第8話 広域通信ユニット

トラブルに巻き込まれては敵わない。

腹が満ちて、せっかく気分が落ち着いたところなのだ。

店の親父に旨かったと告げてから、エマシン溜りへ向かった。

アルエナ通りを離れてから、十五分ほどで辿り着く。

目に見えて、エマシンの数が減っていた。

二十体くらいしか、停まっていない。

そう言えば、何体かのエマシンとすれ違った。

午後の仕事に向かったのだろう。


(エンガインは、どこだ……?)


すぐに見つかった。

クラシックな外観をした巨人が片膝を突いている。

取り囲むようにして、三人の男たちがエンガインを見上げていた。

全員が三十代くらいで、一様に不景気な面構えをしている。

派手なだけの安っぽい身なりの連中だ。

ああいう下品な服装が、この辺りで流行ってでもいるのか?

まあ、分かりやすい見た目をしてくれているのは有難い。

気を遣うかどうかを、迷う必要がないからだ。

近づきながら、声を掛けてみる。


「俺のエマシンが、どうかしたのか?」

「背中の装備は、広域通信ユニットか?」


凄みのある声だ。

三人のうちで一番、人相が悪かった。

まともに取り合うような相手ではない。

あしらうことに決める。


「だとして、それがお前に何の関係がある?」

「売る気はないか?」

「ない」

「三千万ギット。即金で支払う」

「他を当たってくれ」

「三千三百万ギット。悪くないだろう?」

「金額の問題じゃない。エマシンを移動させる。離れてくれ」


手を振り払ってみせた。

男の視線が一層険しくなる。

明確な暴力の気配を伝えてきた。

狼狽えると、付け上がってくるのだろう。

付き合ってやる必要はない。


「自分のエマシン溜りで、追い剥ぎをするのか? 商売に差し障るんじゃないのか?」

「余計な心配だ。すぐに……」


男が眉を動かした。

俺の右腰辺りに、目を留めている。


「伊達が過ぎるんじゃないか?」

「そう思うのなら、そのまま立っていろ」


俺は歩みを止めない。

舌打ちした男が、脇へ避けた。

男の横を通り過ぎると、後ろから声を掛けてくる。


「この後は、どこへ行く?」

「お前たちが知る必要はない」


エンガインの脚に触れた。

陶器のような滑らかな手触りである。

思念伝達で、定型の指示を送った。

差し出させた手のひらへ載る。

巨大な指先を丸めさせると、その陰に身を隠した。

徐々に、地面が遠ざかっていく。

地上からは、まだ男たちが見上げていた。

不穏な表情をしている。

エンガインの首元へ降り立つと、解除コードを使って、ハッチを開ける。

真っ暗な操縦房に降りて、シートに身を預けた。

思念伝達で、待機モードを解除する。

周囲三百六十度の景色が映し出された。

改めて、日差しの眩しさを感じる。


(まだ、居たりはしないだろうな?)


足元を見る。

三人とも背を向けて、立ち去り始めていた。

一人が振り返って、光通信ユニットを物欲しそうに眺めてくる。

欲に塗れた暗い目をしていた。

相当に、未練があるらしい。

この場を早く離れた方が良さそうだ。

エマシン溜りを後にして、郊外へ向かう。


(さて、どこへ向かったものか……?)


行く当てはない。

だが、まずは通信衛星だ。

先ほど確認した衛星の位置に対して、通信を試みたい。

ただし、指向性通信の接続はシビアだ。

一発で繋がるとは思えない。


(どこかに、落ち着ける場所があればいいのだが……)


見晴るかす限り、どこまでも荒野が続いていた。

出鱈目に各所を、ズームしてみる。

かなり離れた位置になるが、所々に低い丘陵や狭い窪地があった。

多少は地形に起伏があるようだ。

もしかすれば、岩の裂け目や地面の陥没があるかも知れない。


(エンガインを隠せるだろうか?)


近づいてみるしかない。

さすがに、ここからでは分からないからだ。

いずれにせよ、何の当てもない。

行動するしかなかった。

スライトを使用した跳躍移動を開始する。

念のため、目標と定めた場所とは反対へ向かった。

十分ほど進み、針路を反転する。

転進した後は、スライトを使わない。

エンガインを徒歩で移動させた。

どれだけの効果があるのかは、分からない。

出来る用心をするのが、習慣となっているだけだ。

三十分ほどで、目的地に到達する。


(これなら、エンガインを隠せる)


地面の裂け目を、上から覗き込んだ。

二十メートルほどの深さがある。

エンガインを飛び降りさせる前に、周囲を用心深く索敵した。

ヴォーランデルの方角を、特に入念に観察する。


(……駄目だったか)


陽炎の立つ地平に、小さな影が四つ見えていた。

飛び跳ねるような仕草をしながら、影が大きさを増していく。

跳躍移動を繰り返して、エマシンが近づいてきているのだ。

この狭い丘陵は、よそ者が身を隠すのに、よく使われる場所だったのだろう。

ヴォーランデル周辺は一帯が、見渡す限りの荒野なのである。


(迂闊だった)


よく考えれば、予想できたことである。

だが、嘆いても仕方がない。

起きてしまったことには、対処をするしかないのだ。

エンガインの腰部には、ブラスト砲を懸架している。

巨大な右手に、銃把を掴ませた。

砲身が煤けていることに気づく。

大気圏へ突入した際に、摩擦熱で灼かれたせいだろう。

全体が熱によるダメージを負っている。

急いでセルフチェックを走らせた。


(正常。……とは言っても、本体が壊れているかも知れないんだ。当てにはできない)


四体のエマシンが迫っていた。

八キロメートルほどまで、距離が詰まっている。

いずれも跳躍移動を繰り返して、ほぼ真っ直ぐに向かってきていた。

訓練を受けたエマシン乗りの動きではない。


(挙動が迂闊すぎる。ただの賊だな。……エマシン溜りの奴らで間違いないだろう)


追い払おう。

不注意極まりない単純な跳躍パターンを、火器管制システムに覚えさせる。

エンガインにブラスト砲を構えさせて、トリガーを引かせた。

亜音速のプラズマ荷電粒子が一直線に飛んでいく。

スライトを作動させた瞬間のエマシンに着弾した。

腰の辺りを赤く変色させた次の瞬間に、下半身が融解する。

上半身だけになったエマシンが地面へ激突した。

二射目をしようとして、照準を合わせる。


(……これ以上は、無理か)


砲身が赤く灼けて、歪んでいた。

自己診断をさせるまでもない。

壊れたブラスト砲を、エンガインに放り捨てさせる。

盾の裏側に掛けていた柄を右手で掴ませた。

背中に留めた十枚のフィンブレードから、一枚を柄に差し込ませる。

エンガインに右腕を振るわせると、地面から乾いた土煙が舞った。

強い日差しに翳して、刃渡り五メートルの白刃を輝かせる。

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