第3話 クーデレ同い年先輩の小牧さん

 どんな女の子が好みなんですか? と聞かれたときにどの程度正直に答えるのか、あるいはどの側面からの好みを言えばいいのかちょっと逡巡することがあるじゃないですか。


 好みといっても色々ありますので、ビジュアルなのか性格なのか総合的なあれなのか肉体なのか、ままありますが、それら全部をすっとばして私は基本的に自分のことを可愛いと知っている女の子が好きです。


 そのことを圧倒的に自覚させてくれたのが、おしゃれイタリアンでバイトしていた時代に出会ったバイト先の先輩である小牧さんであります。


 小牧さんは背が小さくて、私が大きいということもありますが隣に立つと体感で胸くらいまでしかなくて、ショートカットのボブで犬系か猫系かと聞かれたらリス系の女の子でした。


 当時私はおそらく22、23歳くらいで、各種トランキライザーを飲み散らかして眠りながらバイトに行ってはクビになっていた時代なのですが、小牧さんはその時点で三年くらいそのバイト先にいた結構な先輩でして、バイト生の、特に飲食系バイト生のどれだけ年下でも歴が長かったら絶対服従! みたいな風習を私も骨の髄まで浴びておりましたので、もちろん小牧さんには絶対服従しておりました。


 小牧さんはあまり喋らず基本的に無表情で、もくもくと仕事をこなす人で、初日には私も怖い人なのかもしれない、とビクビクしていたのを覚えています。


 でも私がビールの入れ方やらお皿の下げ方を教わって実践して小牧さんの隣まで帰ってくると、無表情のまま小さく「できた」と言ってくれるのでもう好きでした。


 あと閉店後のストックの数え方を教わったとき、座席を持ち上げて下に入っているオリーブオイルの数を数えるんだ、今日は1本出しだから4本ここにあるのだ、と表を見ながら言った小牧さんが座席を持ち上げると、そこにオリーブオイルが3本しかなく、私を見て「ない」と言い、もう一度オリーブオイルを見て「だれだ」と言い、また私を見返して「私か?」と言ってからちいさく首を振って「いいや私じゃない」というその言い方がかわいくてもう帰るころには大好きでした。


 後々にタメだと発覚してからも、私は小牧さんには一生敬語を使っており、舎弟のように暮らしていました。で、そのバイト先には休憩室がなく、ほぼ外の一畳半くらしかない謎のスペースでビールケースの椅子に座ってまかないを食べるのですが、ときどき小牧さんと一緒になるのがとっても至福でした。


 ある日、小牧さんに少し遅れて休憩に入ると、今日のまかない担当は誰だ、と小牧さんが非常に不服そうな顔をして聞くので「(かわいい!)」と思いつつ「中村くんです」と新人の名前を伝えると「中村~~~」と小牧さんは嫌そうに眉をしかめました。


 私が「(かわいい~)」と思って見ていると、小牧さんはぱっと私の顔を見て、私の皿を見て、なにも言わず自分の皿のにんじんを私の皿に移しはじめました。「(え、かわいい!)」と思いながら「にんじん嫌いなんですか」と聞くと「これは馬の食べもの」とだけ言い、最後の一欠片までにんじんを私に寄越してくれるということがありました。私が「馬なんで食べます!(かわいい!)」というと、小牧さんは満足そうに、ふふん、と鼻で笑うのでした。


 私はその笑い方がとても好きで、そうしてそのうちごく自然と口から「か、かわいい~~」と出るようになり、一方の小牧さんも徐々に私の性癖に慣れてきて、私が小牧さんの可愛さに免じて大体何でもすることに対して、満足そうにしておりました。


 一番思い出深いのは、雪かなんかが降っていて、お客さんが全然来ず、史上稀に見る暇を二人で持て余していたとき、小牧さんがテーブルに残っていたという小さな猫のフィギュアを私に見せびらかしに来て、それをコーヒーメーカーの上にぴょーんと手で飛ばしながら「にゃーん」と言うものだから、普段ホールでは大人しくしている私も気が狂って「か、かわいい!!」と割と大声で言ってしまったのですが、そのときの小牧さんはいつも以上に満足そうに鼻で笑って、ただひと言「ちょろ」とだけ言って猫と共に勝手に休憩に行ってしまったのでした。


 最終的に小牧さんは何かというと「私、かわいいから」と言うようになり、私がそれにうろたえて「はい!かわいいです!」と答えるやり取りが常態化するに至りました。


 そんなこんなで、私は小牧さんのお陰で、自分のことをかわいいと思って行動している子が好みなんだな、と強く再認識したのでありました。やっぱり女の子には自分が一番可愛いって思っていてほしいよな!

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