第274話 から揚げ

 ノーラにしょう油の使い方を教えるには、しょう油の現物がないと始まらない。そのため、導師に商人からしょう油を買ってもらわないとならない。

「導師。肩をみます」

 僕はリビングで休んでいる導師にいった。

「なにが欲しいんだ?」

 導師はやり取りをわかっているので先にきいてきた。

「しょう油という調味料があるのです。なつかしいので買ってくれませんか?」

「どこで知った?」

「カリーヌさんのお父様です。商人から買ったようです」

「ジスランか……。わかった。試しに買ってみよう。他で話してないな?」

「ええ。まだです」

「うむ。久しぶりにんでくれ。肩がこっている」

「はい」

 しょう油に思いをはせながら、僕は導師の肩をんだ。


 しょう油はすぐに手に入った。導師の使う商人でなく、ノーラが買い物ついでに買ってきた。

 店先で買えるとは思わなかった。今まで、その名前を聞いたことがなかったからだ。商家であった生まれた家でも聞いたことがない。

 その点、ノーラのことなので考えるのをやめた。無駄に社交的で、いらぬ秘密の話なども知っているからだ。そのため、ランプレヒト公爵内の家庭事情がもれていたりする。

 僕はノーラにしょう油の使い方を教えた。

 もちろん、しょう油を使う料理を覚えている限り教え込んだ。

 自炊をしていた前世の経験が役に立つとは思いもしなかった。

 これで、ランプレヒト家は和食を食べられる。

「なあ。これはどうやって食べればよいんだ?」

 導師は牛丼の具を前に苦戦していた。

 ノーラは僕を見る。

「フォークでお願いします。前世では、はしという二本の棒を使って食べるのですが」

 導師はフォークですくって口に入れる。

「うむ。おまえはこういうものを食べていたのか?」

「ええ。本当ならご飯という米を炊いたものにかけて食べます。主食はパンでなく米でしたので」

「なるほど。前世は食にうるさかったのか?」

「いえ。住んでいた国の食文化が盛んだったのです。レシピ本など百種類以上はありました。それも年々新しい本が出てきます」

「平民の娯楽の一種か?」

「恵まれた時代に生まれました。ですので、食べ物はおいしくないと売れないのです。それに、色々な料理が外国から入ってきていました」

「農家が優秀だったのか?」

 飢饉ききんという不作でも、輸入で生きていける国であった。

「そうですね。ですが、他国からの輸入もしていました。経済大国ですから」

「その恩恵か。おまえから見てこの国をどう思う?」

「この国の食事は簡素だと思います。種類が少ないですから」

「確かに、食べれればよい。そういう風潮だからな。だが、おまえのおかげで変わり始めている。これから、よくなると思うか?」

「なって欲しいですね。人間は衣食住の三つが必要です。その内の一つです。みんなが望んでいると思いたいです」

「そうだな」

 導師はほほ笑んだ。


 日課になった龍族の魔導書を読む。そして、魔法を再現して、意味ある言葉に変えて呪文にする。

 宮廷魔導士のような仕事をしていると、書斎にノックの音が響いた。

「どうぞ」

 僕はいうと、ノーラが入ってきた。

「どうしたの?」

 ノーラは肩を落としながら入ってきた。

「甘いお菓子が欲しいんです」

「カスタードクリームはあきたの?」

 ノーラはうなずいた。

「ホイップクリームも?」

 ノーラはうなずいた。

「なら、あんこを教えるね。でも、重労働だよ? 僕はレシピを見てやめたぐらいだから」

「かまいません。私には必要なんです」

 僕は説明した。しかし、あんこは作るのをあきらめて買う方だった。なので、レシピをいっただけにすぎない。できるかは、ノーラの料理センスにかかっていた。

「わかりました。研究します」

 ノーラは死にそうな顔のままで出て行った。


 昼食を食べてカリーヌの屋敷に行く。

 本来なら、無詠唱魔法の家庭教師とダンスの生徒になりに行く。しかし、今では遊びと情報交換の場になっていた。

 玄関では家長であるジスランに迎えられた。

「やあ。会心の出来だと思うんだ。食べてみてくれ」

 すっかり、ジスランはから揚げのとりこになっていた。

 僕はメイドの持つ皿から一つ食べた。

 ニンニクしょう油だと思うのだが、なにかが足りない。

「しょうがは入れていますか? それと、小麦粉だけでなく、片栗粉も入れるとよいと思いますよ」

「片栗粉? なんだね。それは?」

「ジャガイモからとれるデンプンですね。スターチとかいいました」

「スターチなら心当たりがある。探してみるよ」

 ジスランは書斎ではなく、台所と思わしき方向に歩いていった。

 僕はガーデンテラスにメイドの後に続いて歩いていった。


 ガーデンルームに入った。

「よう。から揚げ食わされたか?」

 アルノルトはいった。

「ええ。食べました。もしかして、みんなも試食させられていたんですか?」

 僕はいつもの席に座った。

「ああ。お父様が出てきて一つ食べさせられた」

 エトヴィンが答えた。

「ごめんなさい。お父様は泥沼にはまったみたいなの。それに、から揚げのおいしさを知って欲しいらしいの」

 カリーヌは謝った。

 から揚げを食べさせるのは、ジスランの布教活動みたいだ。

「まあ、それぐらいよいわよ。でも、異常なほどのハマりようね」

 レティシアはいった。

「ええ。お母様が心配しているわ」

「から揚げのお店でも作る気ですか?」

 僕はきいた。

「そんな話はないわ。でも、するかもしれない」

「まあ、競馬場で売りやすいですからね」

「できるの?」

 カリーヌは驚いていた。

「ええ。から揚げを串に刺して、おやつ代わりにすればいいですから」

「それなら、食べるわね」

 レティシアは感心していた。

「それより、ネタはないか?」

 アルノルトはいった。

「食べ物の特集でダメなんですか?」

 僕はきいた。

「食い物の話が第一面なのはあきている。もっと、変わったことはないか?」

 そういわれても、僕は大人しくしている。それに、父がいない今、生活を乱す人間は思いつかない。

「平和なのでよいのでは?」

「そうだけど、なにかないと困る」

「他の国の出来事は?」

「そういえば、キナ臭い動きがあると聞いたわ。目的はわからないけど、兵をそろえているらしいわ」

 レティシアはいった。

「それって、どこの国だ?」

 アルノルトはいった。

「となりのカシュゴ王国よ。王が人を集めて戦争に向かって動いているらしいわ」

「どこの国を攻めるんだ?」

「わからない。だから、記事にしづらいのよ」

 記事にするには情報がそろっていないようだ。

 僕はクンツに尋ねようと思った。

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