第351話 魔剣

 戦闘訓練のために城にある王直属の騎士の訓練所に向かった。

 今日はアドフルはいなく、エルトンだけだった。

「アドフルさんは病気でもしたんですか?」

 道を歩きながらエルトンにきいた。

「いえ。今は休憩中です。シオン様が浮島で忙しかったので、こちらはヒマがあったのです。それで、特訓していました」

「特訓って、なにをしていたんですか?」

 僕は恐る恐るきいた。

「騎士は近距離には強いですが、遠距離で逃げる相手には弱いです。そのために、転移の魔法とフライングブレイドを教えていました」

 アドフルは魔法は苦手である。自分からは使わないほど苦手意識がある。それでも、逃げる相手は転移の魔法を使う。騎士であっても必要な魔法だった。

「成果はありましたか?」

「少しですね。根が頑固なので、魔法に対する苦手意識が取れません。フライングブレイドも魔法と思っているようです」

 アドフルは苦手意識から騎士の技まで否定しているようだ。

「一度、魔剣を握らせては? フライングブレイドができる剣を」

「そうですね……。今度、試してみます」

「魔剣の請求は導師にお願いします」

「いえ。これは騎士である私たちの問題です」

 エルトンはあわてて遠慮した。

「いえ。そうしないと、僕は魔剣を研究できません。導師には話を通します。それでお願いします」

「よいのですか? 母上に怒られますよ」

「そうでもしないと魔剣を研究できません」

 僕は口をとがらせた。

 龍からもらった魔法を詠唱化して申請している。その後にその魔法を買った人からお金が何割か入るのある。なので、僕の名前で申請している魔法で、お金が入っているはずである。そのお金は導師が握っていて使えない。だから、こうでもしないと欲しいものは手に入れられないのだ。

「わかりました。私からも母上にお願いします」

「怒られるのは僕一人で十分ですよ?」

「乗りかかった舟です。一緒に怒られます」

「いえ。そこまでしなくてもよいです。僕のわがままなのですから」

「アドフルには必要です。ですので、私も怒られて当然なのです」

「いえ。僕だけにしてください。エルトンさんまで怒られると心が痛みます」

「シオン様だけを悪者にはできません」

 その後はいい合った。そして、最終的には二人でお願いすることに落ち着いた。


 夕食後の機嫌がよい時をねらって、エルトンと共に導師にお願いした。

 導師の書斎の中で二人で頭を下げる。

「魔剣を一本買ってください」

 僕は導師にお願いするのは慣れているからよい。しかし、エルトンは初めてだ。

「シオン。なにを吹き込んだ」

 導師は僕をにらんだ。

「えーと……。アドフルさんがフライングブレイドもできないので、魔剣で試してもらおうと思っただけです」

「それだけか?」

 導師は見抜いているようだ。

「……必要なくなったら、研究しようと思いました」

「やはりか……。エルトン。シオンを甘やかすな」

「それですが、アドフルには魔剣が必要と思いました。フライングブレイドを覚えるのに必要だと思います」

 エルトンはいった。

「それなら、なおさら悪い。魔剣は魔力を吸い取って力にする。アドフルでも魔剣から魔力を吸われたらわかるだろう。進展どころか後退する」

 エルトンは下げていた頭を上げる。

「本当ですか?」

「ああ。騎士の使う技はすべて魔力が関係している。宮廷魔導士の私から見て、身体能力の向上は無詠唱でしているだけにすぎん。この世界では魔力とマナは切り離せない。だから、騎士でも魔法は切り離せない」

「そうでしたか。失礼しました」

 エルトンは頭を下げた。

「よい。今回はシオンが悪い。魔剣欲しさにわがままをいったのだから」

「僕の弁明は?」

「必要か? フライングブレイドを再現するのに魔剣など必要ないだろう。おまえなら木の枝でやってみせるだろう?」

「アドフルさんの魔法嫌いを治すきっかけにはなりませんか? フライングブレイドも魔法だと認識させて発動できます。自分でもできると思うかと?」

「それに魔剣が必要か? おもちゃとしたら高いぞ?」

「では、アドフルさんの魔法の苦手意識を変える方法は?」

 僕はきいた。

「それなら、一から教えればよい。アドフルは覚える過程でつまづいているはずだ。それを直せばよい。おそらく、一番最初につまづいた方だな。呪文に価値を見出せないから」

「では、魔術を一から教えれば苦手意識はなくなるのですね?」

 エルトンはいった。

「おそらくな。イメージを現実に投影できないのだろう。それより、私はアドフルをよく知らない。エルトンの方が詳しいだろう?」

「情けない話ですが、そこまで理解できません」

「そうか。時間があれば私に声をかけてくれ。可能な限り手伝う」

「いえ。それにはおよびません」

「シオンの護衛をしているんだ。強くなるのなら喜んでする」

 エルトンは顔を上げて導師の顔を見た。そして、頭を下げる。

「ありがとうございます」

「うむ。下がってよい」

 僕とエルトンは頭を下げて退室しようとした。

「シオンは逃げるな」

 僕は背すじを凍らせる声に思わず足を止めた。

 流れから僕は逃げられるはずだった。しかし、導師の視線は僕を逃がさなかった。

 エルトンは判断できずとまどっている。

「エルトンは帰ってよいぞ。これからは親子の話だ」

 導師は笑顔を作ってエルトンにいった。

「失礼します」

 僕の最後の守りであるエルトンはいなくなった。

「さて、いうことはあるかな?」

 導師は立ち上がりデスクから動いた。

「……ごめんなさい」

 僕は近づく導師から逃げるように動いた。

「ダメだ」

 導師は僕に近づくと僕の両ほほをつまんだ。そして、引き延ばした。

「痛いです」

「前から、してみたかったんだ。どこまで伸びるか」

 導師はほほを離さなかった。

 その後も導師は僕のほほをこねくり回して遊んでいた。


 僕は治癒の魔法でほほを治す。痛みはなくなった。しかし、熱を持っている。鏡を見ると赤くなっていた。

 導師は怒ったふりをして、僕のほほで遊びたかっただけだろう。そうでなければ、「却下」の一言で終わったはずだ。

 導師には遊ばれたようだ。

 僕は頭を切り替えた。

 アドフルが魔法を使えるようになる道順を考えないといけない。だが、僕は魔道具を魔法にする異端児である。しかし、傭兵であるマールからは一から教わっている。それを思い出して、石板に下書きした。そして、その石板を読み返して修正する。何度か繰り返して満足な内容になると、ペンで紙に書き写した。

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