第281話 出発

「よう。今日は早いな」

 アルノルトは僕を見るなりいった。

「ええ。少しの話で終わりました」

「それって、競馬場?」

「いえ。近々、調査のために家を空けるんです。それで、お願いしました」

「ん? どこか行くのか?」

 結界点とはいえないのでウソをつくしかない。

「ええ、遺跡の調査に」

「公爵のする仕事か?」

「まあ、うちは変わっていますから。興味があれば動きます」

 僕はいつもの席に座った。

「ありがとうございます」

 メイドに紅茶をもらって礼をいった。

「何日ぐらいなるの?」

 カリーヌにきかれた。

「最短で三日、長ければ一週間らしいです。現場にいかないとわかりません」

「そう。ケガしないでね」

 カリーヌは悲しそうな顔をした。

「あまり危険ではないようです。魔法のかかった遺跡を調べるだけですから」

「そう。でも、無理しないでね」

 カリーヌの表情はすぐれなかった。

「ねえ。それって記事になる?」

 レティシアはいった。

「なりませんね。部外秘です。国もない辺境ですが、依頼先に口止めされています。それに、王都には関係なさすぎて記事にもなりませんよ」

「そう。残念だわ」

 レティシアは少し不満そうな顔をした。

「まあ、少し留守にするというだけです」

「そっか。でも、博打は、どうなっているんだ?」

 アルノルトはいった。

「正式採用されたスロットができるかと。まあ、もう、僕の手を離れているので、カジノに並ぶのは時間の問題です」

「そうか。遊戯室に置かれるのか?」

「通例ならですが」

「よっしゃ。カリーヌ、頼む」

 アルノルトはおがむように手を合わせた。

「わかっているわよ。でも、完成品が届いてからね」

「やったー」

 アルノルトは本当にうれしそうだった。


 三日後はすぐだった。

 玄関の前にクンツが連れた冒険者がそろっていた。その冒険者たちは、手ぶらだった。空間魔法の倉庫を持っているようだ。

 こちらは導師とエルトンと僕だった。

「悪いが、正門を通ってもらう。王都から出たと示さないとならないのでね」

 導師はいった。

「ゲートの魔法でいいだろう。この王都はザルだ。消えても文句は来ないはずだ」

 クンツはいった。

「それなのだが、文句は来る。特に宰相だな。龍族との大使になった私たちは、王都にいないといけない。だが、調査期間をもぎ取ったんだ。最低限のルールを守らないと、怒られる可能性がある」

「わかった。歩きながら、仲間を紹介する」

 クンツは不満そうだった。

 クンツは歩きながら、四人の冒険者を紹介した。

 ピエトロ・ガストルディは冒険者なのに鎧を着ている。騎士のように剣をはいていた。

 プリニオ・ブストスは大男らしく、腕力に自信がありそうだ。大きな斧を持っていた。

 ギルベルタ・エーデンは弓を背負っている。だが、肝心の矢はない。おそらく魔法の矢を放つのだろう。

 シルヴェーヌ・デフォルジュは杖を持っている。ただ、魔法使いでなく、魔術師だった。

 上級の魔術師は魔術から魔法に切り替えている最中である。おそらく、それなりの魔法が使えると思う。

「それで、そちらの紹介をしてくれ」

 クンツはいった。

「必要か? 有名人ばかりだぞ」

 クンツの仲間の斧のプリニオはいった。

「エルトンも有名なのか?」

 導師はいった。

「もちろん。傭兵から騎士になったんだ。それも王直属だ。傭兵のあこがれだよ」

 僕には気ままな傭兵の方がいいと思う。しかし、世間は違うようだ。

「そうね。劇でお三方は見たわ。でも、シオン伯爵がこんなに小さいとは思わなかったわ」

 杖のシルヴェーヌはいった。

 劇では歳が十三から十七である。違うのは当然だった。

「見ての通り年齢なので失礼があると思う。その時はいってくれ」

 導師はいった。

「それもかわいいと思いますよ」

「違う意味で手がかかる。……まあ、それはすぐにわかる」

 導師はなぜかため息をはいた。

 王都の正門をくぐって外に出た。そして、ゲートの魔法で移動した。

 ゲートから出た場所は森の中だった。だが、道はない。けもの道すらない場所に出た。

 クンツは計器のような道具を見ている。

「こっちだ」

 クンツの先頭で草をかき分けながら進むことになった。


 どれほど歩いたのだろう。疲れを通り越して意識はもうろうとしている。

「クンツ。少し休憩だ。シオンがくたばった」

 導師は先頭のクンツにいった。

「すまん。シオンの年齢を考えていなかった。今、休憩できるようにする」

 クンツは仲間に命令していた。

「おまえは休め」

 導師に横になるようにいわれて、草の上に寝転がった。しかし、頭は導師のひざの上に置かれた。

「疲れたら、先にいえ。ガマンしなくていい」

 導師はそういうがみんなの足を引っ張ることはしたくはなかった。

 僕はマナを吸い込んで体に回す。しかし、足の疲労は取れなかった。

「あせるな。おまえは最悪、浮かんでいるだけでよい。今は寝ておけ」

「はい」

 僕は反論できなかった。

 僕は力を抜いて回復に力を入れた。


 治癒魔法が効果があった。足の酷使こくしで筋繊維が切れていたようだ。

「すまん。いつものように大人と同じように考えていた」

 クンツに謝られた。

「いえ。足を引っ張って、すみません」

「おまえのせいでないよ。事前にわかっていたんだから」

「それより、飯にしましょう。休むのなら、その時間を有効活用するべきです」

 プリニオは鍋を持ちながらいった。

 少し早い昼食になった。

 だが、誰も話さない。周囲を警戒しているようだ。

 僕は治療魔法を自信にかけながら昼食を取る。

 パンに野菜と肉のスープである。雑な味付けだが、これはこれでおいしかった。

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