第349話 一般開放

「シオン。忙しいの?」

 カリーヌは悲しそうにいった。

 僕は六日ぶりにカリーヌの家に来ていた。

「はい。ですが、後、一週間ぐらいです。軌道に乗れば、ヒルデベルトさんに任せて終わりです」

「そう。今日は新しいお菓子を食べて行って」

「なにか新しいのを作ったんですか?」

「ええ。ノーラさんにきいて作ったわ。プリンていうの」

 ノーラは教えた先から広めている。この前、教えたはずなので広がるのが早すぎる。

「今度は牛乳プリンを頼むとよいですよ。プリンと似ています」

「うん。コックにきいてみる」

 後ろの方でメイドが動いた。そして、ガーデンルームから出て行った。

 さっそく、ノーラをつりに行ったようだ。

「はい。カリーヌさんのコックは上手なので楽しみです。ノーラはガサツなところがあってプリンの種をこしませんから」

「そういえば、シオンってノーラさんだけは呼び捨てよね?」

 レティシアはいった。

「そうですね。下男だった時から一緒だからだと思います。その時は雇われ人として先輩だったから」

「ふーん。シオンはノーラさんには心を許しているの?」

「そうでもないですよ。魔法で浮かんでいると怒ります。ですから、気を付けています」

「シオンもメイドに怒られるんだ」

 レティシアは笑った。

「レティシアさんも怒られるんですか?」

 僕には意外だった。

「ええ。鬼ババがいるわよ。小さい頃はよく怒られたわ」

「今は?」

「もちろん、逃げているわよ。捕まったら説教が長いもの」

 怒られるのは今も一緒らしい。

 アルノルトを見たら、目をそらされた。

 アルノルトも怒られているようだ。


 一般開放が始まると、浮島の入り口である屋敷に人は押し寄せた。

 係員に一列に並ぶように移動させ、整理券を配った。それでも、人は並んで待っている。

 帰った人がでれば中に入れるからだ。

「おまえの心配は終わったな」

 導師は長い列を見ていった。

「半年後の話です。観光地としてあきられる可能性があります」

 僕は一瞬の出来事と思う。長い間、営業するには見世物はない。唯一なのは景色だけだ。しかし、それではあきれられる。

「先のことなど、どうでもよい。それはその時に決めればよいだけだ」

「そうですね」

 観光地として営業する必要はない。それがわかった。

「上は頼んだ。私は控えるよ」

「はい。わかりました」

 僕は浮島に移動して、腕章をつけて係員になった。

 人は続々とゲートから浮島に移動してくる。

「立ち止まらないでください!」

 ゲートの側にいる係員はいった。

 皆がゲートから出ると景色に驚いて足を止めるからだ。

 その声に我に返ると、客はそのまま柵に近づく。そして、景色を見ていた。

 ゲートの現れる場所は三か所だ。それをローテーションで回っている。

 三十分ほどでゲートは現れなくなった。

 下で数えて三百人を越したからだろう。


 島では子供たちがはしゃぎまわっている。開放感があり珍しいからだろう。

 大人に連れられて歩いているが、動き足りないようだ。親の手を引っ張っている。

 僕は生みの母と父を思い出す。もし、ここに連れて来られたら喜んだだろう。そう思うと心が締め付けられる。僕は歯を食いしばることでガマンした。

 望遠鏡は人気があるようだ。列を作って並んでいる。

 それより、ガラスの床が気になった。

 あの狭い中を子供が行き来してガラス越しに下をのぞいている。それはよいのだが、並んでいる列にあきらかに入れないガタイのよい男がいた。

 僕はそちらに移動した。

 ガタイの良い男の番になった。

「なあ。これはどうやって入るんだ?」

 男は係員にいった。

「重量制限があります。入れないのでしたらあきらめてください」

「なら、入れるように変えるって手があるな」

 男は乱暴に手をかけた。

「設備を壊さないでください」

「関係ないね」

「……壊すのは公爵様にケンカを売るのと一緒ですよ。ここは公爵家の領地です。ですから、その持ち物を壊すということは、公爵様にケンカを売るということです。お覚悟はありますか?」

「その公爵様はどこに?」

「下で名前を書いたでしょう? 後で壊した請求が来ますよ」

「まともに書くヤツがいるのか?」

 男は鼻で笑った。

「では、お帰りください」

「はあ? オレを帰すだと。おもしろいな。できるのならしてくれ」

 係員はコールの魔術を飛ばした。

 甲冑を着た騎士たちが集まった。

 男はそれでも自信にみなぎって立っていた。

 現役をすぎた騎士だが力はあるようだ。一人に対して三人で組み伏せた。

 男は暴れているが、騎士たちに連れられて、ゲートの魔法で下に連れて行かれた。

 僕は安心して係員を続けた。


 迷子とはどこにでも出るらしい。

 小さな女の子が泣きながら母親を探している。

「どうしたの?」

 僕はきいた。

「お母さんがいないの」

 女の子は泣きながらいった。

「そう。お母さんの名前はわかる?」

 女の子は首を横に振った。

「では、自分の名前は?」

「アンリ」

「アンリちゃんね。今、呼ぶから、休憩所で待とうね」

 僕は女の子の手を引いた。その間にヒルデベルトに連絡する。拡声器の魔道具で母親を呼ぶようにコールの魔法で指示した。

 休憩所で待っていると、母親は現れた。

 女の子は母親を認めると走って行った。そして、母親の足にしがみ付いた。

 僕は手を振った。女の子は気付いて手を振り返した。

 僕はそれを確認すると仕事に戻った。


 一般客は順調に従業員に任せられるようだ。だが、一日だけ、貴族の日がある。これは導師と共に仕事に入らないとならないようだ。

 貴族の混雑を嫌って平日の日にした。だが、予約はすぐに埋まった。

「導師。貴族の日はテーブルとか変えますか?」

 僕は書斎のデスクに座る導師にきいた。

「いや。しなくてよいだろう。特別な日は終わった。それをわからせる」

「わかりました。いつものようにトイレだけ変えればよいですか?」

「ああ。管理人にさせる」

「それなんですが、嫌がってないですか?」

「最初は嫌がったが、慣れたようだ。まあ、念動力で倉庫に入れて取り替えるぐらいだ。一日中、ネットを張っているより簡単なようだ」

「辞めなくてよかったです」

「これぐらいで辞めるのか?」

 導師には考えられないようだ。

「いますよ。汚いのを嫌う人はいますから」

「そうか。今度は面接の時に確認する」

「そうですね。他に従業員から文句は出てませんか?」

「それは、まだ聞かない。ヒルデベルトに確認しても文句はないらしい」

「なら、よいですが……」

「なにを心配している?」

「潜在的な不満ですね。たまりたまって、いきなり爆発する人もいますから」

 僕は前世の記憶を思い出した。突然、来なくなる人がいたからだ。

「そうだな。だが、今はヒルデベルトを信じよう。人の心の底は私にもわからない」

「そうですね。では、このまま継続で?」

「ああ。それと、お土産は増やす予定だ」

「はい。わかりました」

 僕は浮島の観光化が一段落着いたのを確信した。

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