第329話 指南書

 導師は浮島の制御を理解した。なので、浮島は導師の制御下にある。

 導師は必要な設備に時間を割いているようだ。職人が出入りしていた。

 この分だと、みんなを呼ぶのも時間の問題のようだ。

 僕は午前の授業を終えると浮島に行った。

 職人は安全地帯に柵を立てているようである。島の端まで行っていないのでわかった。

「シオン。どうした」

 僕を見つけた導師にきかれた。

「いえ。どんな風に進んでいるのか見に来ました」

「そうか。再度、測量して島の大きさを計った。そして、安全地帯に柵を並べてもらっている」

「本格的に設備ができているんですね」

「ああ。前の柵は取り払ったよ。それで、シオンは観光地でよいのか?」

「他に使いようがあるんですか?」

「秘密基地とか考えている歳だ。そういうものにはあこがれがないのか?」

「それなら、書斎をもらいました。自分の基地はあります。それより、バンジージャンプとか遊技場を作りませんか?」

「バンジージャンプ?」

「はい。伸びるロープをつけて高いところから落ちるんです。スリルがあっておもしろいようです」

「危険な遊びだな」

「ええ。参加者には死んでも文句はいわないと、誓約書を書かせます」

「そんな危険な遊びをするのか?」

「前世ではありましたよ。ある部族では成人の儀式だったとか」

「その部族に生まれたくはないな。好きで落ちる気にはなれん」

「まあ、一つの案と思ってください」

「わかった。他には?」

「踏んでも割れないガラスはありませんか?」

「残念ながら聞かないな。後で、職人にきいてみる。それで、そのガラスをなにに使うんだ?」

「そのガラスの上に立つと、真下が見えるようにしたいんです。島の端に作って、高さを実感してもらいます」

「なるほど。それはおもしろいな。可能なら設置の方向で進める。それより、そのかっこうで寒くないのか?」

 島は高所なので寒いはずである。しかし、結界によって気温は寒くはなかった。

「そうだったな。忘れていた」

「導師にしては、珍しいです」

「まあ、私も忘れることはある。それだけだ」

 僕と導師は昼になるまで、島のことを話していた。


 昼食に菓子パンが出てきた。

 ノーラを見ると奮起したのだろう。自信がみなぎっていた。

「ノーラ。これは菓子パンだよ。野菜のスープとは合わないよ」

 僕はいった。

「そうなのですか?」

「うん。でも、紅茶とは合う。昼食とかは、チキンとかレタスをはさんだパンがいいよ」

「そうですか。申し訳ありません」

「まあ、これでも食べるけど」

 僕は菓子パンを味見した。

 チョコと練った生地のようだ。あまくておいしい。紅茶が欲しくなる。

「やはり、これにはスープは合わないな。紅茶が合う」

 導師も同じ感想だった。

「申し訳ありません」

「がんばってくれているのはわかる。だが、新しい食べ物だ。一度、試食しないとわからない。今度からは、シオンか私に味見をさせてから出してくれ」

「はい。失礼しました」

 ノーラの失敗は今に始まったことでないので、今回もこれで終わった。


 いつものようにカリーヌの家に行くとジスランに捕まった。

 今日は書斎での会話になった。

「浮島は制御できたと聞いている。それで、設備を拡張しているようだね」

 ジスランはいった。

「はい。今は導師と共になにが必要か考えています」

「うん。それなら、これを持っていくといいよ。カジノと競馬場で集めた資料だ」

「よいんですか? これは他人には渡せないものでしょう? 経営の知恵ですよ」

「まあね。でも、観光はザンドラには初めての仕事だ。見本が必要だ」

「はい。そう思います」

「これは君の意見も入っている。僕一人のものではない。受け取ってくれないか? ザンドラも喜ぶ」

 培った経営の方法である。これがあれば、今より早く効率的に仕事ができるのはわかる。それに、導師は初めての経営である。導師には必要だった。

「ありがとうございます。ありがたくいただきます」

「そんなにかしこまらないでくれ。半分は君の知恵だ。所有権は君にもあるよ」

 珍しくジスランは苦笑いをした。

 僕はジスランが出した書類を受け取った。

 僕はパラパラとページをめくった。今まで見てきた内容がのっていた。

 これで、経営は優しくなるだろう。

「それより、次のスロットの件だ。今度は三つのラインにする予定かい?」

 ジスランはいった。

「はい。スロットの拡張は横三つと斜めに二つがあります。しかし、スロットはそれ以上の拡張ができません。するとしたら、内部の絵柄や当たりの確率ぐらいです。ですから、今回は横三つだけの拡張でよいと思います。もちろん、今度はメダルは二枚で」

「うん。客は順調についている。それで、問題はないね」

「でしたら、できるのは早いようですね」

「その前に確率の操作を考えないとならない」

「それなら、ボーナスを考えた方がよいです。ある絵柄が並んでから、スリーセブンにできる。それ以外はすべるようにすればいいと思います」

「そんなルールをつけるのかい?」

「はい。五レーンになった時、必要かもしれません」

「それは職人と考えないとならないね」

「そうですね。魔道具として難しいと思います」

「うん。では、先に三レーンで。後のことは後で考えよう」

「はい」

 僕はジスランの書斎から退席した。

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