第356話 武器言語

 午後からはカリーヌの家に行く。

 カリーヌの無詠唱魔術の先生と、ダンスの生徒として訪れる。しかし、実際は遊んでばかりだ。

 しかし、今日は家長であるジスランに捕まった。

「すまないね。もうすぐ、競馬場ができる。それで、相談したい」

 ジスランは書斎にあるデスクに座っていった。

「はい。ですが、工事中ですよね。案件は出てこないと思いますが?」

 僕はデスクの向こうに座るジスランにいった。

「競馬場では出ていない。だが、馬主から要望が出ている。レースの土の話だ」

「ああ。それなら、硬い地面の上に柔らかい土を盛った方がよいですね。芝生でもよいと思います。どちらがよいのかは馬主にきいた方がよいかと」

「二種類あるのか?」

 ジスランはきいてないらしい。

「ええ。芝生と土。二種類あります。そして、地面の状態は雨でぬれた加減で変わります。その時は新聞で良いとか悪いとか、四段階ぐらいで告知してください」

「なるほど。君は芝生と土のどちらを選ぶ?」

「日当たりしだいですね。日当たりがよければ芝生を、悪ければ土ですね」

「どちらでもよいのかい?」

「ええ。開催する場所によって変わりますから」

「なるほど。馬主たちに尋ねるよ。それで決める」

「はい」

「ところで、浮島にはお土産があるらしいね」

「はい。一般公開してから売っています。ですが、キーホルダーとキーストラップです。貴族には必要ないと出しませんでした」

 ジスランはいい難そうだった。なかなか言葉にならない。

「……僕にもくれないか?」

 待っているとジスランはいった。

 貴族でもお土産は欲しいようだ。

 僕はお母様の分を含めてジスランに渡した。

 あと、二人のお兄様がいるが、なんとなくやめておいた。


 僕はジスランの書斎から出て、ガーデンルームに歩いた。

 家の作りはわかっているので、一人でガーデンルームに行ける。僕は部屋のドアを開いた。

「お邪魔します」

「よう。今日は仕事か?」

 アルノルトはいった。

「ええ。競馬場の話で少し」

「もうできるのか?」

 アルノルトはうれしそうにいった。

「まだですよ。工事は終わってません。今回は馬の走る地面を土か芝生にするか考えていました」

 僕はいつもの席に座った。

「へえ。それって変わるのか?」

「ええ。馬の走りやすさに関わります。馬の好みですね」

「それって、勝負に関係するのか?」

「しますよ。馬力がある馬は土が悪い方が速く走れます」

「まじか。それで、どちらを採用するんだ?」

「まだ、決まってません。工事には時間がかかりますから」

「むう」

 アルノルトはうなった。

「お疲れ様。お父様の仕事は忙しくなりそう?」

 カリーヌにきかれた。

「まだ、余裕はあります。忙しくなるのは、まだ先ですね。内装工事が始める前ぐらいには忙しくなると思います」

「そう。シオンも忙しくなるのね」

「それはお父様しだいですね。僕の記憶は伝えてあります。それをどう料理するかですから」

「うん。わかった」

 カリーヌはさびしそうにほほ笑んだ。

「シオン。悪いけど使い魔を発注したわ」

 レティシアは真剣な顔でいった。

「そうですか。僕はまだ知りません。それで、発注内容は?」

「それはわからないわ。でも、シオンも関わると思うからいっておくわ」

「わかりました。導師にききます。それで、邪魔は入っているのですか?」

 レティシアは不快そうな顔をする。

「ええ。また賊が入ったわ。今は雇い主を調べてる最中。でも、本丸までは遠いわ。男爵あたりでトカゲのしっぽ切りをされて終わりそう」

「また、めんどうですね。捕まえても意味がなさそうです」

「ええ。お父様も長期戦に備えているわ」

「地道に排除するしかないですね」

 公爵が二人も関わっている菜園を破壊しようとしている。相手はなりふりかまってないようだ。


「今日の迎えは遅かったのですが、なにかあったのですか?」

 僕は城に歩く道で、エルトンとアドフルにいった。

「それがですね……。アドフルと魔法の練習をしてまして、床に水を派手にこぼしてしまったのです。それで、メイドさんに怒られていました」

 エルトンは恥ずかしそうにいった。

 僕の護衛である二人は待機室で待たないとならない。その間はヒマなのだろう。以前はトランプを渡してあった。今度はアドフルの魔法の勉強をしているようだ。

「そうですか。メイドさんって優しそうで怒ると怖いんですよね」

「はい。シオン様にはご迷惑をかけます」

「いえ。その様子だと、手から水は出せたんでしょう?」

「はい。できました。これも、シオン様の指南通りです」

「いえ。アドフルさんはコールの魔術を使えています。もとから、魔法の素養はありますよ」

 僕はいった。

「そうなのか?」

 エルトンはアドフルを見る。

「あれは使えないと衛兵ができないからです。必死になって覚えました。ですが、他の魔術はできませんでした」

 アドフルはいった。

「アドフルさんは思い込みでできないと思いますよ。魔法も魔術も思いの力が関係しています。僕は念といっていますが」

「では、アドフルの思い込みしだいと?」

 エルトンはいった。

「僕はそうみています。騎士の使う身体向上の術は、魔法から見て無詠唱で身体能力を上げているだけです。魔法の素養がなければ使えません。騎士は魔法の素養がないといわれていますが、団長はかなり強い魔法を使っていると考えています」

 エルトンはアドフルを見る。

「シオン様なら問題ありません」

 アドフルはうなずいた。

「……私たち騎士だけに伝えられる武器言語があります。それで力を爆発的に上げられます」

 エルトンは静かにいった。

「なるほど。術士では敵わない身体能力向上の呪文があるのですね?」

「シオン様から見ると呪文になります。しかし、意味のない言葉の羅列です。それが、複数あり、身体能力を見て教えられます」

「呪文の求める力に体がついていかないからですか?」

「察しがよくて助かります。その通りです。……それで、シオン様は武器言語を知りたいですか?」

 僕はエルトンに試されている。だが、答えは簡単に見つかった。

「正直にいうと知りたいです。しかし、僕には資格がありません。聞かなかったことにしてください」

「……試して申し訳ありません」

「いえ。僕も他人には教えられない魔法を持っています。ですから、その重要性は知っているつもりです」

「シオン様はその域まで魔法を極めたのですか?」

 エルトンは驚いていた。

「いえ。教えてもらったのです。僕の力ではありません。それに僕はまだ勉強の途中ですよ」

 『滅殺』も『崩壊』も前世の師に教えてもらったものだ。僕が作ったものではない。

 僕は笑ってみせた。

「いえ。奥の手を持つ魔法使いは少ないです。感服します」

 エルトンは大げさなのか胸に手を当てて礼をした。

「導師も使えるので、僕だけの魔法ではないですよ?」

「母上様が教えるのです。特別なのはわかります」

 エルトンとアドフルには前世の話はしていない。師は導師になるのは当然だった。

「そうですね。ですが、導師には早く認められたいですね。まだ、子供あつかいですから」

「母上様の前では仕方ないですよ。母上様は宮廷魔導士ですから」

 エルトンは笑った。

 エルトンのいう通り、導師にはまだまだ届かない。それだけの経験と知識が違う。

「そうですね」

 僕は苦笑した。

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