第5話 目標

俺が、エマシン乗りになった理由。

単純だ。

他の職業に就く方法を知らなかっただけである。

十一歳になるまで、親父に連れられて、ナイン・ノード・クラスタを点々としていた。

うろ覚えだが、多分四十から五十回は、住処を変えていたように思う。

いつも、自分がどこにいるのか、分からないという状況が常だった。

何が理由なのかは、聞かされていない。

そもそも口数が、極端に少ない人だった。

俺が危ない行動を取ろうとしたときに、禁じる言葉を口にするくらいだった。

会話らしいものをした覚えが殆どない。

なので、親父がエマシン乗りだからといって、手ほどきをしてきたことや、まして薦めてきたことは一切なかった。

俺がエマシン乗りになる方法を習得したのは、親父の行動を通してである。

例えば、エマシン操縦士資格。

取得後、一年以内に更新するか、または上位の資格を取得しなければ、失効する。

だから、年のうち数ヶ月は、資格試験に取り組んでいた。

仕事の取り方も、同じである。

住処を変える回数よりは少なかったが、それでも数十回は、異なるエマシン事業社へ登録していた。

情報端末を使って、やりとりしている内容を耳にしているうちに、何となく仕事の取り方を知る。

エマシンに関する基本的な知識も、大体は同じようにして習得した。

なので、親父が姿を消した後は、就く方法を知っていたので、エマシン乗りとなったに過ぎない。


(まあ、だからと言って、危険の伴うエマシン乗りになる必要は、普通はない)


俺がエマシン乗りになった、もう一つの理由。

それは、出自にある。

母親のことは知らない。だが、親父は確実にクヴァントである。

外見上の特徴を隠蔽するために、定期的に服薬をし続けていたから、間違いはない。

クヴァントというのは、ナイン・ノード・クラスタへの定住が始まる前の過酷な時代を過ごした先人たちが、自らに手を加えた結果、顕現した特徴を有する人々を指す。

三千数百年という時間が経過した現在では、その特徴は薄まり、身体的および精神的な能力として発露することはなくなっていた。

ただし、遺伝子の一部に、残滓は確実に残っている。

このため、ディンの情報端末を契約する際に登録する生態情報から、必ずクヴァントであることが露見した。


(何故、俺たちが何世代も前の罪を、贖い続けれなければならない……?)


ディンの情報端末を契約したクヴァントには、最低でも一億ギットの負債が背負わされた。

これは、地下都市コクーンを破壊した代償だと、ディンは主張している。

だが、千年以上前の話だ。

真偽を知るものは、今となっては誰もいない。

ただ、記録の中に残っているだけだ。


(ディンが、ナイン・ノード・クラスタを牛耳る限り、俺たちの立場は変わらない)


ディンは、ナイン・ノード・クラスタの最大手の複合企業だ。

第二惑星アルホフで興り、第五惑星バルテルから第九惑星ハーデルにまで商圏を伸ばしている。

実質的な支配勢力と言っていい。その立場は二千年以上、揺らいでいない。

収益の基盤となっているのが、惑星間ネットワークキャリア「ディン」である。

ナイン・ノード・クラスタの、ほぼ全域をカバーする最大のキャリアだ。

そのためディンの情報端末は、殆どの地域で、身分証明書としての機能を果たす。

なので、これを持てないクヴァントは、社会的信用を得られないせいで、必然的に自営業を選択するしかなかった。

全てではなかったが概ねの場合、自営業は仕事に波があるので収入は安定せず、受注側に立つため立場が弱い。

その中にあって、エマシン乗りは、選り好みをしなければ仕事にあぶれることはなく、危険を顧みなければ高収入が得られた。


(四十代までに、最低でも五億ギットの資産を形成する)


現在の目標だった。

五億ギットほどの資産があれば、それなりの生活は出来るだろう。

そのためには、ここでエマシンを失うわけにはいかない。

なんとしても、ホラントやビュッサーの商圏であるリィックへ帰還する。


(途方に暮れている場合じゃない。とにかく、移動するしかないんだ)


気を引き締めるために、両手で頬を叩いた。

フットペダルに掛けた足を踏み込む寸前で止める。


(確か、惑星バルテルは三分の一が、ディンの勢力下のはずだ)


先ほどの騒動の後である。

スライトを使った跳躍移動をして目立つのは、避けた方がいいと判断する。

万が一、目を付けられて、エマシンを照合されると、面倒が生じるかも知れない。

ディンに反抗するエマシンなど、星の数ほどいるだろうが、念のためだ。

フットペダルを浅く踏み込み、エンガインを徒歩で前進させる。

身長八メートルの巨人が、広大な荒野を移動し始めた。

もちろん当てはない。海岸から離れるように進むのみである。

前進を続けて、二時間が経過した。

景色は代わり映えしない。


(……いや、何かがある)


人工物の集まりのようだ。都市のようにも見える。


(また、蜃気楼じゃないだろうな……?)


疑心暗鬼になっていた。

何度も、見間違えたせいである。

しかし今度こそ、違ったようだ。

近づいていっても、消える様子がない。

少しだけ高い丘陵に、確かに都市があった。

幅二キロメートルほどに及ぶ、分厚い外壁に囲われている。

外壁の周縁から三キロメートルほどの範囲には、スラム街が広がっているようだ。

この規模だと、都市の内と外を合わせれば、人口は数十万に及ぶだろう。

近づくにつれて都市の様子が、はっきりと見て取れてきた。

大型車両の出入りが多い。

スラム街の所々で、エマシンが土木作業に従事している。

おそらく、百体は下らない。


(これなら近づいても、不審には思われないか?)


スラム街の外周部分に、木枠に囲われた一角があった。

数十体のエマシンが膝をついて、停められている。

エマシン溜りとみて、間違いない。

まっすぐに歩いて行くと、粗末なトライクが近づいてきた。

ハンドルを握っているのは、十代前半くらいの痩せた少年である。

粗末なタンクトップとハーフパンツを身につけていた。むき出しの肌は褐色である。

こちらに近づいてくると併走して、右手を大きく振ってきた。

外部音声を使って、話しかけてみる。


「あそこに見えているのは、エマシン溜りか?」

「そうだよ! 利用料は、一時間千ギット。二十四時間まとめてなら、二万ギット」

「電子ギットは使えない。クオン・バングルで、支払いは出来るか?」

「え!? 何で、電子ギットが使えないの!?」

「支払いは出来るのか? それとも出来ないのか?」

「一割増しになるけど。それでもいい?」

「とりあえず、二時間。頼めるか?」

「後払いだと、また一割増しになるけど」

「構わない。案内してくれ」

「着いてきて」


正面を向いた少年が辺りに向かって、散るように手振りをした。

トライクに乗って近づいてこようとしていた、同じくらいの年かさの少年たちが離れていく。

客の取り合いをしているのだろう。

トライクの後について、木枠の内側に入った。

周囲には、五十体くらいのエマシンが膝を突いている。

いずれも無人のようだ。

トライクを停めた少年が、こちらを見上げてくる。


「そこで停めて」

「エマシンに膝を突かせる。離れていろ」


エンガインを膝立ちにさせた。

簡易宇宙服を脱ぎ捨てて、ジーンズとTシャツ姿になる。

スニーカーを履き、情報端末を入れたバックパックを背負った。

少し迷ったが、念のためブラスト剣をベルトに吊り下げる。

何があるか分からない。

用心をするに越したことはないだろう。

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