かわいそうがとっても可愛い
しかしながら、わたしとて山瀬さんと別れるつもりは毛頭ない。
ただ、ある程度の距離を置き、わたしたちの関係を正常な恋人関係にしたいだけなのだ。
ともすれば、尚更これから山瀬さんに接するわたしの態度の加減の仕方が難しくなるのは当然のこと。
距離を測り違えて、厳しく接しすぎてしまえば『自然消滅』なんてことも充分に有り得るし、かと言ってここで甘さを見せてしまえば、山瀬さんはこの関係を再び続けようとすると思う。
だから、適度に接して、適度に離れる。
言葉では簡単だけど、行動に移すのは何気に難しいことだ。
わたしは彼女との距離感を絶妙な具合に調整し、決して間違えないままの日々を続ける。
そして、かれこれ一ヶ月が経とうとしていた。
◇ ◇ ◇
「ね、ねぇ………」
「………」
「ま、待ってよ」
「………」
「む、無視は辛いわ。お願い、話をさせて?」
「………」
「………ぐすっ。ご、ごめんなさい」
ここ一ヶ月の間、わたしは山瀬さんと極力最低限の会話以外は控えてきた。
最初こそ戸惑いながらも彼女は横柄な態度を止めなかったけれど、次第に日を重ねる毎に、彼女のその上からな口調は弱々しくなり、終いにはここ最近、その口調すらも以前とは別のものになってきている。
本来は、こっちが素なのだろうか。
付き合ってしばらく経つのに、彼女の未だ知らないことが存在したことに、少しばかりやるせなさを覚える。
「お願いだから、私の話を聞いて」
「………」
「私も、失礼な態度をとってたことは自覚してる。本当にごめんなさい。だけど、それ以外に方法が思いつかなくて。……お願い、私の話を聞いて」
「………」
「……ぐすっ。ぐすっ。聞いて、ください。お願いし、ます……」
学校からの帰り道、わたしは泣き出した山瀬さんの言葉に引っかかりを覚え、さも仕方なそうに嫌々を装いながら足を止め、彼女の方へと振り返る。
「なに?話って」
わたしが事務的なこと以外で、久しぶりに話を聞く姿勢をとったことが余程嬉しかったのか、山瀬さんはたったそれだけのことでパァっと顔を輝かせる。
「え、えとえと………。ま、まずは今までの態度を謝らせて。ごめんなさい。私も、流石に恋人であるあなたに対して、態度に問題がありすぎたことは分かってるの」
「………」
「いけないこと。すぐに改めるべきこと。そんなのはとっくのとうに気づいてた。でも、でもね?私はあなたに対して、そんな最悪な態度を止められなかった。続けてしまった!」
「………」
「どうして私があんな態度をとり続けたのか。それは、―――怖かったから」
「怖かった?」
なにが?と問うように目で続きを促す。
「あなたが私の告白を了承してくれた時、すっごく嬉しかった。舞い上がりそうだった。でも、―――それと同時に、無限の沼にハマった感覚もあった」
「………?」
「嬉しくて舞い上がって、浮かれて、けど、一緒に怖さもあって。………あなたに愛想を尽かされたらどうしよう。あなたが他の人に目移りしたらどうしよう。捨てられたどうしよう。あなたが、あなたが、、、私の傍から離れたら、どうすればいいんだろう」
「………そんなこと」
「そんな不安の沼にどんどん落ちていって、私はあなたの恋人である自覚よりも、あなたを縛って、私の傍から離れないようにする方法ばかりを考えるようになった」
「………」
それを聞いて、わたしは押し黙ることしか出来ない。
「それで思いついたのが、今思えば愚かでしか無いけれど、主従関係みたいなものだった。私の独占欲が、私にその考え以外を受け付けなかった。あなたの『主』は私一人だけだと、だからあなたは誰にもあげないんだと、そんな思いばかりが先走って、大切な恋人であるあなたに、あんな態度をとり続けてしまったの」
そんな彼女の、秘めていた思いを直接ぶつけられて、わたしは何故か、そこまで悪い気はしていなかった。
「ほんとに、ごめんなさい」
「山瀬……さん………」
「ほんとは、名前で呼んでもらえることも、嫌じゃなかったの」
「……え?」
ならそれも、何か彼女の独占欲に繋がる思惑があったからこそ、なの?
「あなたに名前を呼んでもらえるたびに、私は幸せで胸がいっぱいになった」
「じゃあ……どうして?」
「………………ぐすっ」
理由を問うと、山瀬さんは再び俯き、コンクリートの地面に涙を落とす。
そして、彼女は目の端に涙をいっぱいに浮かべながら、上目遣いでわたしにその答えを言った。
頬を紅く染めて――――、
「だって、あなたに名前を呼ばれると、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだったんだもん」
その、どうしようもなく可愛くて。
なんだそんなことでと一蹴してしまいそうな可愛らしい言い訳を宣う彼女を見て。
わたしは、、、
かわいそうで可愛い彼女に、ゾクゾクと興奮を覚えてしまった。
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