第8章「魔王城へ、ざまぁ!」⑵

 魔王城は荒野の真ん中にポツンと建っていた。周囲に番兵の姿はない。

 ザマスロットとザモーガンが門の前に立つと、門がひとりでに開いた。二人が中へ入ると、勝手に閉じた。


「ザマン様、ザマスロットを連れて参りました」


 城の中は黒に染まっていた。

 エントランスの壁や床、入ってすぐ正面に伸びる大きな階段に至るまで、何もかもが真っ黒だった。あちこちに灯っている蝋燭の火すら、黒い。

 壁際には、ザマンに戦いを挑みにきたと思われる冒険者達が恐怖の形相を浮かべ、氷漬けにされている。何がしかの呪いがかけられているのか一向に溶ける様子はなく、彫刻のごとく飾られていた。


「……よくぞ参ったな、ザマスロットよ。まさかエクスザマリバーの湖からこんな辺境まで飛ばされるとは、災難であったな」


 ザマンと思われる、威厳のある男性の声が城内に響く。労られているはずなのに冷たく、威圧感を感じるような声色だった。

 ザマスロットも恐怖で背筋がゾワリとしながらも、口を開いた。


「エリザマスに会わせてくれ。彼女に聞きたいことがある」

「いいだろう。その代わり、儂の頼みも聞いてもらうぞ。よいな?」


 ザマスロットは頷いた。


「……エリザマスと会えるのなら、俺はどうなったって構わない」

「交渉成立だな。ザモーガン、姫を連れて来い」

「承知致しました」


 ザモーガンは闇に紛れ、退席する。

 やがて十秒にも満たない速さで、エリザマス姫を連れて戻ってきた。


「ザマスロット!」

「エリザマス!」


 エリザマスは涙ながらにザマスロットへ抱きついた。拐われた日と同じ、ピンク色のドレスをまとっていた。

 ザマスロットもエリザマスを強く抱き留め、しばらく離さなかった。


「怪我はないか?」

「平気。"人質として価値がある間は、生かしておく必要がある"って、何不自由のない生活を送らせてもらっていたの。城にいた頃の方が自由がなかったくらいよ」

「そうか……それなら良かった」


 ザマスロットはエリザマスの無事を確認し、ひとまず安堵した。本音を言えばこのまま連れて帰りたいくらいだったが、そうも行かない。

 仕方なく、エリザマスに例の件について確かめた。


「ザモーガンから聞いたよ。君は、会ったこともない勇者に助けられたくないと思っているそうだね。それは本当かい?」


 エリザマスは頷いた。


「本当よ。だって、私はザマスロットと結ばれたいんですもの。万が一にも勇者が魔王を倒してしまったら、どこの馬の骨とも分からない平民と結婚させられてしまうわ。そんなの、絶対に嫌!」


 さらにエリザマスはすがるような目で、ザマスロットに懇願した。


「ねぇ、ザマスロット。貴方が勇者を倒してくれない? そうすれば、この国は魔王様のものになって、今までの法律なんか全部なかったことになるわ。私達、結ばれるのよ!」


 ザマスロットにとって、願ってもない頼みだった。

 憎っくきヨシタケを倒し、無能な王から国を奪い、愛しのエリザマスを手に入れられる……一度は諦めていた野望が、今再び叶えられようとしていた。


「いいのか? 俺がエリザマスをモノにして」


 念のためザマンに確認すると、彼は「構わん」と頷いた。


「儂は人質が欲しくて、そやつを連れ去っただけだ。お前達が望むのなら、国を上げて盛大に祝福してやろう。欲しいものは何でもくれてやる。国を動かしたいと望むのなら、王の座すらも譲ろう。儂は王国に復讐できれば、それでいい」

「……言ったな? その言葉、覚えておけよ」


 ザマスロットはニヤリと笑み、ザマンに言質を取った。

 ザマンも鼻で笑い、「二言はない」と断言した。


「その前に、エリザマスに会わせた代償を払ってもらうぞ」


 その時、階段の前にある床の一角がせり上がり、一振りの剣を載せた台が現れた。

 近づいてよく見ると、柄も鞘も真っ黒で、見る者を恐れさせるような禍々しいオーラを放っていた。


「何なんだ、この剣は……?!」


 ザマスロットも剣を目にした途端、悪寒がした。

 と同時に妙な魅力を感じ、目が離せなくなった。気がつくと剣を手に取り、鞘から抜いていた。剣は刃すら黒く、鈍く光を反射していた。


「それは闇の剣、ザマァロンダイト。闇の〈ザマァ〉の威力を何倍にも膨れ上がらせる、伝説の剣だ。お前にはその剣を使って、勇者ヨシタケと戦って欲しい」

「なぜ、この剣を俺に? 貴様はヨシタケとは戦わないのか?」

「使える駒があるなら、使う。それだけだ。それに、勇者ヨシタケはエクスザマリバーを持っている……アレに対抗するには、アレよりも強い闇の力でなければ太刀打ちできまい」

「……そうか」


 ザマスロットは壁際に並んでいる氷漬けの冒険者達に向かってザマァロンダイトを振るい、「二度と帰れなくなって、〈ザマァ〉」と、闇の〈ザマァ〉を放った。

 すると刃から漆黒の斬撃が飛び、氷漬けの冒険者達を真っ二つに切り裂いた。冒険者達は悲鳴を上げることもなくバラバラに砕け、息絶えた。


「お見事!」

「ほう……もう使いこなしたか」


 見事な手さばきに、ザモーガンとザマンは驚嘆する。

 心優しい性格のはずのエリザマスも「すごいわ、ザマスロット!」と手を叩き、彼を褒め称えた。


「……良い切れ味だ。ありがたく使わせてもらおう」


 ザマスロットはすっかりザマァロンダイトを気に入った様子で、漆黒の刃に見入った。

 常に何かを攻撃せずにはいられず、他の氷漬けになった冒険者達も次々に仕留めていった。


「ははははッ! 死ねッ! 死んでしまえッ! 呆気なく氷漬けになった、愚民共め! 誰にも知られることなく、死んでいけ! 〈ザマァ〉!」

「じきに勇者達が来る。頼んだぞ、ザマスロット」


 ザマンが退席した後も、ザマスロットは暴れ続けた。全ての冒険者達を殺し終えると、その亡き骸をさらに砕き、笑っていた。

 彼は完全に闇の力に飲まれ、狂っていた。


「もうすぐだぞ、エリザマス! もうすぐ俺達は結ばれるんだ!」

「えぇ! 楽しみね、ザマスロット! ウェディングドレスは黒色にしようかしら?」


 エリザマスは既に結婚式のことで頭がいっぱいのようで、ザマスロットが狂っていくのも気づかず、うっとりとしていた。

 ザモーガンも満足の行く展開になり、ニヤニヤと笑いながらエントランスからどこかへ転移していった。




 ザモーガンが移動した先は、薄暗い独房だった。鉄格子に囲まれ、薄汚れたベッドとトイレだけが置かれている。

 その中には、エントランスにいるはずのエリザマスが閉じ込められていた。やつれてこそいるが、目には強い光が宿っている。実は彼女こそが、本物のエリザマスだった。


「姫様、ザマスロットが貴方を助けに来ましたよ」

「ザマスロットが?!」


 途端にエリザマスはハッと鉄格子に飛びつき、瞳を輝かせた。


「どこ?! どこにいらっしゃるの?!」

「エントランスですよ。貴方を解放するよう、ザマンを説得しています。ですが、間に合わないかもしれません」

「間に合わない……? どういうことです?」


 エリザマスはザモーガンの嘘をあっさり信じ、尋ねた。

 ザモーガンは最初にザマスロットに話したのと同じように、エリザマスにも「姫様と同じくザマンに拐われ、無理矢理働かされている」のだと説明し、信用を得ていたのだ。しかもエリザマスは外部からの情報を一切遮断されているため、ザマスロットが自ら起こした悪行によって勇者を解雇されたことも、ヨシタケが勇者に復帰したことも、何も知らなかった。

 それをいいことに、ザモーガンはさらに嘘を重ねた。


「凶悪な賊達がザマスロットの命を狙い、この城へ来ようとしているのです。しかもザマンは彼らの力を借り、ザマスロットを亡き者にするつもりですわ」

「何ですって?!」

 

 エリザマスはまたもザモーガンの話を信じ、賊と称されたヨシタケ達への怒りを募らせた。


「無礼者……勇者であるザマスロットを殺そうとするなんて、絶対に許せない!」

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