最終章「ザマァは未来を変える? ざまぁ!」⑵
「それから、もう一つ……ヨシタケには褒美がある」
「まだあんのかよ」
「正確に言えば、これは勇者ヨシタケにではなく、転生者ヨシタケに対する詫びの品じゃ」
ザーマァ王が手を叩くと「ほいほーい」と、どこからともなくザマァーリンが姿を現した。
「ザマァーリン?! 旅に出たんじゃなかったのか?!」
「出たよ? 君達が王都に戻るまでの間だけだけどね。そして、今度は君が旅に出る番だ」
ザマァーリンはホウキを杖に変え、振る。
床を覆っていた絨毯がめくれ、ショッキングピンク色のインクで描かれた魔法陣が現れた。
「君、前世で突然死んだだろ? あれは、君をこの世界へ派遣するために女神が仕組んだ死でね。本来であれば、あの程度じゃ死なない予定だったんだ」
だから、とザマァーリンはウィンクした。
「勇者として、転生者として、頑張ってくれた君に、女神からご褒美だ。もう一度、前世と同じ世界へ転生させてあげよう。最初からが嫌なら、好きな時間軸への転移でも構わない。気に入ればそのままいてもいいし、この世界に戻って来てもいい。君が喜んでくれることが、私と女神の願いだからね」
「俺が、前世に……?」
「そうだよ。前世でやり残したこととか、どうしても叶えたい望みとかはないかい?」
「……」
ヨシタケは真っ先に、エリとランスのことを思い出した。
かつての幼馴染と、その婚約者。顔こそエリザマスとザマスロットに似ているが、心は二人とは真逆の極悪カップル……ヨシタケの彼らに対する恨みは深く、こちらの世界に転生してからも、ヒマさえあれば復讐プランを脳内でシミュレーションしていた。
「前世の人間だから」と半ばあきらめていたが、それを実行できるなんて、またとないチャンスだ。
ザマァーリンの問いかけに、ヨシタケはうなずいた。
「……ある。俺を、俺が死ぬ一年前に転移させてくれ」
「なぁ、ヨシタケ。本当に帰ってくるんだよな?」
魔法陣の上に立ったヨシタケを、仲間達は魔法陣の外から不安そうに見守る。
ヨシタケは「当たり前だろ」と笑った。
「俺の居場所はここにしかないんだ、必ず戻ってくる。待ってる間、ヒマだろ? ノストラの好きな相手が誰なのか聞き出しといてくれ」
「はぁ? 答えるわけないじゃん。知りたいなら、自力で僕から聞き出しなよ」
「相変わらず、手厳しいなぁ」
むくれるノストラの頭を、ヨシタケはうりうりとなで回す。
いつもなら「子供扱いしないでよ!」と怒るノストラが、今日は大人しくなでられていた。
「じゃあ、行ってくる! お土産にラノベ持って帰ってくるからな!」
「あぁ。楽しみにしているぞ」
「いってらっしゃい」
「無事に帰って来いよ」
「戻って来なかったら、ヨシタケの黒歴史を全世界にバラすからね」
ザマァーリンが呪文を唱える。
魔法陣はショッキングピンク色に輝き、ヨシタケを包み込む。そのまま光に取り込まれ、ヨシタケはこの異世界から姿を消した。
ヨシタケの出発をもって、報告会議も終了した。次の集合はヨシタケの帰還後で、王になるためのもろもろの手続きや儀式を執り行う予定になっている。
王や臣下、エリザマスが、一旦部屋を出て行く中、ヨシタケの仲間達はその場に留まった。使用人に椅子を用意してもらい、座って待つ。
ザマァーリンはヨシタケの様子を直接見守るため、彼の後を追って異世界へ飛んだ。
「……あいつ、本当に帰ってくると思うか?」
ザマビリーがボソッとつぶやく。
実際に一年待つわけではない。タイムパラドックスを防ぐため、出発から五分ほど時間をズラして戻ってくるらしい。
逆に言えば、ヨシタケが戻って来るか来ないかは、すぐに分かることだった。
「帰ってくるわけないよ。ラノベとかドージンシとか、前世の文化に未練タラタラだったし。だいたい帰ってきたって、なりたくもない王様にさせられて、好きでもない相手と結婚させられるんだよ? そんなの、僕だったら耐えられないね」
ノストラは魔法陣を見つめ、吐き捨てるように答える。ザマビリーも「だよなー」と納得した。
ダザドラはヨシタケの帰りを信じているらしく、「待つしかなかろう」と目を細めた。
「ヨシタケ本人が"戻る"と言ったのだ。信じるほかあるまい? で、ノストラの好きな相手というのは誰だ?」
「……律儀にきかないでよ。それに僕より、ザマルタの好きな相手を探るほうが面白いと思うよ」
ノストラは不安そうに祈っているザマルタを見て、ニヤニヤと笑う。
ザマルタは見られているのに気づくと、顔を真っ赤にした。
「な、何ですか?! 私、恋なんてしていませんよ?!」
「でもザマルタの宗派って、恋愛も結婚もアリだったよね?」
「そうですけど、私がしたいと思ってるかどうかは別じゃないですかぁ!」
「へぇー?」
「ほーぅ?」
ダザドラとザマビリーも何かを察し、ニヤつく。
ザマルタは彼らを無視し、祈りに戻った。
(ヨシタケさん……どうか、帰ってきてください。私、貴方がエリザマス様とご結婚される前に、どうしてもお伝えしたいことがあるんです)
ヨシタケは望み通り、死ぬ一年前の前世に転移した。並行世界の過去なので、何をしても今のヨシタケに影響はないらしい。
転移して早々、懐かしい風景、懐かしい食べ物、懐かしいラノベに触れ、ほんの一瞬「このままいたい」と思ってしまった。
「……ま、全部終わったら帰るけどな。とりあえず、ラーメン食いに行こ」
ヨシタケはまず、転生した異世界での出来事をラノベとして執筆し、ラノベの賞に応募した。
空想とは思えないリアルさが受けたのか、大賞を受賞した。一年遊んで暮らせるだけの賞金と、ラノベ作家デビューが確約された。
「第一ミッション、突破! はい、次!」
ヨシタケは賞金を使い、エリとランスについて徹底的に調べるよう、探偵に依頼した。
その結果、エリがラノベを極端に嫌っている理由も、ランスの正体も、今まで抱えていた疑問は全て明らかになった。
「第二ミッション、突破! はいはい、次!」
転移してから一年待ち、ヨシタケは前世で死んだ歩道へやって来た。じきに、エリとランスが来るはずだ。
同じハプニングに逢いたくないので、実際に二人と会った場所よりも、先の道で待った。過去のヨシタケは、ヨシタケがこの世界にいる間は消えている。鉢合わせる心配はない。
「あれ? ヨシタケ君?」
「エリ! 久しぶりだな!」
自分で書いたラノベを読みながら待っていると、エリが声をかけてきた。隣にはランスもいる。
ヨシタケは何も知らないフリを装い、「そいつは?」とランスについて尋ねた。
「フッ、俺は……」
「あ、もしかしてエリの彼氏?! へぇー、イケメンじゃん! イギリスかどっかのハーフ? どこで知り合ったんだよ? 大学のサークルとか、同じ会社とか? お似合いじゃーん! もう婚約してたりするんじゃないの? そうそう、自己紹介がまだだったな! 俺はエリの幼馴染のヨシタケだ! よろしく!」
「……あ、あぁ。俺は泉谷ランスだ。よろしく……」
得意げに自己紹介を始めようとしたランスをさえぎり、早口でまくし立てる。
ランスは言いたいことを全て言われてしまい、自分の名前の他には何も言えなくなってしまった。
「ところでヨシタケ君、何読んでるの?」
「あぁ、これ?」
ヨシタケは何でもないふうに、平然と答えた。
「俺が書いたラノベだけど?」
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