第354話 性格

「僕ってわがままですかね?」

 騎士団の練習場に向かう道で、エルトンとアドフルにきいた。

「はい。アドフルを王直属の騎士団に入れるのですから」

 エルトンはいった。

「え? それって悪いことですか?」

「ランプレヒト公爵様からの推薦です。王の許しがあれば移動します。もちろん、本人の希望は通りません」

「え? 嫌だといったら、辞められられないんですか?」

「できません。移動の拒否もできません」

「そんなに拘束力があるんですか?」

「はい。残念ですが騎士である以上、わがままは許されません。それに、推薦した公爵と許した王の顔に泥を塗ることになりますので」

 騎士も僕と同じようだ。やるべき義務が存在している。そして、それを拒否するのは許されない。

 僕はアドフルを恐る恐る見る。

「アドフルさんは怒ってないんですか?」

 アドフルはポリポリとこめかみをかく。

「最初は驚きました。ですが、栄転です。悪い話ではなかったですよ」

「ですが、求められる基準は高いので困ってませんか?」

「それは、王直属になるので覚悟してました。それに今まで楽していたことに気付きました」

「アドフルさんは不満はないのですか?」

「細かく考えればありますが、おおむね満足しています。王直属の騎士になれたんですから」

 アドフルは恥ずかしそうに笑った。

「ですが、今は僕の護衛です。それでも。よいのですか?」

「はい。これも騎士の仕事です。国にとって重要な仕事ですので、お気になさらずに」

 アドフルは僕にほほ笑んだ。

 僕は戦略級魔法使いである。国にとって唯一の戦略級の武器である。これを手放す為政者はいないだろう。そして、他国にいるとは聞かない。唯一といってよいほどだ。その戦略級魔法使いを守るのも騎士の仕事である。アドフルは大きな仕事を任せられているとも考えられた。


 夕食にはとんかつが出てきた。ソースは黒っぽい。僕が求めているのに近い。

 僕は切って口に入れてみると、しょう油ベースの味だった。だが、求めているのには近い。トマトソースよりなつかしい味だ。

 とんかつソースはしょう油が入っているのかもしれない。

「シオン。このソースは黑いが大丈夫なのか?」

 導師は不安そうな顔をした。

「ええ。おいしいですよ。それに、しょう油も黑いですよ」

「まあ、そうなんだが、肉を揚げるのは初めてだ」

「火はちゃんと通ってますよ。それにソースの毒見はすませてあります。から揚げも鶏肉を揚げたものです。少し違うだけです」

「まあ、そうなんだが、新しい料理ばかりで混乱する。慣れ親しんだ料理が食べたくなる」

 僕がノーラに料理を教えてから、食生活は変わった。三食とも僕が教えた料理の日もある。

「そうですね。明日はいつもの料理にしてもらいましょう。揚げ物は太りやすい食べ物ですから」

 僕は壁を背にして立っているノーラを見た。

 ノーラは強くうなずいた。自信があるらしい。

 僕はその自信に不安になった。

「ところで、大規模魔法のトンネルはいつ試験するんですか?」

 僕は導師にきいた。

「宰相からは、なんのおとさたもない。今は待ちだな」

 導師はとんかつを切って食べている。嫌ではないらしい。

「そうですか。それより、龍族の島には行ってませんね。あちらからもコールはないです。しばらく、お休みですかね?」

「そうだな。龍の長老は未来視で、シオンは忙しいのを知っているんだろう。浮島が軌道に乗るまで、なにもないからな。もう少ししたら、訪れると思う。宰相も外交からして、長く間を空けたくないはずだ」

「では、近い内と、考えておいた方がよいのですね?」

「そのつもりでいてくれ」

「わかりました」

 僕は大使の任命されているのを思い出した。

 しかし、お飾りの大使である。僕は気楽に考えて、予定の中で重要度を下げた。

「そういえば、レティシアさんの菜園で賊が出たようです。近い内に監視用の使い魔を受注するかもしれません」

「そうなのか? 賊はどうなった?」

 導師は目を上げて僕を見た。

「被害はないようです。賊の方は聞いてません。ですが、誰が命令したのか想像でしかわからないようです」

「後ろには誰が関わっているといっていた?」

「えーと……。マッシミリアーノ・ファン・アストーリ公爵と予想していました」

「そうだな。香辛料でもうけているのは、その公爵だ。新規の参入者は嫌うな」

「もしかして、値段を決めれるほど独占しているのですか?」

「それはない。外国からの輸入がある。それに合わせて価格を維持している」

「では、高いですよね? 運賃も上乗せしているのですから」

「ああ。そうだ。だが、あの公爵はさじ加減を知っている。輸入物より少しだけ安い。だから、嫌われているぐらいですんでいる。彼がいる派閥以外は嫌っている貴族は多い」

「では、ちょっかいかけても問題ないですね?」

「却下。予想はつくが、なにをする気だ?」

 導師は僕を責める目で見る。

「いえ、天誅を落とそうかと」

「やはりか。凍結といった意味はわかってないな。隕石落としは証拠が残る。隕石を守った時に魔力の残滓ざんしが染み込む。だれがやったのかすぐにわかるんだ」

「それで、止めたんですか。納得しました。導師もできるんですか?」

「過去に実験した。だが、小さい石しか落とせなかった。そこまでの魔力はないからな。だが、おまえは違う。魔力量は底なしだからな」

「では、僕が試したらできるんですか?」

「ああ。理論的には可能だ。だが、国内で特定の人物に、戦略級の魔法を使ったら最後だぞ。危険分子と排除される。攻撃性が高すぎると判断されるからな」

「そうなんですか? 人は巻き込まないつもりですよ?」

「それでもだ。香辛料で殺し合いをするのは、危ないヤツだけだ。その仲間入りになるつもりか?」

「人はお金のために殺し合いもすると思いますよ」

 強盗など、国のどこかで起こっているからだ。

「その仲間入りをして欲しくない。おまえは人の闇を見ようとする。似合わないからやめとけ」

 導師のいう似合わないという理由がわからない。

「はあ。人の闇は当たり前にあるのでは?」

「それを見ようとすればある。だが、ないと思えばない。意識を向けるかどうかだ。ノーラを見ろ。人の闇などみじんも興味はない。それで楽しく生きている。おまえは気を回しすぎだ。ノーラのように闇を見なければ楽しく生きられる。それに気付くように」

 最後には導師の説教になってしまった。

 僕はノーラを見る。

 ノーラは満面の笑みで胸を張った。

 楽天家の方が、この世は楽しめるようだ。

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