第289話 苦行
朝食の席で僕はため息をつく。魔法の呪文化は骨が折れる。今日から一週間は呪文化に時間が取られる。
「なんだ。問題でもできたか?」
導師にきかれた。
「はい。結界の障壁に穴は開けられました。ですが、そのための魔法を呪文としないとならないんです」
「よくやった。だが、なにが不満なんだ?」
「呪文化です。あの作業は苦痛です」
「魔導書の再現でも同じだろう?」
再現は翻訳にヒントがある。それに、同音異義語を探せばよいのが多い。それだけ、魔導書は現代の言葉に近かった。
「魔導書は少し変えればよいだけです。ですが、一から作るとなると苦痛です」
「そうなのか? 試しに見せてみろ」
僕は手に特殊な魔力を再現して見せた。
「なるほど。これはめんどうだな。私もわからない」
「導師でも、わからないんですか?」
「ああ。未知の形態だ。まあ、柱の規模から、帝級以上の魔法になると推測はできる。それ以外はわからない。すまないが頼んだ」
僕はわかっていた結果にガックリする。
「がんばります」
そういったものの気分は上がらなかった。
午前の自由学習の時間に、結界の穴を作る魔法の呪文の創作にかかった。
きっかけがないので、知りうる限りの言葉を並べる。しかし、求めていた反応とは違うものばかりだった。
最初から転んでいる状態である。きっかけがつかめないのは、広大な砂浜で求めている貝を探しているようなものだった。
僕はあきらめず類語辞典で言葉をつむぎながら、反応を見る。
それを時間が許す限り続けた。
思っていた通り、最初の言葉すら見つけられなかった。
僕は長期戦になると思って、気持ちを切り替えた。
「シオン。その歳で人生に疲れた顔をするな。心配になる」
昼食の席で導師にいわれた。
「呪文の最初のきっかけもつかめていません。長丁場になりますので、慣れてください」
僕はいった。
「あまり根を詰めるなよ。人生に疲れた顔をされるのは、いたたまれない」
「一週間もすれば終わると思います。それまでの辛抱と考えています」
僕はため息をついた。
唯一の救いであるカリーヌに家に行った。
ガーデンルームに行くとアルノルトに声をかけられる。
「よう。疲れた顔をしているな」
「ええ。仕事が苦痛で」
僕はいつもの席に座った。
「お疲れ様」
カリーヌににこやかにいわれた。
「ありがとうございます」
そういって笑顔を作ろうとしても気分は沈んだままだ。
「そんなに大変なのか?」
エトヴィンはいった。
「ええ。魔法の呪文化なのですが、最初の言葉も見つけられないのです」
「それって、どれくらい試したの?」
カリーヌにきかれた。
「軽く数百は超えましたね。今晩も入れると、千に近くなるかと」
「え? そんなに?」
カリーヌは驚いていた。
「はい。類語辞典で端から探しています。なかなか当たりはないですね」
「魔法を作るのって、そんなに大変なのか?」
エトヴィンはいった。
「僕の場合は呪文化ですね。魔法は作れても、他人でも使えるようにするには、呪文が必要です。それができなくて苦労しています」
「シオンでも苦労するんだな」
アルノルトは感心していた。
「僕も人間ですから」
アルノルトには僕がどう見えるのか不思議に思った。
城にある騎士団の練習場で、魔法をばらまいて訓練していた。すると、クンツの気配が探知魔法に引っかかった。
僕は手を止める。エルトンもわかっているのか、入り口向かって歩いていった。
「客ですか?」
アドフルにきかれた。
「ええ。クンツさんです」
僕はアドフルと共に入り口に歩いていった。
クンツの姿が見えた。すると、エルトンはすぐに近づいてひざを着く。
「またかよ」
クンツはあきれ半分と怒り半分でいった。
「訓練を邪魔するのは、シオン様のためになりません。それをお考えを」
エルトンは正論と共に、体でもクンツを止めていた。
「悪いと思っている。だが、シオンと話せる機会は少ないんだ」
「それだけ、忙しいのです。シオン様でなく、シオン様の母上におききください」
「それができたらしている。ランプレヒト公爵は隠しているからな」
「それで、シオン様ですか? 隠している意味を理解しようとしないのですか?」
「ただの足止めだ。シオンは結界の複製した。それは機能がわかっているからできることだ。破壊はできると聞いたが、他は黙ったままだ。機能の停止など知らないはずがない」
「もし、外の世界に安全に扉を開けられるようになったら、シオン様の身が危ないからです。よからぬやからが強制的に結界を破ろうと、手を出してきます」
「それはオレも入るのか?」
「もちろん。自覚はないのですか?」
クンツは僕を見る。
僕は首を横に振った。
時期はまだ、来ていないからだ。
クンツは僕を見て考えている。
そして、すぐに顔を戻すときびすを返した。
「また、来る。それまでに用意しておいてくれ。オレは許可を取る」
クンツはいって手を振った。
「長くなります。やっかいですから」
「ん? すぐにできないのか?」
クンツは止まった。
「ええ。難しいです。一か月はかかると考えてください」
「そうか。わかった」
そういって、クンツは去った。
「よろしいのですか?」
アドフルにいわれた。
「クンツさんはわかっているので仕方ないです。今回は素直に引き返したのでよしとします。後は導師に相談します」
クンツは許可を得るといっていたが、どこの誰に許可をもらうのかわからない。
この国だけの許可を得ても意味がない。他の国の許可も必要だろう。それどころか、人族だけでなく、他の種族の許可がいると思う。
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