第358話 仕事の予定

 導師のもとに宰相から連絡があったようだ。

 外へのトンネルの魔法を試すらしい。しかし、表向きは新しい遺跡の結界に穴を開ける魔法の実験だ。

 外の話は隠されていた。

「シオン。一週間後だ。それまでに必要なものは用意してくれ」

 昼食の席で導師はいった。

「何日ですか?」

「二泊三日だ」

 僕は過去のレールガンの実験を思い出した。あの時は貴族が邪魔だった。

「今回は貴族はいない。いるのは冒険者だな」

 冒険者ときいて不安になる。外への道ができたら、走り出しても不思議ではない。

「必要なものはなんですか?」

 普段から空間魔法の倉庫には、転移に失敗した時のためにサバイバル用品が入っている。もちろん、着替えや魔道具、魔導書も入っている。魔力に比例して際限なく入れられるため、ゴミ箱にもなっていた。

「……私たちにはないな。ロドリグに相談しよう」

 必要なものは執事のロドリグがそろえてくれるようだ。


 昼食後はカリーヌの家に遊びに行く。しかし、家長のジスランに捕まった。

「こんど、外へのトンネルを作る実験をすると聞いた。本当かな?」

 ジスランは自分の書斎に僕を招いてきいた。

「はい。一週間後の予定です」

 ジスランに隠すことでもないのでいった。

「なんで、今なのか聞いてないかい?」

 ジスランはデスクの向こうで手を組んでいた。

「導師はそこまでいいませんでした。なにか問題でもあるんですか?」

「冒険者の中でウワサになっている。実験が始まるとね」

「情報が漏れていたんですか?」

「ああ。ついでにいうと、外への方法は知られている。君たちの実験を見たようだ」

 ジスランは不快な顔をした。

「それは、知っています。実験中に気配を感じましたから」

「それでも見せたのかい?」

 ジスランには心外のようだ。

「ええ。外には国が選んだ冒険者だけを通す予定です。そのために、選考するらしいです」

「うん。その話は聞いた。でも、彼らが大人しくしていると思うかい?」

 ジスランは試すように僕にきいた。

「いえ。そのための騎士はいると思いますよ。僕の護衛の騎士もついていきますから」

「君の護衛は必須だからわかる。……宰相も一緒に行くと思うかい?」

「今回はないと思います。来るとしたら、冒険者を外に派遣する本番ですね」

「そうだね。……実験でも大変だと思うけど、がんばってね」

「はい」

「それから、競馬のレースは芝生に決めたよ。塀に囲まれているが、水はけは良いようだ。日当たりも問題ない」

「わかりました。他には案件はありましたか?」

「大きなものはない。強いて挙げるのならパドックだ。客席に近いらしい。まあ、これはパドックを大きくすることで解消した」

「なら、安心です」

「今度は内装の問題が挙がると思う。それと並行して飲食店を募集するよ」

「お父様の息のかかる店でよいのでは? 融通が利くと思います」

「そうだね。それも考えておくよ。なにかあったら教えてくれ。知らないで終わらせたくないからね」

 ジスランはほほ笑んだ。

「はい。わかりました」

 僕も笑った。

 そして、ジスランの書斎から退室した。

 ジスランは冒険者に出資するほど、好奇心は強い。外の世界を知りたいみたいだ。


 僕はガーデンルームのドアを開けた。

「お邪魔します」

「おう。今日は仕事か?」

 アルノルトはいった。

「ええ。少し競馬のことも含めて話しました」

「どれぐらい待てば、競馬はできるんだ?」

「まだ、箱を作っている状態です。それが終わった後に内装です。まだ気長に待ってください」

 僕はいつもの席に着いた。

「お疲れ様。それと忙しくなったの?」

 カリーヌにいわれた。

「ありがとうございます。今日は話で終わりました。忙しくなるのは、まだ先ですね」

「そうなんだ。それより、魔法の実験をすると聞いたわ。本当?」

 カリーヌはいった。

「はい。予定では一週間後に三日ほど留守にします」

「そう。シオンはいつも忙しそう」

 カリーヌの言葉に僕は頭をかたむける。

「僕は導師の手伝いなので、それほどではないですよ?」

「それが普通ではないの。いい加減気づきなさい」

 レティシアは少し怒っていた。

「いつものことですよ?」

「普通なら宮廷魔導士の手伝いとかできないから。それに私たちの年代だと勉強しているだけよ。仕事ができる方が変なの」

 いわれてみるとレティシアのいう通りだ。今の歳なら、前世でも遊びと勉強に忙しかった。

「まあ、仕事が目的で導師に拾われましたから」

 僕は笑うしかなかった。

「それは、わかっているわよ」

 レティシアは怒りながらそっぽを向いた。

「レティシアちゃん」

 カリーヌは声をかけた。

「わかっている。シオンを責めるのは間違えている。でも、少しは自覚して欲しいわ。のん気に遊んでいる自分に不安になるのよ」

「将来、大人になった時に必要な勉強よ。私たちはそれでよいの。シオンは駆け足で飛び越えていっただけ。それも必要だから」

「うん。わかっているわ。でも、無自覚なのは悪いと思うわ」

「そうね。でも、それを気にする余裕はないと思うわ。比べる魔法使いはランプレヒト公爵しかいないんだから。それにシオンらしくないわ。シオンはシオンでしょ?」

 レティシアはため息をつく。

「そうね。シオンはそれでよいのかもしれないわね。その方がシオンらしいものね」

「ええ。自慢したらシオンではないわよ」

 カリーヌは笑った。

「そうね」

 レティシアも笑った。

 男性陣には笑っている理由はわからず、お互いに視線を飛ばすだけだった。


 騎士団の練習場で戦闘訓練に汗を流して屋敷に帰る。

「シオン様。魔法の実験の話をききました。騎士団から半分ほど護衛に割かれるようです」

 エルトンは歩きながらいった。

「そんなに多いのですか?」

 王直属の騎士団から半分も出すようだ。

「はい。冒険者の暴走を止めるためです」

「では、他の公爵からも?」

「はい。少数ですが、参加する予定です」

 今回の魔法の実験も大ごとになりそうである。

「ところで、参加する魔法使いは知っていますか?」

「ウワサでは貴族に使える魔法使いを中心に集めるようです」

 ウワサ通り貴族が召し抱える魔法使いが集まると思う。本番では欠席して欲しくない。フリーの魔法使いでは欠席する可能性は高い。なにより、代わりを探すのも苦労するからだ。

「今回の日程は二泊三日の予定です。二人には付いて来てもらいますから、ご飯以外は用意してください。荷物は僕の空間魔法の倉庫に入れますから」

「わかりました」

 二人は返事をした。

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