬間に険しくなる。

一応は、礼に則ってやろう。

軽くノックしてから、扉を開く。


「助かりました。二十三時までには、取りに伺います」

「夜には、強い照明がつく。出来る影の具合で、景色が違って見える。記憶力に自信がないなら、もう一度場所を確認しておけ」

「お気遣い、痛み入ります」

「少しは、態度を弁えられるようだ。そこへ座れ」

「いえ。すぐにお暇します。急用が出来ました」

「そうか。仕事は大事だ。しっかりやれ」


下手に出ている分には、人並みに扱ってくれるようだ。

ニニカの方へ視線を移す。

俺の方を見ていたようだ。

視線が重なる。

俺が近づくと、幼児たちが怯えるかも知れない。

声を潜めて、呼びかける。


「話がある」

「ちょっとだけ待ってくれる? 二分位で済ませるから」


情報端末を使っているのか?

三人の幼児たちは、それぞれの手に情報端末を持っていた。

あれは、ディンの情報端末だな。

家族割引を受けるために、親に契約させられたのだろう。

二分と言っていた。

そのくらいなら、待ってもいいだろう。

壁に背中を預けて、様子を眺める。


「お姉ちゃん、これは? 見られるようにできる?」

「ごめんね。それは無理なんだ。こっち方の動画じゃ駄目かな? この辺りなら、大体は見られるように出来るよ」

「すごい。たくさんだ! うん。じゃあ、そっちの方でいい。全部、見られるようにして!」


幼児が、情報端末を差し出した。

ニニカが操作を始めると、幼児たちが横から覗き込む。

三人分の操作を終えたようだ。


「ありがとう。お姉ちゃん」

「いいえ。これで、しばらくは退屈しなくて済みそうかな?」

「うん。大丈夫そう!」

「教材の方も、読むようにしてね。ここから、見られるようにしてあるから」

「……分かった。でも、勉強は嫌い」

「頑張って。分かるようになれば、楽しくなるから」

「本当?」

「お姉ちゃんも最初は苦手だった。でも、ほら。今は何でも出来るでしょう?」

「うん。お姉ちゃんは、すごいと思う」

「皆も大きくなったら、小さい子には何かしてあげたくなるんじゃないかな?」

「絶対。してあげたい」

「だったら頑張って」

「頑張ったら、いいお姉ちゃんになれる?」

「うん。もちろん」


ニニカが笑顔を見せた。

納得しない様子だった女児も笑顔に変わる。

子供の扱いにも、長けているようだ。

人たらし。

そんな言葉が、脳裏をよぎった。

三人の頭を優しく撫でたニニカが、こちらへ近づいてくる。

艶やかな笑顔だ。


「お待たせ。廊下へ出ましょう」

「お前、ディンの特権会員だったのか?」


不信感が、声と態度に表れているのだろう。

ニニカが、俺を伺うような目をした。

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