第3話 緋色のエマシン

当然のことだが、宇宙空間に足場はない。

だが、相手エマシンは、凄まじい踏み込みをしてきた。

腰を落とした姿勢で、七メートルを超える大剣を横凪にしてくる。

エンガインに盾を前へ出させて、防御の姿勢を取らせた。


(受け止めてやる)


想定通りだ。

損傷軽減率、約三割。

相手の斬撃は、七割の威力しか伝わってこない。

その程度では、エンガインの強固な盾は断てない。


(お返しだ)


盾を構えるのと同時に、右腕を大上段へ構えておいた。

フィンブレードを一閃する。

刃先が、相手の右肩へ食い込んでいった。

肩口から、すっぱりと右腕を削ぎ落とす。


(止め!)


エンガインに右手首を返させた。

コンパクトな挙動で翻るフィンブレード。

薄くて強靱な刃が、相手エマシンの首を刎ね飛ばす。

頭はエマシンの急所だ。

失えば機能を停止する。

相手エマシンが、ブロムを消失した。

発生していた力場が、ふっと消える。

足場を失ったエンガインが、再び無重力を漂う。


「うまく、助けてもらえよ!」


声を掛けたところで、どうなるものでもない。

討ち取ったエマシンの腹を、エンガインに蹴り飛ばさせる。

反作用を使う。

無重力を漂いながら、周囲を見回した。


(上か!)


目視より先に、気配を察知した。

頭上を振り仰ぐ。

速い!

流星のごとく凄まじい速度だ。

何だ、あの武器は?

冷たく輝いているのは、……穂先だ。


(まずい。あの速度と質量だと)


まともに食らえば、盾ごと刺し貫かれる。

損傷軽減率が、何パーセントであろうと無駄だ。

背筋が冷える。

すんでの所で、フットペダルから足を離した。

ブロムを消失するのは、愚の骨頂である。


(タイミングを合わせるしかない)


意識を集中した。

瞬時に、余計な情報が削ぎ落とされる。

没頭する。

大槍の穂先を打ち払うことだけに。


全力でフィンブレードを振り払わせた。

刹那、刃が穂先を打ち払う。

僅かに、槍の軌道を逸らせた。

すかさず、エンガインに身体を捻らせる。

相手エマシンが、勢いのまま、真下へ通り過ぎていく。

何とか躱しきったか。


くそっ。

見送る暇もない。

背後から、新たなエマシンの気配が伝わってきた。

エンガインを振り返らせつつ、フィンブレードを薙ぎ払わせる。

火花の飛び散る向こう側に、相手エマシンが居た。

刃先を合わせたまま、つばぜり合いの様相で、こちらへ肉薄してくる。


「賊がッ!! 共通協定を知らんとは、言わせんぞ!!」

「心配するな。そこまで無知じゃない」

「増援は、いつ、どこから来る? 正直に答えて、投降しろ!」

「百体ほど。地表方面から。五分後だ」

「嘘を吐くな! アフナ・ピラーは、ディンの勢力下だ。賊が地上から来るはずがあるかっ!」

「信じる信じないは、お前の好きにすればいい」

「貴様……ッ!」

「下手な時間稼ぎだな」


籠めさせていた力を、一気に抜いた。

相手エマシンが、つんのめってくる。

瞬時に、体を躱した。

相手エマシンと、エンガインの位置が入れ替わる。

真下から、絶叫が届いてきた。


「……ッ!? 間に合わん!!」


伸びてくる穂先。

相手エマシンが、真下から刺し貫かれた。

同士討である。

激しく衝突した二体のエマシンが、もつれ合った。

逃す手はない!

素早くフィンブレードを閃かせる。

二体のエマシンから、首が刎ね飛んだ。

これで残りは、二体のはずだ。


「……そんなことがないのは、分かっている」


希望は、すぐに打ち砕かれた。

新たなエマシンの気配だ。

アフナ・ピラーの周辺から、伝わってくる。

数は……。

二十体を超えていた。

だが、おかしい。


(こっちへ来る様子がない。どこへ行くつもりなんだ……)


先頭の一体から、気配がふっと消えた。

続く、残りのエマシンからも気配が消える。

スライトを作動させたのだ。

だが、こちらに来る気配がない。

奴らは、どこへ向かった……?


(……残してきた六体)


どこだ……?

気配を頼りに、方向を探る。

ブラスト砲の閃光が連続している宙域が目に入った。


(なるほど。あそこへ向かったのか。)


先行してきた残りの二体と、残してきた六体が、交戦しているのだろう。

そこへ新手の二十体が加わる。

あっという間に、六体は蹴散らされるだろう。

そうなると、二十二体を、俺一人で相手にしなくてはならなくなる。


(さすがに、多勢に無勢すぎる)


避けなければならない状況だ。

六体に、役立って貰うしかない。

通信の音量を元に戻した。

連携は期待できない。

上手く話す必要がある。


「そっちへ新手が向かっている。戦線を維持しようなどとは思うな。後退し続けろ。距離をとって、逃げ回れ」

「イリスさん!? 助けてください!! 相手が強すぎますッ!」

「相手も、お前たちに当てられていない。その二体は、たいした技量じゃない。今のままの対応でいい。ブラスト砲を撃ちまくって、近づけるな」

「分かりました。だから、早く助けに来てください!」

「俺は新手の数を減らす。目の前の相手は、自分たちでなんとかしてくれ」

「そんなッ!!」


通信の音量を最低まで絞った。

戦果は、挙げなくていい。

死なないよう、逃げ回ってくれ。

そうすれば、囮の役には立つ。


エンガインにフィンブレードを仕舞わせた。

懸架しておいたブラスト砲を右手に構えさせる。


(これは無傷のようだ)


先ほど頸を刎ねたエマシンから、無傷のブラスト砲を鹵獲した。

最新型だ。

左手に構えさせて、即座に自己診断を走らせた。

結果は正常である。

性能は、右手に構えているものと大差なかった。

二門のブラスト砲。

どう使う?

考えるまでもない。

両手に構えさせたブラスト砲を、閃光の瞬きが繰り返している宙域へ向けた。


(この動き。さっきから、何のつもりだ……?)


スライトを使用するタイミングが合っていた。

二十体を超えるエマシンの気配が一斉に、消えて現れるのを繰り返している。

何の意図がある……?

まあ、いい。

何にせよ、いい標的であることには変わりない。

纏めて狙いを付けてやる。


次に、エマシンの群れが現れる場所を予測した。

一カ所に現れた、複数の微光を捉える。

間髪を入れずに、指先のトリガーを半分だけ引いた。

火器管制システムに、マークさせるためだ。

十秒足らずの間に、全二十一体へのマーキングを終える。


「できるだけ多く、減ってくれ!」


願いを込めて、トリガーを引き絞った。

エンガインの構える二門の砲口が、連続して火を噴く。

一秒間隔で射出される光の束が、漆黒を突き進んでいく。

グループの最後尾の七体に直撃した。

身体が赤く灼けて、腕や脚が融解している。


(暁光だ!)


心の中で、快哉を叫んだ。

先頭の一体が、後ろへ振り返る。

全体へ何らかのハンドサインを送った。

指示を受けた十三体のエマシンは、若干まごついた様子をみせる。

戸惑うのは当然だ。

百年ほど前の教本に載っているような指揮を受けたのである。

愚直に、お互いとの距離を取って、三百六十度への索敵を始めた。

無能の指揮により、十四体のエマシンは格好の的となる。


もちろん、容赦はしない。

エンガインに構えさせている二門のブラスト砲を、怒濤の勢いで連射させる。

四つの爆発光が、暗闇に浮かび上がった。

手足を失った四体のエマシンが、閃光の中から流れ出してくる。

残り十体のエマシンは、慌ただしく全方位を見回し続けている。

さすが、ディンの飼い犬どもだ。

よく躾けられている。


「……まだ、いけるか?」


出来るだけ攪乱をしたい。

相手から見つけられる前に、可能な限り。

デブリの影から影へと移動をさせながら、エンガインにブラスト砲を射撃させ続ける。

必ずしも命中させる必要はない。

足止めをすることが、目的なのだ。


(さすがに、気づく奴も居るか)


数体のエマシンが、エンガインを目視したのかも知れない。

こちらへ向かってこようとする。

デブリの間を移動しつつ、距離を取ってみた。

先ほどまでエンガインが居た位置に向かい続けている。

相対距離が広がっていった。

勘は良くないらしい。

こいつらは、これでいい。


十七分が、経過した。

ここまでの状況は、思惑通りに進んでいる。

更に、三体を討ち取っていた。

だが、五体の新手が加わっている。

なので、残りは十四体だ。

残してきた味方の六体と、ブラスト砲を撃ち合っている。


(さすがに、疲弊が目立ってきたな)


味方の六体は、動きが単調だ。

元々が、そうなのだから、今はかなり酷い。

遠巻きから、ブラスト砲を撃っていただけだ。

それで、何故そこまで疲れられる?

理解が及ばない。

ただ、囮としての役割は十分に果たしてくれた。

もういいだろう。

繋いだままだった通信の音量を引き上げて、ライツへ話しかける。


「お前たちは下がっていい。貨物船の待つ宙域へ向かえ」

「イリスさんは!?」

「後、三分ここで持ち堪える。自動射撃モードにして、ブラスト砲を置いていけ」

「そんなことをしたって、当たりませんよ!」

「今までと何が違う? いいから、言われた通りにしろ」

「我々に、丸腰で立ち去れと言うんですか」

「白兵戦武器が残るだろう」

「しかし……」

「逃げていいと言っているんだ。不服があるのか? それとも何か? お前が、しんがりを務めてくれるのか?」

「……いいえ。離脱させてもらいます。ご武運を」


六体のエマシンから、ブロムの気配が消えた。

スライトを作動させたからである。

残された数門のブラスト砲が、あらぬ方向へ火線を伸ばしていた。

一射するごとに、射角が大幅にずれていく。

思ったより、火線の数が少ない。

奴ら、全部を置いていかなかったのか。


(後、三分。気づくなよ)


あと三分。

戦線が維持できればいい。

十四体への砲撃を開始した。

相手は、こちらを七体だと思い続けてくれるだろうか?

数のはったりが効くうちは、不用意に詰めてくることはないはずだ。

気づかないでいてくれ……。

砲撃で応戦してきた。

十四体は、距離を詰めてこない。

いいぞ。その調子だ。


間もなく、二時になる。

そろそろ、退却しても構わないだろう。

十三体の仕掛けてくる、砲撃のタイミングを見計らう。

砲撃の間隔と、射線を読み切った。


エンガインを反転させて、スライトを作動させた。

周囲の景色が飛ぶように、後ろへ流れていく。

背後から迫ってくる感覚がなかった。


逃げ去る強敵を追って、怪我をしたくはないのだろう。

さすが、優良企業の勤め人たちは判断が賢明だ。

反吐が出そうである。


(ライツたちは、どの辺りだ……?)


意識を前方へ向けた。

先に逃がした六体の気配を微かに感じる。

かなりの距離を空けているようだ。


……いや、もう一体、微かな気配がある。

六体の進む方向へ重なるように、遙か上方から、一体のエマシンが気配を近づけてきていた。

遅れてきた増援だろうか……?

通話を繋いだままのライツへ話しかける。


「聞こえるか? お前たちの上側、十二時の方向から、一体のエマシンが迫っている。念のため照会しろ」

「……何ですか? 雑音が酷くて。よく聞こえませんでした。もう一度、お願いします」

「エマシンが一体だけ迫っている。照会しろ……、ッ!?」


上方の暗闇で閃光が上がった。

凄まじい速度で下へ伸びていく火線が、六体と交わる。

強い爆発光が上がった。

最後尾の一体が融解している。

直撃を受けたのだろう。

完全に融けて、原型を留めていない。

ライツの声が聞こえてきた。

情けないほどに狼狽している。


「……どこからっ!? どこだ!!」

「スライトは使うな! ブロムを張ったまま、白兵戦の準備をしろ!!」

「でもっ! 怖くて!!」

「止めろ、動き回るな! ブラスト砲に食われる!!」


まずい。

更に、もう一本、火線が伸びていった。

暗闇の中に、二つ目の火球が出来上がる。

たった数秒で、二体のエマシンを融解させた。

突如、現れた相手は、かなりの手練れである。


(だが、俺を知覚はしていないようだ)


俺の方は違った。

相手が、二射をしたことで、はっきりと視認できていた。

一瞬の閃光に浮かび上がったのは、緋色のエマシンである。

どうする?

今なら、一人で逃げおおせるだろう。

いや、駄目だ。

あいつらは、最低限だが役には立った。

多少なりとも、俺に益をもたらしたのである。

見捨てるわけにはいかない。


エンガインにスライトを作動させた。

圧倒的な加速力により、相手エマシンとの距離が詰まっていく。

高速移動をするエンガインに、ブラスト砲を一斉射させた。

音速を超える荷電粒子が闇を切り裂いていく。

遙か先で、エマシンへ直撃する。


緋色の装甲が、闇に浮かび上がった。

だが、損傷は与えられていない。

相手は、ブロムを展開していたからだ。


(動じない。厄介そうな相手だ)


緋色のエマシンが、スライトを作動させる。

急激に加速すると、急迫してライツのエマシンを蹴りつけた。

その反作用を使って移動する。

今度はミルとニルスのエマシンが狙いだ。

立て続けに、蹴り飛ばした。

体勢を崩した三体が回転しながら、流れていく。

多分、上下感覚を失っているはずだ。

このままでは、まずい。


「スライトを使って減速するんだ! そのままだと、バルテルの引力に捕まる」

「どっちへ!? 方向が分かりません!!」

「もっと深く、エマシンと一体化するんだ。重力を知覚すれば離脱方向は分かる」

「そんなことをしたら、エマシンに溶けてしまいます!」

「迷信だ。……ちッ! 駄目だ。スライトは、もう使うな。そのまま、ブロムを張り続けていろ!」

「落ちる!? うわあぁあ!! バルテルがッ!? 大きい!? いつの間に!?」


間に合わなかった。

ライツたちのエマシンが、赤く焼け始めている。

大気との摩擦熱だ。

だが、ブロムを張っていれば、損傷することはない。


それよりもだ。

緋色のエマシンは、どこだ?


何の前触れもなく、脳天がしびれる。

咄嗟に、エンガインに半身を引かせた。

右手に構えさせていたブラスト砲が、切り裂かれている。

ブラスト砲の破裂する衝撃を利用して、後退させた。


爆発光の向こうから、白刃の光が伸びてくる。

反射的に、フィンブレードで打ち払わせた。

硬質な衝撃が、エンガインの腕に伝わってくる。

間髪を入れずに、斬撃が繰り返されてきた。

多彩なテクニックが織り交ぜられている。

弾くだけで精一杯だ。

完全に押されている。


「いい腕だ。少数で、仕掛けてくるだけはある」

「最初から見ていたような口ぶりだな」

「私の持ち場は、高軌道ステーションだからな。出てくるつもりはなかった」

「なぜ、今になって出てきた?」

「お前が、よく働いたからだ」

「点数稼ぎか。生え抜きの社員じゃないんだな」

「割り振られた仕事をするだけで高給が取れるのなら、出てきたりはしない」

「悪いが、お前の査定を好転させる材料になるつもりはない」

「いいや。十分、役に立ってくれるだろう」


緋色のエマシンが、鋭く前蹴りをしてきた。

思わず盾で受け止める。


(しまった……)


もう遅かった。

蹴り出された衝撃を、まともに受けてしまった。

エンガインが、バルテルの引力に捕まり始めている。

緋色のエマシンは、蹴った反動を使って離れていく。

ブラスト砲を連射してきた。

くそっ。

これでは、スライトは使えない。


「アルヴィン・シュトイデだ。投降した後に、地上部隊へしっかりと伝えてくれ」

「生憎と捕まるつもりはない」


地表へ目をやった。

巨大な渦巻く雲の集まりがある。

台風だ。

碧い海の一部を覆い隠すほどの大きさがある。

直径は数百キロメートルに及んでいるだろうか。

あそこへ落ちるしかない。

そうすれば、光学観測からは逃れられるはずだ。

視界が赤く灼け始める。


「くそッ……!」


思わず悪態を吐いてしまった。

ずさんな作戦。

未熟な部下。

何よりもたった一体のエマシンに、いいようにしてやられた自分。

湧き上がってきた他責、自責の怒りが胸の内を焦がす。


眼下が、真っ白い雲海に埋め尽くされた。

巨大な白い渦が、反時計回りに蠢いている。

一切の隙間がないので、地表の様子は見て取れない。


あの下は、大地なのか……?

それとも海洋だろうか?

もし、深海まで沈んだら、どうなるんだ。

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