第12話 帰還の目処

二体のエマシンが迫ってきていた。

倉庫群を背にして、五メートル超の金属柱を棍棒のように構えている。

ニニカの知り合いらしい。

エンガインから降りて、自分の姿を晒すという。

尋ねてきたのがニニカだと分からないと、二体のエマシンが襲ってくるらしいからだ。

物騒な連中だ。

こんな奴らの前に、降ろしていいのだろうか……?


「一応、念のため訊く。お前の身には、危険は及ばないんだな?」

「心配してくれて、ありがとう。大丈夫。顔見知りだから」

「俺は、ここで待機するが、何かあれば実力行使をする。構わないな?」

「そんなことには、ならないと思うから。少しだけ待ってて」


エマシンが二体だ。

ニニカを守って、退却をするくらいは出来るだろう。

余程の下手を打たない限りだが。

操縦房から押し出したニニカを、エンガインの右手で地上へ降ろした。

振り返ったニニカが、手を振ってみせてくる。

感謝を示しているようだ。

こちらに背を向けると、二体のエマシンへ歩み寄っていく。


(何かあれば、飛びかかる)


最速で斬撃が出来るプログラムをセットした。

エマシンたちが、動き出す様子はない。

近づいていくニニカを素通りさせた。

左へ曲がると、一番近い位置にある倉庫の出入り口へ近づいていく。

こちらからは、ニニカの横顔が見える。

不意に、行く先で扉が開いた。

汚れた身なりをした四十代くらいの男が姿を現す。

ニニカに気づくと、不審そうな顔をした。


(……こいつは、知り合いじゃないのか?)


映像を拡大して、集音を開始した。

ニニカの歩き姿は美しい。

歩調を変えずに近づいていくと、軽く頭を下げた。

男は、明らかに緊張している。

ニニカと、こちらへ交互に視線を走らせていた。

怪訝な表情をして、問いかけてくる。


「あんたは誰だ? あのエマシンは、何のつもりだ?」

「新しい方ですね? ニニカ・ライアーです。バジーニさんは居ますか?」

「社長の知り合いか? 何の用だ?」

「直接、話します。名前を伝えて頂けますか?」

「……少し待っていろ」


納得しきれない様子だが、引き返していく。

堂々とした美人というのは、ある種の迫力があると知った。

しばらくすると扉の向こうから、背の低い老人が現れる。

百六十センチくらいだが、とにかく肉厚でがっちりとしていた。

頑健。一言で表すと、そういう体格だった。

つなぎの作業服は年季が入っていて、染みだらけだった。

禿げ上がった真四角の顔をしていて、目つきの凄みが半端ない。

近づいていったニニカが立ち止まり、一礼をする。

途端に、老人が表情を和らげた。

まるで、孫でも見るかのようである。


「そんなところに立ってないで、早く中へ入れ」

「今日は、いつもの商談で伺ったわけじゃないんです」

「分かっている。ようやく見つけたんだろう。エマシン二類・第五世代シオン初期型。あれなら二、三人は吸い込んでいるだろう。それを乗りこなすんだ。良いエマシン乗りを……」

「バジーニさん。あのエマシンを匿ってください。今日の要件は、それだけです」

「……そうか。分かった。案内させよう」

「いくら、お支払いすればいいですか?」

「要らんよ。何日でも、好きなだけ置いていい」

「そんなわけには」

「嬢ちゃんには、いつも儲けさせてもらっている。たったエマシン一体を匿うだけで、金は取らんよ」

「でも……」

「そんなことよりも、早く中へ入れ。こんなところに長く居たら、鼻が曲がるぞ」


戸惑うニニカ。

バジーニ老人が鋭い目を、こちらへ向けてきた。

射殺してくるような、凄まじい眼光である。


「そこのエマシン乗り。聞こえているな。うちのエマシンに付いていけ。三分ほど離れたところに、ちょうど良い隠し場所がある。降りたら事務所に顔を出せ」

「世話になる。事務所というのは、あんたが出てきた建物のことだな?」

「口の利き方には気をつけろよ。若造。バジーニさんだ。分かったなら、とっとと行け。うちの人間は、暇じゃないぞ」


答える前に、背を向けられた。

扉に手を掛けて、ニニカを招き入れようとする。

心配は、要らないようだ。

危害を加えられるような雰囲気は感じない。

二体のうち、一体のエマシンが金属柱を置いて、遠くを指さした。

無言のまま、俺の横を通り過ぎると、指した方へ歩き出す。

着いてこい、ということだろう。

素直に、後ろを着いていく。

三分ほどが経った。

積み上がった堆積物と崖の隙間に窪みが見える。

十メートルほどの深さがあるようだ。

先行していたエマシンが立ち止まって、その窪みを指さす。


「ここを使っていい。降りたら、俺の手のひらに載れ。運んでやる」

「先に戻ってくれ。少しやることがある」

「余計なことはするなよ。ここで、お前に許されているのは、エマシンを隠すことだけだ」

「環境へ影響を与えるようなことはしない」

「社長には、三十分で戻ってくると伝えておく。問題は起こすな。ニニカ嬢を悲しませたくはない」


物騒なセリフだな?

捨て台詞を残して、エマシンが立ち去っていった。

エンガインを窪みの中へ降ろさせる。

空を仰ぐと、青空が見えた。

遮るものはない。


(ここでなら、落ち着いて試行できる)


ようやく、帰還の目処が付きそうだ。

通信衛星の位置情報を、光通信ユニットへ入力する。

位置情報は、エマシン溜りで調べた内容を元にしたものだ。

指向性通信で接続を試みる。

一回目は、失敗。

二回目、三回目も失敗。

……二十一回目も同じく失敗。

もしかして、位置情報が間違っているのか……?

二十二回目。


(繋がった……!)


通信衛星への割り込みに成功した。

回線を確立し続けるよう、所定の作業を済ませる。

手持ちのタブレット型情報端末を起動した。

使えるキャリアを一覧表示する。

ゼルエンが使えるな。

アクセスをすると、認証を求めてくる。

端末IDを使って、ログインをした。

画面が切り替わる。

慣れ親しんだレイアウトだ。

いつも俺が使っている作業環境が映し出されている。

メッセージアプリを立ち上げて、オラヴィ・リスティラを呼び出した。

音声オンリーで、接続を許可してくる。

顔を見なくて済むのは有難い。

許可への応答をして、話しかける。


「状況は、把握しているか?」

「もちろんだ。どうした?」

「だったら、俺の置かれている状況を言ってみろ。この後のプランも併せて話せ」

「まず、報告をしてくれないか? これからの会話で、齟齬をなくすためだ」

「毎度のことながら、いけしゃあしゃあと、よく言うな。お前が状況を把握しているはずがないだろう? 直前まで、俺が参加していた案件は何だ? 言ってみろ」

「……」

「惑星バルテルのヴォーランデルという都市に居る。ディンの勢力下だ。エマシンに損傷はない。残っている装備は、フィンブレード十枚だけだ。俺自身にも怪我はない。帰還方法を決めてくれ。今の段階で答えられることはないな? もちろん、あれば言ってくれていい」

「即答は、出来ない」

「絶対に、一人で抱え込むな。上司や周りにも相談しろ。一時間後に、連絡してこい。結論が出ていなくても必ずだ。分かったか?」

「了解した。一時間後に連絡する」


一方的に、通話が切断された。

これから、無駄な一時間を過ごすのか?

オラヴィに出来るのは、単純に、一時間後に連絡をしてくることだけだ。

間違いなく、何の結果も伴わない。

……やるせない。

よりによって、自社の担当が、奴だということに対してだ。

唐突に、メッセージアプリが映像通話の着信を求めてくる。

ビュッサー社? ……ニコラスか?

オラヴィの野郎、丸投げしやがったな……。


「何の用だ?」

「……? 御社のオラヴィさんから、連絡をするよう言われました」

「お前自身には、何の考えもないんだな?」

「どういうことでしょうか?」


真顔で不思議がっていた。

詰めたところで、得るものはない。

時間を無駄にするだけだ。


「もういい。考えるな。それで、先の案件は、どういう結果になったんだ?」

「特に問題はありませんでした。成功報酬は、お支払い済みです」

「貨物船の拿捕には、成功したのか?」

「はい。滞りなく」

「お前の寄越した増援の六体。消息は掴んでいるのか?」

「いいえ。連絡が取れたのは、イリスさんだけです」

「お前の方から、連絡をしてみたんだな?」

「していません」


予想通りだ。

俺の悪い予想を、こいつが裏切ってくれたことは、一度たりともない。

平板な顔を見つめるが、何の感情も読み取れない。

相変わらず表情に、情緒が欠片も浮かんでいないからだ。

俺が黙っている限り、こいつも黙り続けるのだろう。

何で俺が、こいつのやることを指示しなければならない?


「俺の把握しているだけを伝える。ヴァレリー社の三体は、バルテルに墜落した。所在、安否は不明。ロトロ社の二体は全壊した。生存は期待できない。ボッチィ社の一体は不明。俺がバルテルへ落ちる前に見失ってしまった。各社へ伝えて、各員の安否を確認させろ」

「情報、ありがとうございます。この後、すぐにでも各社へ連絡します」

「どうせ忘れる。今、連絡しろ。メッセージを送るだけなら、一分も掛からないだろう。待ってやる」

「分かりました。少々、お待ちください」


自分の膝を押さえつけた。

苛立ちで、戦慄いていたからだ。

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