第2話 顔がかわいいマリナちゃん

 残念なことに学生時代の私は極度のルッキズムに陥っていた。つまり、顔の可愛い女の子が好きだった。近所のコンビニで雑誌のグラビアを立ち読みするのが趣味で、顔がいいことがすべてに勝ると思っていた。この世の価値の一番上に「顔がいい(体が好み)」ということがあった。カッコの中は表面には出ていなかったのでセーフだと思っていた。


 今でも学生時代の友達に会ってなんでもない話をしているときに「でもいぬちゃんは面食いだからこれくらいじゃかわいいって思わないよね」とか言われて、そんな酷いこと言ってた? と愕然とする。


 で、高校時代に私の好みの顔と体型と喋り方と、なんかもう全部が好きな女の子が存在していた。私は人の名前が覚えられないので、その子の名前もずっと思い出せなくて、高校時代の友達にこの前聞いてみたのだけど「そんな人いた?」と言われた。


 いた。いたんだ。絶対にいたんだ。


 仮にマリナちゃんとしよう。マリナちゃんと私は同じクラスではなかった。部活も違ったし(たぶんマリナちゃんは帰宅部だった)仲のいい共通の友達、というのもいなかった。では何で繋がっていたかというと「私がマリナちゃんの顔(体型)が好みだった」ということだけだ。


 おーけー。整理しよう。まだ焦るときではない。イマジナリーかそうでないか、それは問題か? いいや、問題ではない。だって本当にいたんだもん!


 でも私はマリナちゃんとどういう風に知り合ったのかまったく覚えていない。記憶のはじまりではもう私とマリナちゃんは体育館の隅の方で並んで座っていて(他にも人がいたけれど)私がマリナちゃんに「かわいい。本当にかわいい!」と言うと、マリナちゃんは「知ってるー」と言って笑うのだった。


 私は自分のことを可愛いと知っている女の子がこの世で一番好きで、つまり、マリナちゃんは外見だけでなく、性格まで私の好みだったのだ。


 マリナちゃんはちょっと茶髪のショートカットのボブみたいな髪型で、色が白くてふくよかで、胸が大きくて、ちょっと萌え袖の白いセーターを着ていて、たぬき顔だった。それでよく私の腕を両手で抱えるようにしていた。


 そんなことがありうるのか? と今の私は思うが、でもあったんだ。いたんだ。マリナちゃんと私はたぶん体育とか、時々ある長めの全校集会の終わりにたまたま会ったとか、そういう所でしか関わりがなかった。だからみんな私たちが仲良しということを知らなかったのだ。


 私は、マリナちゃんが全校で一番かわいくて一番いい女の子なのに、意味のわからないサッカー部の女マネとかがモテている現状がゆるせなかった。もっとみんなにマリナちゃんの可愛さを称えてもらいたかった。でもそうじゃないので、せめて私だけは会った時に「かわいい。この世でいちばんかわいいと思う」と言い続けた。


 やっぱりルッキズムに陥っていたのだ。かわいいということが、彼女にとっての価値であったかどうか、今ではとても疑問。


 でも一度「今の彼氏と別れたら付き合ってあげる」と言われたことがある。私はそれを本気にしてなかったが、本当に嬉しかった。なにより嬉しかったのは、マリナちゃんも本気でそう思っていないということがわかったからだ。


 可愛い! 知ってるー。


 私たちの関係はそれ以上でもそれ以下でもなく、だからとても心地がよかった。私は高校一年の冬に精神を病んで獣になってしまたったが、それでもマリナちゃんはかわいかったし、かわいいというと、知ってるー、と答えてくれて、すこし体温を分けてくれた。


 名前が思い出せないけれど、私の好きな女の子のことを考えるとき、いつも最初に思いつくのはマリナちゃんだ。ただ残念なのは、卒業アルバムを端から見ていっても、今の私にはどれがマリナちゃんなのかわからないことだ。


 でも本当にいたんだよ。

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