第268話 有翼族

 神霊族との接触する日が来た。

 朝から、導師は落ち着かない。朝食もうわの空だった。

「導師。それほどのことではないと思いますよ。無視されて終わる可能性が高いんです」

「どちらに転んでも、問題だ。無視するなら、人族をコマとしか見ていない。反対に答えるのなら、一つの種族の代表になる。緊張するなといわれても、無理だ」

「それほど、おおごとですか?」

「ああ。おまえがそんなに緊張していないのがわからない」

「まあ。よく見かけますから。僕からしたら、通りすぎる人という認識です」

「おいおい。軽く考えるなよ。出方しだいでは敵になる」

「有翼族を使っているんです。味方と思いませんよ?」

「それでも、慎重しんちょうに行動してくれ。敵に回したくない」

「まあ、そうですけど……。ですが、これほど、大事なら宰相を巻き込んだ方がよいのでは?」

「宰相は国を一番に考えないとならない。だから、政治的な話になる。種族間の問題に政治が入るのは危険だ。価値観が違う者たちの話し合いだ。種族の存亡の前では、国など関係ないと思ってないとならない」

「それなら、僕たちが勝手に進めていいんですか?」

「そうなんだよな……。だが、神霊族の存在を知っている人族は少ない。頼れる相手が少ないんだ」

「妖精族のルシアさんは?」

「頼れると思うが、妖精らしく気ままなところがある。だから、不安なんだ」

 導師の言葉では冒険家のクンツ・レギーンも入るのだろう。

「エルトンさんは?」

「彼は騎士だ。政治には詳しくない。この前の悪龍の討伐に参加を希望したからな」

「その理由は?」

「龍族の長老は恥部をなるべく人族に見せたくなかったはずだ。だが、エルトンは立候補した。だから、その機微きびをわかっていないんだ」

「本来ならクンツさんを入れた三人で行動する予定でしたね。理由はわかりました。それで、決行するのですか?」

「ふむ。……迷っている」

「声をかけるだけです。すぐに終わりますよ」

「少し、考えさせてくれ」

 導師の朝食は上の空で終わった。


 僕は導師の決意が固まるまで、龍族の長老からもらった魔導書を読んでいた。

 翻訳ほんやくされているが、呪文はそのまま使えない。原文をなぞって魔法を構築する。そして、わかりやすいように言葉を変える必要があった。

 魔法を詠唱化するのと同じで、時間のかかる作業だった。

 僕はそれに打ち込んでいると、龍からコールの魔法が届いた。

『これから迎えに行く。至急、来るように』

 僕が返事をする前にコールは切れた。

 僕は導師の書斎に走った。

「龍から連絡がありました」

 僕はそういいながらドアをノックする。

「入れ」

 そういわれて中に入る。

「緊急です。一方的にいわれて切れました」

 導師の顔がこわばった。

「わかった。そこで待て」

 導師はコールの魔法を飛ばした。しかし、すぐに切った。

「私たちでいくぞ。宰相はいない」

「わかりました」

 僕と導師は飛行の魔法で正門に飛んだ。


 すでに迎えの龍はいるようだ。正門が騒がしい。

 導師は門番に許可を取ると走った。

『急用ときいたが、なにが起きたのです?』

 迎えに来た龍に導師はきいた。

『有翼族が長老に会いに来た。それで、人族の代表を必要とした』

『代表とは私たちですか?』

『もちろん。厳密にいえば、小さき子になる。小さき子の存在は他の人族より大きいから』

 僕は疑問が走った。

『僕の存在が大きいとは、どういうことでしょうか?』

 僕はきいた。

『それは内に秘めたマナでわかる。マナをその身に集めたものは、影響力が大きくなる。小さき子が子供でも無視できない理由だ』

 僕の本心は、この異世界は変だ。その一言に尽きた。

 前世の知識で、僕はマナを集めて体にためることで、魔力切れに対応した。それが影響力に関係するとは思わなかった。しかし、それだけで、この世界では注目されるようだ。

『他の人でもできると思います』

『ふつうはできない。われらは小さき子しか知らない。何千年の時を経ても知らない』

 僕はふつうではなかったらしい。導師のいう通り前世の記憶は危険だった。

『それよりも手に乗ってくれ。有翼族の代表も待っている』

『わかりました』

 僕は龍の手に乗った。

 僕は運ばれながら、導師にコールの魔法を飛ばす。

『なぜか人族の代表になっています。どうすればいいですか?』

『……わからん。流れに任すしかない』

 僕は現実を受け止めるしかないようだ。

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