第362話 本実験
午後からは大規模魔法の本格的な試験が続いた。
目標の十五分を求めて魔法を展開する。
「すみません。魔法の詠唱するタイミングを教えてください。あとからされると不公平に感じます。それだけ、魔力を消費していますから」
「わかった。では、一斉に唱えることにする」
導師は僕を見た。
『よい合図はないか?』
導師からコールが届いた。
『では、指揮者と同じにすればよいですよ。音楽と一緒です』
『わかった』
「では、音楽の指揮と同じにする。四拍子で指示する」
魔法使いからは口々にわかったと声が届いた。
導師は指揮棒を振るように合図した。
何度か繰り返すと、みんなは声をそろえて唱えだす。今までの苦労が実ったようだ。
トンネルは結界を突き破って中に光を見せた。反対側に届いたようだ。
僕はツバメの使い魔を飛ばした。そして、行きと帰りを引いた余った時間に、外の世界を飛んでなにかを探させた。
ツバメは傷もなく帰って来た。そして、大規模魔法は成功であった。
その後も、繰り返しトンネルを作る。問題なく大規模魔法は成功した。
魔法使いたちがポーションを飲んで魔力を回復している。
僕はのぞいていた冒険者に気になって、ツバメの使い魔を空高く周囲に飛ばした。
すると、森の緑の下で冒険者らしい人達が争っている映像が入ってきた。
僕は首をひねる。
なにが起きたのかわからなかった。
僕はエルトンにきく。
「冒険者と思う人たちが争っています。なぜなのか、わかりますか?」
「あー。それはですね……」
エルトンにはわかっているようだ。だが、返答は鈍い。
「シオン様。冒険者は二通りいます。実績があり外への切符を約束されている者。実績はないが外には行きたい者。その両者が争っているようです。外に行ける冒険者は、冒険者の評判は落としたくないので、防いでいるようです。事前に冒険者ギルドには通達してますから」
エルトンはいった。
「それで、もめているんですか……」
「そう思います。まあ、私たち、騎士の仕事が減って助かります」
冒険者には冒険者の思惑があるらしかった。
空の青にオレンジ色がかかり出した時には実験は終わった。
導師は木の箱の上で労いの言葉をかけている。そして、解散になった。
導師は箱から降りて僕を見る。
「テントに帰ろう。これから帰るには、時間が微妙だ」
王都に帰るには時間は遅いらしい。暗闇の中で王都に変えるのは、森でキャンプするより危険なようだ。
テントに帰るとハンプス宮廷魔導士長がいた。
ノーラの話し相手になっているようだ。
「魔導士長。どうしましたか?」
導師はあせった声を出した。
「いや。おいしいお菓子を作ってもらっている。君も食べるとよい」
ノーラは氷の上に置いたボールの中身をかき混ぜていた。
僕は一目でアイスクリームを作っているのがわかった。
ノーラは食事とかたずけ以外の時間はヒマなのだ。そのため、アイスの材料と氷を作ってヒマつぶしをさせていた。
しかし、この陽気だと氷が解けるのは早い。なので、ヒマをしていると思っていた。しかし、ハンプス宮廷魔導士長に頼んだのか氷を作ってもらったようだ。
「ノーラ。ハンプス宮廷魔導士長に氷を作らせたのか?」
「へっ? このおじいちゃんは偉い人なのですか?」
ノーラはほうけていた。
ハンプス宮廷魔導士長を知らないようだ。
「当たり前だろう。着ている服でわかるだろう?」
導師はいった。
「わかりませんでした」
ノーラは驚いていた。
「まあまあ」
魔導士長は穏やかにいった。
怒ってないようだ。
「おもしろいものを作っているから見学していたんだ。そしたら、試食させてくれた。それで、おいしいから作ってもらっているんだ」
ハンプス宮廷魔導士長は自分から氷を作ったらしい。
「そうですか。ノーラが
導師はいった。
「そんなことはないよ。君のところの子はよい子が多いみたいだ。私にも喜んでお菓子を分けてくれる」
魔導士長はにこやかにいった。
「申し訳ありません。貴族社会を知らないので」
「かまわないよ。こうして、おいしいお菓子を作ってもらっているんだ。文句はないよ」
導師と魔導士長の会話の間でもノーラの手は止まらなかった。
メイドの鏡である。話している間にアイスクリームを作り上げていた。
ノーラは淡々と器にアイスを盛った。そして、魔導士長にスプーンと共に渡した。
魔導士長はうれしそうに受け取ると、アイスを口に入れて味を楽しんでいた。
「これがアイスクリームです。ただ、食べ過ぎるとお腹を冷やして壊すようなので気を付けてください」
ノーラは導師にアイスクリームを渡した。
導師は受け取るとアイスを口に入れた。
「シオン。これが暑い日に食べるお菓子か?」
「はい。少しは体が冷えると思います」
「ほう。このお菓子は、その子の記憶なのかい?」
魔導士長を僕を見た。
魔導士長は僕の秘密を知っているようだ。
「はい。シオンの前世の記憶です」
「他にも色々と作っていると聞いたよ。おかげで料理の種類が増えた」
魔導士長はうれしそうな顔をしていた。
「たくさん作りすぎて、王都では混乱していると聞きます。迷惑ではなかったですか?」
「料理人はついていくだけで精一杯のようだ。だが、食べる方の私には関係ないかな。まあ、今は成長期なのだろう。しばらくしたら落ち着くよ。これは長年に生きた私の経験だけどね」
「それなら、安心します。次から次と作るので困ってました」
「記憶とは新しい記憶で塗りつぶされる。前世の記憶ならなおさらだ。だから、覚えているうちに伝えたいのだろう。それは受け止めてあげなさい」
魔導士長は穏やかに導師にいった。
「はい。承知しました」
「ところで、帰るのは予定通り、明日の朝でよいのかな?」
「はい。実験は終わりました」
「うん。明日の朝、あいさつをしたら帰国だね。それまでは羽を伸ばすよ」
魔導士長はほほ笑んだ。
三日目の朝は魔導士長と導師のあいさつで終わった。そして、皆は帰路につくためにテントなどを片づけていた。
「おい。こいつを死なせたくなかったら、道を出せ」
冒険者らしいマントの男が、女性の魔法使いの首に剣を当てていた。
帰り支度で気が緩んでいたようだ。騎士たちの見張りは少なく、油断していた。
思わぬスキを突かれて、騎士は動けないでいるようだ。
男は動かないみんなに怒声を発していた。
僕は静かに引力の魔法を使う。
魔法使いののどに当てていた剣は自然と僕の方に動く。あとは、冒険者との駆け引きである。
相手に気付かれないように引いては緩ます。そして、奇襲を狙っている冒険者を確認すると、引力の魔法で剣を引っ張った。
冒険者から剣は僕のところに飛んできた。
僕はその剣の柄を掴んだ。
その間に奇襲が決まったのか、冒険者は他の冒険者と騎士に押さえ込まれていた。
「よくやった」
導師にほめられた。
「この剣は、どうすればよいですか?」
僕は手の中の剣を見せた。
「戦利品にしては安物だな。返してもよいが騎士に渡すとよいだろう。アドフル。頼んだ」
わきで警戒していたアドフルは僕から剣を受け取った。そして、冒険者を縛り上げている騎士に渡した。
「ところで、なんの魔法だ?」
導師にきかれた。
「引力です」
「知らないな。過去にその話はしたか?」
導師には教えたと思っていた。だが、違うようだ。
「したと思います。物理法則です」
「帰ったら、記録を読み直す」
「今、説明しますよ。簡単ですから」
「さわりだけ聞かせてくれ。詳しい話は落ち着いて聞きたい」
「では。物質には引き合う力が弱くともあるのです。その力を引力といいます。なので、その力を強めれば物質なら引き寄せられます。ちなみに、その反対に反発するのは斥力です」
「うむ。家に帰ったら詳しく話してもらう」
「はい。わかりました」
最後はトラブルが起きたが、誰もケガがなく終わった。
実験は成功し、文句なく王に報告ができるようだ。
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