第6話 少年
これから、見知らぬ街へ繰り出す。
用心はした方がいい。
念のため、護身用品であるブラスト剣を、ベルトに吊り下げた。
現在の形状は、三十センチほどの筒である。
携行するのに慣れた俺にとっては、さほど邪魔には感じない。
ただ、このままでは、もちろん役立たなかった。
真価を発揮するためには、思念伝達を用いて、筒の先端から八十センチほどのプラズマの刃を形成する。
折れることがなく、また重さのない刃だ。
自由に振り回すことが出来るので、俺の動体視力と体裁きを合わせれば、これ一本で、ある程度の相手からは十分に身を守れた。
なので、街中で遭遇するレベルの危険であれば、これ以外の護身用品は必要ない。
思念伝達で、天井のハッチをアンロックした。
内向きに開いた八十センチ四方の出入り口から、目も眩むような青空が覗く。
スニーカーの靴底でシートの肘掛けを踏んで、床から二メートルほどの高さにある出入り口の縁に、手を掛けた。
操縦房の外へ出た途端に、熱風が吹き付けてくる。
埃っぽい乾いた風に、思わず目を細めた。
俺が立っているのは、エンガインの喉に近い首元である。
足元にあるハッチを閉じて、ワンタイムパスワードで操縦房をロックした。
首元に近づけさせたエンガインの右手に載って、地面へ近づいていく。
地上で待っている少年が、袋の中から取り出した細いクオン・バングルを、左手に嵌めている。面倒そうな様子だった。
地表へ降り立って、近づいていく。
少年から見えるようにして、こちらの手首に嵌めたクオン・バングルに[2,200]を表示させる。
「二時間分。二千二百ギットだ。受け取ってくれ」
「あんまり、やったことないんだよね。これ同士を触れ合わせて……。うん。確かに、二千二百が加算された」
少年がクオン・バングルを外した。
心底、煩わしそうである。
装具をポケットに仕舞うと、エンガインを見上げて、物珍しそうな顔をした。
熱心に見つめたまま、前後や左右へ動いて、全体を観察している。
「このエマシンって、レアなの?」
「型が古いから現存している個体数は少ない。そういう意味では、希少性は高いな」
「ふうん。古いだけなんだ? 属性は? ……あっ、やっぱり言わないで。当てるから」
属性? 何のことだ?
……いや、どこかで同じようなことを、考えたことがあるんじゃないか?
記憶の片隅に、何かが引っかかった。
エンガインをしげしげと見つめて、少年が語り始める。
「色が白だから基本属性は氷。物理属性は刀が武器だから斬。ね? 合ってるでしょう?」
「……そうか。確かに、ゲームなら、その辺りが相場だな」
「やった! ……あれ? 正解じゃないの?」
俺の表情を見て、少年が首を傾げた。
しまった。
話に合わせて、表情を作っておけば良かった。
訊きたいことが、幾つもある。
だから、面倒だからといって、追い払うわけにはいかない。
少し話して、この話題は、早々に切り上げることにしよう。
「実際には、属性なんてものはない」
「嘘だ」
「嘘じゃない。皆、面倒だから、お前に話を合わせていただけだ」
「じゃあ、何? エマシンの強さって、何で決まるの?」
「エマシン乗りの技量で決まる。後は多少、……まあ、一割程度はブロム強度が関係するくらいだ」
「え? パラメータが、二つだけ? じゃあ、低い方は、どうやって勝てばいいの?」
「勝てない。大体の場合は」
「クソゲーじゃん」
「現実は、そんなものだ」
少年が、完全にしょげていた。
いつか知る現実だ。
今、俺が知らせたことを、責められる謂われはない。
……謂われはないが、もう少しだけ言葉を続けてみる。
「仮の話だ。例えば、エマシンに属性があったとする。相手は火で、自分は水だ。勝つためには、どうするんだ?」
「風属性のエマシンに乗り換える」
「じゃあ、お前は現場に、二騎のエマシンに持っていくんだな? どうやって持っていく? それに、そもそも乗り換える間、相手は待ってくれるのか?」
「……」
「これも仮の話だ。エマシンに好きな属性を付けられるとしよう。お前なら、何の属性を付ける?」
「火にする。好きだから」
「そうか。俺なら属性はつけない。わざわざ、弱点を作りたくないからだ。一方に強い代わりに、もう一方には弱いなんてのは、使いづらくてしょうがない。お前がエマシン乗りなら、見え見えの弱点があるエマシンに乗るか?」
「……乗らない」
「属性なんてのは、ゲームを面白くするために、……いや、集金するために作った設定だ。分かったな?」
「……」
「他に、エマシンについて訊いてみたいことはあるか?」
「ううん。……もういい」
おかしい。
理を説いてやったのに、少年の表情が優れない。
……まあ、いい。これ以上は、気にしても仕方がない。
訊いてみたいことはないと言ったんだ。
なら、俺の知りたいことを訊こう。
「チップは、いくら払えばいい? この辺りのことを教えてくれれば、少し弾んでもいい」
「……何が知りたいの?」
「ディンの情報端末は、持っているか?」
「逆に、持っていない人がいるのが、信じられないんだけど」
「五分間でいい。俺の言ったことを調べてくれないか?」
「いいけど? 何を調べればいいの?」
少年と、やりとりして幾つかのことが分かった。
この都市の名前は、ヴォーランデルである。
懸念したとおり、ディンの勢力下だった。
駐留しているエマシン部隊の規模までは、調べが及ばない。
人口は、およそ六十万人。
都市部の治安は、それなりに良い。
赴くことはないので、関係はなかったが。
スラム街の治安は、平均的だった。
傷害事件は日常茶飯事で、殺人事件が月に数十回は起っている。
先に参加した案件の結果について、調べてみた。
アフナ・ピラーへの襲撃は、小さく取り上げられている。
貨物船の奪取については、触れられていない。
ニコラス、またはオラヴィへの連絡が可能かを知るために、少年に質問をする。
「ゼルエン、ジーキル、デラトルレ、クセーニヤ、オーシンハ。この辺りで繋がるものはないか?」
「そんなメジャーなところが、繋がると思う? ここ、ディンの勢力下なんだけど」
「だからと言って、ここの住人はディンだけを、使っているわけじゃないんだろう?」
「当たり前じゃない。何? 情報端末は持っているんだ? 繋げるなら、教えるけど。今、使えるのだとオラスマーが、……あれ、駄目になっている。じゃあ……」
「そんなに取り締まりが、厳しいのか?」
「一つのキャリアは使えて、一ヶ月くらいって感じかな。……ソイニ、これはまだ使えるみたい」
「知らないキャリアには、繋がないことにしているんだ。一応訊くが、リィックのネットワークが使えるところはないか?」
「あるはずないでしょう? リィックの勢力圏は、サイラス洋を挟んだ向こうだけ。こっちの大陸は、完全にディンが押さえてるんだから」
呆れた顔をされる。
使えるキャリアが、ないことは分かった。
やはり、光通信ユニットを使って、通信衛星に割り込むしかない。
「通信衛星の位置を調べてくれ」
「そんなの、どうやって調べるの……?」
「今から言ったとおりにしてくれればいい」
「ねえ? それ、さっきから結構、面倒なんだけど。チップ、本当に弾んでくれるよね?」
「一万ギット。それでいいか?」
「先に言ってよ! 何でも調べるから!!」
少年が目を輝かせた。
やる気を漲らせた少年と、数分のやりとりを続けた。
やっとのことで、この位置から通信可能な衛星を、一つだけ見つけることに成功する。
他を探そうとして、少年へ声を掛けた。
「もう少しだけ付き合ってくれるか? あと四、五分だけでいい」
「……」
反応がない。
俺の背後を見て、怯えたように目を泳がせている。
「どうかしたのか?」
「ごめん。もう行かないと……」
振り返ると、十メートルほど先で、手招きをしている三十代くらいの男が目に付いた。
派手な色使いの服は、色あせて汚れている。
表情は暗く、目つきが死んでいた。
明らかに気質ではない。
ややこしい類いの人間だ。
関わると、碌な事が起きない。
この少年の元締めなのだろうか……?
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