第9話 出会い

相手エマシンは、残り三体だ。

エンガインに残る装備は、盾を除けば、フィンブレード十枚だけである。

切れ味は抜群なのだが、耐久性に乏しい。

可能な限り、一振りで、一体を仕留めたいのが本音である。

この先、いつ補給が出来るのか知れたものではないからだ。

エンガインのつま先は、大地の裂け目に掛かっている。

一歩を踏み出させて、崖下へエンガインを飛び降りさせた。

落下した距離は、約二十メートルである。

ダメージもなければ、振動さえ伝わらない。

日の当たらない場所に、エンガインを潜ませた。

聴覚と触覚に、神経を集中する。

地面から伝わる振動を、はっきりと感じ取れた。

三体のエマシンが、かなりの速度で近づいてきている。

数分後、頭上から話し声が届いてきた。

エマシンの外部音声を使って、会話をしている。


「ネストル、降りろ」

「俺一人で!?」

「見つけたら、知らせろ。それと広域通信ユニットは傷つけるな。絶対にだ。もし傷物にしたら、殺す」

「だったら、あんたがやってくれ。俺には、そんな器用なこと」

「うるせえッ! さっさと行け!!」


頭上から、衝撃音が届いてきた。

何かが、落下してくる。

エマシンだ。

蹴り飛ばされでもしたのだろう。

無様な格好で、地面に激突した。

首を振って、立ち上がろうとする。


(中々のパワハラだ)


同情を禁じ得なかった。

それはそれとして、好機を逃すわけにはいかない。

落ちてきたエマシンは、背を向けている。

エンガインの左手で、後頭部を鷲掴みにして、一気に暗がりに引きずり込んだ。

すかさず、フィンブレードを喉元に当てて、首を掻き切る。

機能を停止したエマシンを、音を立てないよう、地面に横たえた。

刎ねた頭部を、そっと隣に添える。

斃れたエマシンの操縦房が僅かに開いて、男が顔を覗かせた。

頭上から、パワハラ男の声が届いてくる。


「おいっ! どうした!? 居ないのか!?」


足元の男は、言葉を発さない。

フィンブレードの切っ先を突きつけているからだ。

刃渡り五メートルの刃だ。

人間サイズから見れば、巨大な金属の塊である。

恐怖で凍り付くのは、自然なことだ。

刃先を、さらに前へ出す。

瞬きさえせず、無言で頭を引っ込めると、ハッチを閉じた。


「ネストル! 返事をしろ!!」


かなり焦れていた。

待っていれば、降りてくるだろうか?


「くそっ! 通話にも応答しやがらない! 鈍間め! 何をしてやがるっ!」


腕に自信がないのだろう。

パワハラ野郎には、ありがちだ。

自分に出来ないことを、人にやらせる。

そうすることで、実力不足が露見するのを避けているのだ。

クソのような人間である。

残りは二体だ。

……いや、実質は一体と言っていい。

何とか出来るだろう。

エンガインに、地面を勢いよく蹴らせた。

切り立った崖肌を何度か蹴って、地表へ近づいていく。

最後の一蹴りに力を込めて、大地の窪みからエンガインを跳びださせた。


「何っ!? 白いエマシン!?」


叫んでいる場合か?

フィンブレードを一閃する

仰け反った黒いエマシンから、首を刎ね飛ばした。


「これで、残りは一体」


膝立ちで着地したエンガインを立ち上がらせた。

残り一体は、二十メートルほど先に居る。

戦槌を構えた緑色のエマシンだ。

戦意は感じられるが、明らかに狼狽えていた。

フィンブレードの切っ先を向けて、問いかける。


「光通信ユニットを使って、何をするつもりなんだ?」

「……商売だ」

「一ヶ月程度で、摘発されるんだろう? そんな短期間で儲けが出るのか?」

「この街の人口は、六十万人だ。一稼ぎは出来る」

「そうか。だとすれば、お前たちが諦めることはないんだろうな……。いいぞ。掛かってこい」

「そいつらと、俺を一緒にしない方がいい」

「ブロム強度は確認したか?」

「……五千越えだと!?」

「損傷軽減率は、計算できるか? 二十七パーセントだ」

「……くそっ! いや、まともに当てれば通るはずだっ!!」


何の工夫もない一撃だ。

まともなエマシン乗りなら、誰だって躱せるだろう。

逆に、当たってやる方が難しいと思える。

エンガインに半身を引かせる。

躱すと同時に、フィンブレードを翻させた。

相手の喉元へ切っ先を突きつけさせる。


「本気でやってくれ」

「お前こそ、何のつもりだ……?」

「お前の知ったことではない。もう一度チャンスをやる。もう少し、ましに動いてみろ」


こいつで、役に立つだろうか?

いや、贅沢を言っている場合ではない。

いつまで惑星バルテルに留まるのか、見当も付かないんだ。

取れるだけデータを取って、それを元にチューニングするしかない。

惑星バルテルの白兵戦データを持ち合わせていないからだ。


(それにしても、無様だな……。大ぶりだけじゃなくて、少しは基本的な動きをしてくれ)


戦槌は、ただ我武者羅に振り回されていた。

重量のある武器は、そもそもの扱いが難しい。

こいつでは、明らかに技量不足だ。

……まあ、やれるだけはやってみるか。

情報ターミナルを使って、行動パターンの数値を修正し始める。


(……駄目だ。動きがワンパターンすぎる)


得られる情報が、すぐになくなった。

十数手を躱したところで、これ以上のデータは取れないと判断する。


(仕留めよう)


スナップを利かせて、フィンブレードを軽く払わせた。

横凪にしてきた戦槌から、先端の金属塊を撥ね飛ばす。

相手エマシンが体勢を崩した。

いきなり荷重を失ったからだろう。

地面に向けて伸ばした両腕を、肘から切り落とす。


「くそッ!!」

「悪態を吐きたいのは、俺の方だ」


期待外れも甚だしかったからだ。

うつ伏せに倒れた胴体から、首を刎ね飛ばす。

蹴り飛ばして、仰向けにした。

胸の中央に、切っ先を食い込ませる。


「降りろ。十五秒だけ、待ってやる」


勢いよく、ハッチが開いた。

身なりの悪い男が、飛びだしてくる。

着地すると、こちらを振り向きもせず、全力疾走を始めた。

そうだな。気持ちは分かる。


(だが、駄目だ)


振り上げたフィンブレードを、地面へ突き立てる。

砕けた岩塊が、激しく飛び散った。

行く手を塞がれて、つんのめった男が、尻餅をついている。

よく磨かれた刀身だ。

青ざめた顔が、はっきりと映っている。


「誰が逃げていいと言った。質問する。正直に答えろ」

「……分かった」

「仲間と、エマシンの数は?」

「……三百人。エマシンは、十五体だ」

「ディンの情報端末を持っていれば出せ」

「嫌味のつもりか?」

「他の連中は、どうなんだ?」

「再審査に通るようなら、ここには居ないだろうよ」

「分かった。仲間を連れて消えろ」

「下の奴は、生きているのか? 殺していないなら、引き上げてくれ」


お前らを殺して、俺が何の得をする?

要求を飲んでやった。

肩を落とした三人の男が立ち去っていく。

ブラスト砲で融かしたエマシンの方へ向かっていくようだ。

情報ターミナルが、注意を知らせてくる。


(後方? トライクか? それも、たった一台だと……?)


奴らの仲間だろうか?

いや、それは考えにくい。

エマシンに、トライクが一台で向かってくるはずはないからだ。

まだ、一キロメートルほど距離があるようだ。

検知した付近を、ズームしてみる。

一台のトライクが、荒野を疾走していた。

操縦者は、カーキ色の日除けマントを被っている。

タンデムシートには、誰も乗せていない。


(様子を見るか)


手を振ってみせてきた。

警戒している様子は感じられない。

真っ直ぐに向かってくると、勢いよくブレーキを掛けた。

トライクを降りて、エンガインの足元に立つ。

マントのフードを後ろへ下げた。

セミロングの金髪が、風に揺れる。

ゴーグルを外すと、見上げてきた。


(若いな。二十歳くらいか……? それにしても)


綺麗だ。

一目で判断が付くほどである。

大きな目と、透き通った肌が印象的だ。

遠目で見ても、相当に整った顔立ちなのが分かる。

なので、疑念が生じた。


(一体、何をしに来たんだ……?)


ここは、荒野の真っ只中だ。

都市からも離れている。

余程の用事がなければ、わざわざ来ることはないはずだ。

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