第276話 フライドチキン

 昼食を食べて、カリーヌの家に行く。

 玄関ではジスランが待っていた。

「やあ。から揚げとスロットができたよ」

 ジスランにとって最高のから揚げができたようだ。

「どっちが先ですか?」

 僕はきいた。

「から揚げだね。何度も作り直して最高のものができたよ」

「では、試食します」

「うん。こっちだ」

 僕はジスランの後について行った。

 台所にはコックがいた。メイドの料理ではないらしい。

 ジスランが台所に声をかけると、メイドがから揚げを持って来た。

 おぼんには皿が三つある。三種類のから揚げがあるようだ。

「では、いただきます」

 フォークを握ってから揚げに刺して口に運ぶ。

 スパイスがきいたから揚げだった。いや、フライドチキンだった。

「お父様。これはから揚げでなく、フライドチキンに分類されます」

「ん? そうなるのかね?」

「ええ。スパイスの配合はわかりませんが、これだけ手が込んでいると、から揚げとは違います。から揚げはもっと単純です」

「うん。それもあるよ。ニンニクとショウガとしょう油がこれ」

 ジスランに指で示されたから揚げをフォークで食べる。

 慣れ親しんだ味だった。

「これがから揚げです」

 僕はうれしくなって、もう一つ食べた。

「最後にこれを食べてくれ」

 ジスランは三つ目を指した。

 僕はそれを口に入れる。

 あまい味がした。そして、今まで食べたことのない味だった。

「これはなんですか? あまくておいしいです」

「これはマスタードとはちみつを使っているんだ」

 僕は関心する。

「こんな味付けもあるんですね」

「気に入ってもらえたかい?」

「ええ。どれもおいしかったです。専門店が出せると思います」

「そうかい。うれしいねぇ」

「スパイスの配合は隠した方がよいですよ。これだけおいしいのです。お宝ですよ」

「そうなのかい?」

「ええ。本当にお店を開けるレベルですから」

「うん。君がそういうのなら秘密にしよう。ザンドラには調合後のスパイスを渡すよ」

 複雑な気分になった。

 僕もスパイスの中身は知りたい。だが、ジスランにとっては秘密にした方がよい。

 板ばさみの気持ちだった。

「どれが、気に入ったかい?」

「スパイスのはから揚げでなくフライドチキンです。なので、ニンニクしょう油のが気に入っています」

「それなら、よかった。僕もがんばったかいがあるよ」

 ジスランはよろこんでいた。


 僕はメイドの案内でガーデンルームに行った。

 中に入ると、第一声はアルノルトだった。

「よう。から揚げは食べたか?」

「ええ。お店を開けるレベルでしたね」

「やっぱ。そう思うか。うまかったからな」

 僕はいつのも席に着く。

「フライドチキンも再現されていましたよ」

「ん? フライドチキン? から揚げではないのか?」

 エトヴィンはいった。

「作った国が違うのです。なので、使っている材料が違うのです」

「それって、スパイスのヤツか?」

 アルノルトはいった。

「ええ。あれはフライドチキンと呼ばれていました。から揚げとちょっと違うのです」

「同じあげるのでは違うのか?」

「ええ。味が違いすぎます。スパイスの配合は専門店では秘密にされてますよ」

「そうなのか。オレにはうまいとしかわからん」

 アルノルトは味にこだわりがないようだ。

「でも、どれもおいしかったわ」

 レティシアはいった。

「私は当分いらないかな。毎日がから揚げだったから」

 カリーヌは苦労をしたらしい。

 試作品は大量に作られる。消費する方はたまったものではないだろう。

「でも、今日で終わりでは?」

 僕はいった。

「ええ。そうね。お父様は満足したみたいだからね」

 終わりが見えたのか、カリーヌはうれしそうだった。

 僕はふと、スロットのことを思い出した。試作品ができている。しかし、から揚げで忘れていた。だが、スロットに賞味期限はないので、大丈夫だろうと簡単に考えた。


「シオン様。やはり、となりの国に兵は集まっておりません」

 騎士団の練習場から帰る時にエルトンにいわれた。

「騎士団では誰も知らないと?」

「はい」

「導師の情報だと、となりの国に貴族が亡命したり、商人が集まっているようなのです」

「それは初耳です」

「貴族と戦争は関係ありませんが、変に人が集まっている。それが不思議みたいです」

「そうですね。亡命先にしては選択肢には入らないと思います。特徴のないふつうの国です」

「ワケがわからないですね。それとも気にしすぎですかね?」

「注意を払うのはよいと思います。しかし、情報に踊らされるのは危険です」

「……わかりました。しばらく、観察します」

「私も異変に気をつけます」

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