第8章「魔王城へ、ざまぁ!」⑶

 翌日、ヨシタケ達はダザドラに乗って、魔王城へとやって来た。


「すっげぇ真っ黒だなー」

「夏になったら、壁で肉が焼けそうじゃね?」

「こうデカいと、焼ける肉の量も尋常ではないだろうなぁ。ジュルリ」

「まだ食べる気? 昨日、大食い大会で散々食べたくせに」

「エリザマス姫、無事だといいですね……」


 あまりの黒さに、会話の大半が焼肉色に染まる中、彼らが城の前に立つと、門が勝手に開いた。

 門の前には番兵らしきモンスターはいない。また、門が開いた途端、中から敵が押し寄せてくるということもなかった。


「うぉっ?! 自動ドアか?!」

「魔法に決まってるでしょ。いちいち驚かないでよ」

「こんな真正面から入って、大丈夫なんでしょうか?」

「罠かもしれんな」

「でも、他に入口無くね? せっかく開いたんだし、入ろうぜ」


 ヨシタケ達は門をくぐり、城のエントランスへと入った。

 城のエントランスも外壁同様、隅から隅まで真っ黒だった。


「中も真っ黒だな!」

「蝋燭の火まで黒いって、徹底してんなー。ザマンの趣味か?」


 ヨシタケ達が呑気にエントランスを観光する横で、ノストラだけは壁際に散らばっている大量の氷の粒を訝しげに睨んでいた。


「……この氷の粒、自然のものじゃない。誰かが魔法で生み出したものだ」


 ダザドラも氷の臭いを嗅ぎ、顔をしかめる。


「人間の臭いがする。元は人間だったようだな。さしずめ、ザマンを倒しに来た身の程知らず者達の成れの果て、といったところか」


 その時、階段の上からパチパチと拍手が聞こえてきた。


「さすがの嗅覚だな……ダークザーマァドラゴン。ノストラ=ザマムスの洞察力も賞賛に値する」

「誰だ?!」


 ヨシタケ達は階段を見上げる。

 そこにいたのは、漆黒の鎧をまとったザマスロットだった。腰にはザマンから譲り受けたザマァロンダイトを提げている。

 ザマスロットはヨシタケ達を冷たく見下ろし、不気味な薄ら笑いを浮かべていた。


「ザマスロット?!」

「生きてたのか、お前?!」

「あんなすごい勢いで吹っ飛ばされてたのに?!」

「吹っ飛ばされた先に巨大スライムでもいたのか?!」


 死んだとばかり思っていたザマスロットの登場に、ヨシタケ達は驚きを隠せない。

 ザマスロットは「そんなに俺が生きているのが意外か?」と笑った。


「ある人に助けてもらったんだよ。そして……真実を知った。エリザマスがお前達を倒し、俺と共に生きたいと願っているとな」


 ザマスロットはザマァロンダイトを抜き、ヨシタケ達に切先を向けた。


「……っ?!」


 鈍く光る漆黒の刃を前に、ヨシタケは言い知れぬ恐怖を感じた。

 今まで散々、ザマスロットやモンスターから刃を向けられてきたというのに、初めて剣を向けられた時のような感覚がした。


「あの剣、何だ?! なんかよく分かんねぇけど、すっげぇ怖い!」

「強い闇の力を感じます! ノストラ君、あの剣をご存知ですか?!」

「……よく知ってるよ」


 仲間達も恐怖で固まる。

 唯一、剣の正体を知っているノストラは、青ざめながらも説明した。


「魔法学校にかよってた頃、歴史の教科書に写真つきで載ってた。あれは魔王ザマンが使っていた闇の剣、ザマァロンダイトだ。闇の〈ザマァ〉の威力を何倍にも膨れ上がらせる代わりに、使い手の心をむしばむ、呪いの剣だよ。ザマンが封印された後、行方不明になっていたはずだけど……よりにもよって、ザマスロットの手に渡っていたなんて」

「で、でも、エクスザマリバーがあればなんとかなるんだろ? あらゆる闇の〈ザマァ〉を浄化できるんだから!」

「どうだろうね? 先代の勇者はザマンがザマァロンダイトから手を離した隙に封印を施したらしいし、簡単には行かないんじゃない? 僕らが倒れるのが先か、ザマスロットが息絶えるのが先か……」


 ヨシタケの中で、エクスザマリバーに対する絶対的な信頼が揺らぐ。

 それでもやるしかなかった。ザマスロットを破り、ザマンを倒し、世界に平和をもたらすために……。


「これが最後の戦いだ……みんな、行くぞォォォーッ!」

「おぉッ!」


 ヨシタケ達は各々武器を構え、ザマスロットに襲いかかった。


「来い! 全員さらし首にして、俺とエリザマスの結婚式の飾りにしてくれるわ! 〈ザマァ〉!」


 ザマスロットもザマァロンダイトを振るい、ヨシタケ達に向かって漆黒の斬撃を放つ。


「飾りになるのはお前だ、ザマスロット! 〈ザマァ〉!」


 ヨシタケもエクスザマリバーで応戦し、光の斬撃を放つ。

 闇の〈ザマァ〉はエクスザマリバーの斬撃によって打ち砕かれ、相殺された。


「くッ、まだだ……まだ俺の闇はこんなものではないぞォォォッ!」


 ザマスロットはより力を求め、負の感情高める。

 怒り、憎悪、羨望、嫉妬、後悔……それらの感情を吸収し、ザマァロンダイトはさらに漆黒に輝く。引き換えに、ザマスロットの体からは徐々に生気が失われていった。


「やめろ! それ以上力を求めたら、お前の身がもたないぞ!」


 ヨシタケは忠告するが、


「黙れ! こうするしか、俺達が幸せになる方法はないんだ!」


 と、ザマスロットは話に耳を貸すことなく、剣を振り上げた。


「まずい……! 総員退避!」

「ダメだ、間に合わない!」


 城門の鍵はかけられ、開かない。

 他に逃げられる場所も、身を隠す物陰もなかった。


「無様に死ねェッ! 〈ザマァァァァ〉ッ!」


 ザマスロットは何も出来ないヨシタケ達に向かって、特大の闇の〈ザマァ〉を放った。

 斬撃はエントランスごと、ヨシタケ達を切り裂く。エクスザマリバーでは到底、太刀打ちできなかった。


「くそォォォッ!」


 ヨシタケはエクスザマリバーを構えたまま、意識を失う。

 直前に、目の前でエクスザマリバーが粉々に砕ける様を見た。





「ぐ……っ」


 気がつくと、ヨシタケは崩壊寸前のエントランスに倒れていた。

 見れば、粉々に砕けたエクスザマリバーが弱々しく光を放っている。最後の力を振り絞って、ヨシタケの命を守ったらしい。

 だが、守り切れたのはヨシタケだけで、周囲には息絶えた仲間達の残骸が転がっていた。闇の斬撃を放ったザマスロットも満身創痍ではあったが、立膝をつき、肩で息をしていた。


「なんでだよ……俺だけ生き残ったってしょうがないじゃんかよ……! ちくしょう……!」


 ヨシタケは床に拳を叩きつける。

 悔しむ彼に、ザマスロットは満足そうに笑みを浮かべた。


「やった……やったぞ……! ついに、ヨシタケを……! これで王国もエリザマスも俺のものだ!」

「はい、ごくろーさまでしたっ」


 直後、ザマスロットの背後にザモーガンが降り立った。


「いいように使われていることも知らずに粋がっちゃって、滑稽こっけいだこと。〈ザマァ〉☆」

「……は?」


 ザモーガンはザマスロットの背に杖を突きつけ、唱える。

 ザマスロットがザモーガンを振り返った時には、杖から黒い光線が放たれ、ザマスロットの心臓を貫いていた。


「ザモーガン……貴様……何を……?」


 ザマスロットは何が起こったのか分からないまま血を吐き、倒れる。

 ザマァロンダイトを離し、階段を転げ落ちる。そのままヨシタケの目の前まで転がってきた。


「ザマスロット!」


 ヨシタケはザマスロットを助け起こし、呼びかける。

 傷口を押さえようとすると「触れるな」とザマスロットに手で制された。


「触れれば、呪いが移る。闇の〈ザマァ〉による攻撃は、簡単には癒えない……お前だけでも逃げろ」

「ふざけんな! お前にはきっちり罪を償ってもらわなくちゃならねぇんだ……それまで死なれてたまるか!」


 ヨシタケはエクスザマリバーの破片をザマスロットの傷口にかざし、闇の〈ザマァ〉を中和しようと試みる。

 破片はみるみるうちに黒ずみ、使い物にならなくなる。それでもヨシタケは諦めず、新たな破片を傷口にかざした。

 自らの命を救おうとする宿敵に、ザマスロットは「愚かな男だ」と力なく笑った。


「こんな愚かな男に、王国とエリザマスを託すことになろうとはな……」


 そのままザマスロットは目を閉じ、息絶えた。


「おい起きろ! うちの仲間殺しといて、何様のつもりなんだよ! 勝手に託すな!」


 ヨシタケはザマスロットを起こそうと、体を揺さぶる。

 しかしザマスロットは二度と目覚めなかった。

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