第11話 廃棄場

エンガインの操縦房。

俺は操縦席に深く座って、思い切り内股を開いている。

その間には、背を向けたニニカが腰を下ろしていた。

体勢を落ち着けようとして、身じろぎをしている。

薄手のマントは触感を、殆ど妨げない。

瑞々しい弾力が、内股を刺激し続けている。

いい加減に、落ち着いてくれ。


「こんな感じ……?」


座り位置を何度か変えると、体重を預けてきた。

触れてきた背中から、しなやかさと体温が伝わってくる。

白金の頭は、俺の喉元にも届いていない。

どういうスタイルをしているんだ……?

立って並んでいたときには、身長差は十センチ程度だった。

常人より、遙かに腰の位置が高いらしい。

そう言えば、さっき凝視してしまった脚は、相当に細長かった。

ああいうのが、美脚というやつなんだろう。

ニニカが身をよじる。

今度は何だ?


「身体が、押しつけられる? 何、これ……?」

「操縦房を満たす流体の粘度が変わったんだ。衝撃を受けても、椅子から放り出されないよう、身体を固定している」

「そうなんだ……? 小さな弾ける音がしているのは、気のせい? それに少し周りが濁っているみたい」

「自浄作用が働いている。衣服や身体の汚れが、分解されているんだ」

「そんな機能があるの? 知らなかった……」

「エマシンを使い込むうちに、発現する機能らしい」

「何年くらい、使われているの? このエマシンは?」

「二千九百十二年に誕生したらしい。……二百九十八年に、なるのか」

「そんなに!? 歴戦のエマシンなんだ……」

「そういうわけじゃない。誰が乗っても、ブロム強度が千に達さなかったから、ずっと放置されていたらしい。おかげで、格安で手に入れた」

「あなたとは、相性が良かったんだ?」

「適合率が、九割に近い。相当に珍しいことだ」

「……そうだ。名前は? 聞いてなかった。教えてくれる?」

「イリス・ハイン。このエマシンは、エンガインだ」

「名前だけなの? 自己紹介は? してくれても、いいと思うんだけど?」

「そんなのは、後だ。どっちへ進めばいい? 進む方向を教えてくれるか?」

「目的地の方角は南西。でも、しばらくの間は、指さす方へ向かってくれる?」

「了解した。エンガインを動かすぞ? いいな?」

「うん。大丈夫」


エンガインを疾走させた。

圧倒的な瞬発力と加速度だ。

数秒で、時速百五十キロメートルに達する。

操縦席に、振動は一切伝わらない。


「すごい瞬発力。なのに、全然揺れない。普通のエマシンより、かなり速くない?」

「一応、口を閉じてくれるか? 跳躍移動を開始する」


素直に従ってくれた。

無言で、顎下にある小さな頭が頷いている。

フットペダルを踏み込み、スライトを作動させた。

強く地面を踏み切ったエンガインが跳び上がる。

凄まじい上昇だ。

重力加速度を、身体に感じる。

瞬く間に、高度三十メートルにまで達した。

一瞬の浮遊感がある。

直後、支えを失ったように落下を始めた。


「……!!」


声にならない悲鳴だ。

ニニカが仰け反っている。

間もなく地面だ。

振り返ってきたニニカが、ぎゅっと抱きついてくる。


「心配は要らない。着地の衝撃は相殺する」


自由落下の速度を打ち消した。

着地の間際に作動させた、スライトの効果である。

エンガインの足裏が、ソフトに地面を踏みしめた。

勢いを緩めず、疾走を続けさせる。

着地から三秒後に、再び跳躍をさせた。


「これを繰り返す。衝撃は感じなかったはずだ。慣れたのなら、話しても構わない」

「はあぁ……っ」

「息を止めていたのか? よく保ったな。苦しかっただろう」

「だって……、こんなに高く飛ぶなんて、思ってなかったから」


腹の辺りが、急に物寂しくなる。

たっぷりとした柔々の感触が、急に消えたからだ。

前へ向き直り終えたニニカが、背中を預けてくる。


「まだ、このままの方向へ進むのか?」

「左へ転進して。遠くに、山並みが見えているでしょう?」


小高い山脈だ。

標高は七百メートル程度だろう。

珍しい。

低い峰の付近に、貨物船が三隻も見える。

かなりの低空飛行だ。

高度を下げつつある二隻は、船足が遅い。

大量の積載物を運んでいるようだ。

対して高度を上げていく一隻は、動きが軽く見える。

荷物の上げ下ろしをする場所が、近いのだろうか?

エンガインを転進させる。


「このまま真っ直ぐに進んで。山を越えれば、目的地だから」

「何があるんだ?」

「廃棄場。要は、ゴミ捨て場。広さはヴォーランデルの五倍くらい」

「なるほど。それだけの広さだと、紛れたエマシンを見つけ出せない。そういうことか?」

「意図は、その通り。実際には紛れ込ませないけど」


用意された隠し場所でも、あるのだろうか?

まあ、すぐに分かることだ。

急峻な勾配を、エンガインに駆け上がらせる。

スライトを使うので、あっという間だ。

すぐに稜線が見えてくる。

次の着地点を、尾根の上へ定めた。

狙い通りに、跳躍を終えたエンガインが、幅の狭い山稜を踏みしめる。


「これが廃棄場か……」


眼下に広がるのは、ゴミの大海だ。

元々は、山に囲まれた窪地だったのだろう。

今は大量の廃棄物で、埋め尽くされている。

幅は、十数キロメートルはあるだろう。

一見しただけでは把握しきれないが、都市から出される、あらゆる種類のゴミが集められているようだ。

十数体のエマシンが、廃棄物を踏みしめながら、ゴミの上を移動している。


「あのエマシンたちは、何をしているんだ?」

「ガスが溜まりすぎる前に、燃やして回っているの」


一体のエマシンに注目する。

白い煙がたなびく場所で、立ち止まった。

手にしている細長い金属棒を、足元へ差し込んだ。

程なくして火柱が高く上がり、周辺が炎で包まれる。

周囲から、一斉に数十羽の黒い鳥が飛び立った。

ぎゃあぎゃあと耳障りな鳴き声を上げている。

肥え太ったカラスのようだ。

廃棄場全体に、かなりの数が居る。

数百羽、もしかすると数千羽は居るのかも知れない。

カラスの他にも、動くものがある。

人だ。

かなりの人数だ。

千人は、超えているだろう。

小さな体格に、服とも呼べないような、ぼろ布を纏っている。

皆、口元に布を巻き、ズタ袋を引きずって、歩いていた。


「子供の数が多いな」

「他に、元手の掛からない仕事は、ないから」

「ディンの勢力下でも、変わらないのか……」

「トロヴァート大陸は、初めて?」

「そういうわけじゃないが。詳しくはない」

「子供の頃に居たとか?」

「そうらしい。数週間か数ヶ月と短かったみたいだ。はっきりした記憶はないが」

「物心がつく前だったの?」

「多分、そうだと思う。十歳くらいまでに五十カ所以上は、渡り歩いたらしい。だから出来事と場所の結びつきが曖昧だ。おそらく混同したり、取り違えて記憶していたりもすると思う」

「そんなに転居を繰り返したのは、ご両親の仕事の関係とか?」

「そんなところだ」


少し喋りすぎた。

なぜだ……?

ニニカの声音が、心地よい響きだからか?

何となく調子が狂っているようだ。

気を引き締めよう。


「このまま、下へ降りればいいのか?」

「そうして。この下には何もないから。気にせずに降りて」


エンガインに崖を下らせた。

廃棄場の縁へ降り立つ。

土が見えているのは、崖から十メートルほどまでだ。

そこから先の一面には、ゴミが堆積している。


「ここからは、どう進めばいい?」

「崖に沿って、右手へ進んで」


狭い平地が見えてきた。

崖の一部を削り取って、作られた場所らしい。

人工的な平地には、大きな建物が五つ並んでいた。

いずれも形状は同じで、半円筒アーチ状の形をした屋根を持っている。

倉庫のようだ。

幅は五十メートル、奥行きは二百メートルくらいだ。

倉庫の間を、二体のエマシンが行き来している。

こちらに気づたらしい。

ゴミの溢れ出そうな籠を、地面に置いた。

ゆっくりと近づいてくる。

不穏な空気が漂い始めた。

唐突に、ニニカが振り返ってくる。


「降ろしてくれる?」

「こんなところで? 何をするつもりなんだ?」

「早く。私だって分からないと、攻撃されると思うから」


二体のエマシンが、ゴミの山を漁っていた。

五メートルほどの金属柱を引っ張り出す。

片手で棍棒のように構えると、左手の腹をバチバチと叩いてみせてきた。

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