第13話 一斉密航

どうして、どいつもこいつも他人事なんだ?

自分の仕事を、なんだと考えている?

責任感や使命感が欠如していた。

その上、職務を把握して遂行する能力も持ち合わせない。

正常な精神状態なのかを疑いたくなる。

保留が解除された。

繋いだままのニコラスとの通話が再開する。

抑揚のない声が、首尾を伝えてきた。


「頂いた情報を各社へ、お伝えしました」

「お前の案件に参加した奴らなんだ。最後までフォローしてやれ。いいな?」

「できる限り、手を尽くします」

「お前のできる限りか。望むべくもないな」


気分が落ち込んでいく。

こいつとの会話では、いつもそうだ。

話していると、どんどんと気が滅入っていく。

何か特殊な力を、使われてでもいるのだろうか?

通話を切りたくなる。

だが、そうもいかない。

帰還する方法を、話し合わなければならないからだ。

気力を振り絞る。


「リィックの勢力下まで出たい。方法は、あるか?」

「はい。ちょうど良い案件があります。今、お話ししても、よろしいですか?」


案件だと?

仕事に、かこつけるつもりか?

……まあ、いい。

手段がないよりは、ましだ。

報酬も手に入る。

自分に言い聞かせて、会話を続ける。


「……お前にしては、仕事が早すぎる。今回に限って、何故なんだ?」

「弊社は、計画中を含めて、常に多数の案件を抱えています」

「それは知っている。お前が、早くに見つけられたのが、何故なのかを訊いたんだ。……まあ、いい。無駄な話は止めよう。案件の内容を話してくれ」

「エンドユーザーは、一般の旅行者です。企画は旅行業者のカペル社。弊社の担当は警護です」

「案件の内容は密航。役割は、エマシンでの戦闘。契約形態は?」

「請負です。なので現場では、好きにして下さい」

「いつも通りの丸投げ。そういうことだな?」

「弊社の他に、二社が同案件に参加するそうです。運送業者はデーナー社、宿泊業者はフリック社。デーナー社の貨物船は、既に出発済みです。ヴォーランデルには本日四月二十一日、二十三時の到着予定。この時刻までに旅行者を集めて、貨物船へ乗り込ませられるようにして下さい」

「今は何時だ? 言ってみろ」

「十五時です」

「……お前に、言葉の裏を読めというのは無駄だったな。それで依頼主とは、どうやって接触する?」

「お名前は伺っています。コンラート・ライスターさん。男性。五十三歳。ヴォーランデル周縁のエフサ地区に、お住まいだそうです」

「一人の訳はないよな? 全部で何人なんだ?」

「千五百十一名様だそうです。このグループのリーダーが、コンラートさんです」


こいつは、何を言っている……?

たった八時間で、千五百十一名を集めて、貨物船に乗せろだと?

手がかりは、代表者の名前と居住地だけ。

どうにか出来ると、本気で思っているのか?

ふと気づいて、背筋が冷たくなる。

また、悪い予感だ。


「……ちょっと待て。この案件には、俺以外の何人が参加する? まさか一人じゃないだろうな?」

「今のところは、イリスさんだけです。ディンの勢力下なので、人が集まりませんでした」

「俺が断れば、この案件はどうなる?」

「御社、ホラント社との契約は既に済んでいます。規定の契約金として、発注額の三割をお支払いしました。お断りを頂く際には、御社から弊社へ正式にお話を下さい」

「案件の難易度は?」

「甲の七です」

「……嘘だろう? いくら何でも高すぎる。そのレベルは、エマシン三十体で一ヶ月はかかる案件だ。何故、そんなに高く設定された?」

「ディンの勢力下で、過去に類似の案件が行われた事例がありません。そのため、難易度の見積もりが出来ないことが原因です」

「そういう場合、低く見積もるのが、お前たちだ。それが、なぜ今回は高く見積もる?」

「カペル社からの発注額に依るものだと聞いています」


言葉を失った。

難易度には、間違いがないらしい。

そうなると?

……約三千二百ギット!

案件の合計発注額は、最大で約三千二百ギットだ。

そのうち契約金は、九百六十万ギットだ。

それを全額、本当に、ホラント一社へ支払ったのか……?

まだだ。

慎重に確認した方がいい。


「参加する協力会社の数が確定する前に、契約金を払ったのか?」

「はい。その通りです」

「案件の契約金を全額、ホラント一社へ払った。そういう理解でいいな?」

「ご理解の通りです」


信じられなかった。

衝撃のあまり、背筋が冷えていた。

……何と、四百八十万ギット!

思わぬ大金が、俺の懐に転がり込んでくる!!

絶対に、この案件を断ったりはしない。


その上、案件が成功した場合の報奨金。

仮に、その時点で、まだ一人だったら。

……一千百万ギット!!


……いや、さすがに、それはない。

冷静になれ。

破格の報奨金は、確かに魅力的だ。

喉から手が出るほどに、欲しい。

だが、この案件は、絶対に一人では手が回らない。

何しろ、千五百十一人。

参加人数が、余りに多すぎる。

不明点も多すぎた。

何が起きるのか、分かったものではない。

少なくとも、最低でも、後五体はエマシンが欲しかった。


「一人で出来る案件じゃないだろう? 物量的に」

「増援は、手配中です」

「あと八時間足らずだ。見つかると、本気で思っているのか?」

「最後まで、手は尽くすつもりです」


結果を伴ったことが、何度ある?

お前が手を尽くして、何が得られると言うんだ?


「くそっ……、もういい。それで、貨物船は何隻なんだ? 型式は?」

「不明です」

「訊いていないだけだろう? カペルを通して、デーナーへ訊け」

「分かりました。訊きます」

「訊くだけで、仕事が終わるわけじゃないことは、分かっているな? 回答を得るまでが、お前の仕事だ」

「必ず回答を得ます」

「はあぁ……、まるで子供の使いだ」

「それは、どういう意味でしょうか……?」

「考えなくていい。コンラートとの連絡方法は?」

「こちらからは連絡が取れません。お使いのキャリアに、不具合があったようです」

「詳しい住所は?」

「エフサ地区は、区画がはっきりしていないそうで、番地などは分かりません。顔利きだということですから、現地に行けば見つかるはずです」


訊くたびに、悪条件が増えていく。

一体、どうなっているんだ?

訊くのを止めてやろうか?

……そういうわけには、いかない。

取りかかった後に、露見するよりは、ましだと思うしかない。

投げ出したくなる気分を、無理矢理に押さえ込む。


「……貨物船は、どこに降ろす? ヴォーランデルどころか、トロヴァートという大陸自体が、ディンの勢力下らしいが」

「それもお任せします。お子様とお年寄りが多いそうなので、なるべく近場で、お願いします」

「素晴らしい気遣いだ」

「お客様のことですので」


頭が痛くなってきた。

ニコラスと長く話していると、いつもこうなる。

誰でもいい。

こいつに、皮肉が通じるような、情緒を与えてくれ。

……通じない願いだと、分かっている。

こめかみを揉みしだいて、大きく息を吐く。


「貨物船に、密航者を積んだ後は、どこへ向かう?」

「選定中だそうです。弊社には、現地で操舵手から、確認するようにとの指示でした」

「どいつも、こいつも。まともに段取りがされていることはないのか?」

「急に、企画された案件ですので」

「急にだと……? 何がきっかけで、企画されたんだ?」

「弊社のエマシンが、ディンの勢力下へ潜入したことが、きっかけです」


潜入だと?

どんな案件なんだ?

……違う。

唐突に、思い当たる。


「……それは、俺のことだな?」

「はい。ディンの勢力下だけ、案件が滞っていたので、助かりました」

「……もしかして、この案件は、一斉密航に関わっているのか?」

「一斉密航とは?」

「知らないはずがないだろう? 一昨年と去年の二度、ディンの勢力下から一千万単位の人間が、一ヶ月足らずの間に逃げ出している。表向きの報道ではクレト、ギレス、ハーデルへのツアー旅行者が、大量に蒸発したとされている件だ」

「どうでしょうか? その件と今回の案件が、関係するとは思えません」

「お前くらいに、浅く物事を考えられれば、それはそれで、幸せなんだろうな」

「よく分かりませんが……。ありがとうございます」

「当面は案件に参加するのは、俺一人だ。いろいろと手が足りない。補うためには、ギットが必要だ。経費は請求していいな?」

「一千万ギットまで、お支払いします。経費の利用規約は……」

「普段と変わるところがあるのか? なければ、説明はしなくていい」

「ありません。割愛します」

「ヴォーランデルに常駐する、エマシン部隊の規模は分かるか? 推定でもいい。何か記録がないか?」

「……はっきりとした情報は見つかりません。都市の規模からすると、おそらく十五体前後かと思います」

「そんなところだろうな。周囲の百キロメートル圏内に、ディンの中継基地や都市はあるのか?」

「中継基地は北側に、三つあります。それぞれ十体ほどのエマシンが、常駐している可能性があります。都市は見当たりません」

「そうか。もたもたしていると、最大で四十五体のエマシンに取り囲まれるわけか?」

「はい。そうなります」

「……そのことについては、どう思う?」

「四十五体は、数が多いと思います」

「……もういい。時間がもったいない。案件の内容を整理する。万が一、違うところがあれば話し終えた後に指摘してくれ。本日二十三時に到着予定の貨物船に、ヴォーランデル在住の千五百十一名を収容して、離陸する。依頼者たちの代表コンラートは、所在が不明。貨物船の型式、数は不明。行き先は不明。増援の見込みなし。妨害として想定される相手エマシン数は、最低十五体、最大四十五体。間違いないか?」

「はい。間違いはありません」

「俺の整理した内容を聞いて、どう思った?」

「簡潔に纏められていて、分かりやすかったです。そのままの文言を、上への進捗報告に使わせて頂きます」

「……好きにしろ。切るぞ」


応えを待たずに、通話を切った。

はあぁぁ……。

盛大な溜息が出た。


そんなに上手い話があるはずが、なかったんだ。

……断るしかない。

契約金は報奨金は、惜しい。

本当に、惜しい。

だが、命には代えられない。

エマシンの差が、一対四十五。

その上、千五百十一人を従えて、貨物船二隻を離着陸させる。

どう考えても、一人では実現できない。

万が一の可能性に、掛けた場合は?

駄目だ。

参加する千五百十一人と、他社が被害を被る。

最悪、人命を損なうかも知れない。

……降りよう。

惜しいが、この案件からは降りるしかない。


オラヴィへ連絡だ。

奴を経由して、社として正式に契約を解除させる。

やはりまだ惜しかったが、そうせざるを得なかった。

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