第252話 口伝

「おう。今日は仕事はなしか?」

 ガーデンルームに入るとアルノルトにいわれた。

「ええ。それより、僕って目立っているんですか?」

 みんなは沈黙した。

 僕は頭をかしげながらいつもの席に座った。

「シオン。自分は目立ってないと思っていたの?」

 レティシアはいわれた。

「多少、目立ちましたが、すぐにうもれたと思っています」

 四人があきれた顔をした。

 その顔に僕は自分の立場を理解する。

 貴族の子供でも知っているのだ。平民の大人なら知っているのかもしれない。

「シオン。あなたは龍族の大使。そして、戦略級魔法使いとして、魔族との戦争を終わらせた英雄よ。子供でも知っているわよ。紙芝居ではモデルになっているわよ。平民から伯爵になった有名人として」

 有名人としての言葉が重くのしかかる。

「そんなに目立ってますか?」

「当り前よ平民から伯爵よ。あこがれている子供はいるわよ」

 なにか恥ずかしい。

「顔を赤くする前に自覚しなさい」

 レティシアは怒っていた。

「まあ、ウワサは本人にはなかなか届かないと聞くわ。だから、自覚がないのかも」

 カリーヌはかばってくれた。

「まあね。でも、無自覚すぎ」

 レティシアににらまれた。

 異世界なら龍と話しても問題ないと思っていた。しかし、異世界でも珍しいことのようだ。

「普通には戻れませんか?」

「無理に決まっているでしょう」

 レティシアはさらに怒った。

 戦略級魔法使いとして、伯爵までになった自覚は薄かったようだ。僕は僕の知らないところで、他人の話題になっていたようだ。

「まあ、シオンらしくていいだろう? そうでなかったら仲良くしてないよ」

 エトヴィンは苦笑していた。

「オレなら自慢じまんするけどな」

 アルノルトは笑っていた。

「その前にアルノルトは活躍しないとな」

 エトヴィンは笑った。

 レティシアは息をはいた。

「まあ、シオンらしくていいわね。そういうところは」

「あまりいっちゃダメよ」

 カリーヌは指でバツ印を作った。

 みんなが僕をどう思っているか、僕は不安になった。


「シオン。滅殺と崩壊の欠点がわかった。物理的な攻撃に向かない」

 夕食の席で導師はいった。

「ええ。そうですね。奥の手にするには問題があります。一撃で倒したいです」

「お前もそう思っていたか?」

「はい。ですが、滅殺に物理的な攻撃を持たせるには問題があります。念だけでは人は殺せません」

「うむ。そうだな。新しい魔法を考えるしかあるまい」

「そうですね。ですが、今はなにも思いつきません」

「そうか。私の方でも考える。滅殺をベースにできればいいんだが……」

 導師でも滅殺の魔法の価値はわかっているようだ。

 敵に察知されずに攻撃できる。そして、距離と関係なく相手に届く。これで、敵を一撃で倒せれば魔法として、これ以上の攻撃魔法はいらない。そう思うだけの威力があった。

 食事の後に書斎に入ってからも魔法を考えた。

 滅殺以上の魔法を考えられない。滅殺をベースにして考えた方がいいようだ。

 しかし、前世の師は殺気がこもらないと殺せないと、切れ味が悪くて倒せないといっていた。

 僕は粘土を相手に殺気を込めて滅殺を放つ。

 粘土は砂になった。

 しかし、人体は肉のかたまりにはならずに形を保っていた。

 僕は殺気を込めていないのかもしれない。僕は戦闘で倒しても殺しとなるとためらう。だから、知らぬ間に手加減しているかもしれない。

 だが、導師は一人前の魔法使いだ。敵を殺すのも仕事の内だと思っているそぶりがある。その導師が魔法に殺気を込めないとは思えない。

 僕は頭に血を巡らせるために、浮いて逆さまになった。

 導師は逆に殺気を込めていないかもしれない。殺しが仕事の範囲なら可能性はあった。

 僕は地面に足を下ろすと導師の書斎に向かった。

 ドアをノックする。

「入れ」

 導師の声を聞いて、ドアを開けた。

「どうした?」

「導師は魔法を放つ時に殺気を込めますか?」

「ん?」

 導師は書いている紙から目を離して僕を見る。

「殺気なら込めんぞ。敵に察知される」

「では、滅殺の魔法に殺気を込めないんですか?」

「ああ。相手に気付かれたくないからな」

 やはり、導師は殺気を込めていないようだ。

「導師。滅殺と崩壊は殺気を込めないと、切れ味が悪くなります。試しに粘土でしてみてください」

「そうなのか? やってみよう」

 僕はかたわらにある粘土をこねて大きくした。

「どうぞ」

 導師の眉間にしわが寄る。そして、放った念には殺気がこもっていた。

 粘土は砂になった。

 導師は眉を寄せた。

 自分の思っていない結果だからだろう。

「シオン。これはどういうことだ? あきらかに威力が変わっている」

「前世の師は術に殺気を込めるようにいっていました。そうでないとゴーストなどを滅せられないらしいのです」

「そんなことで威力が変わるのか?」

「はい。霊的な法則だと思います」

「ふむ。これなら、奥の手として使えるな。だが、一段と危ない魔法になったな」

 導師はほほ笑んだ。

 導師は羊皮紙を出した。

「書き足してくれ。……いや、これは口伝にしよう。魔法としては危なすぎる。誰にもいうなよ」

 導師は羊皮紙をしまいながら笑っていた。

 いたずらっ子のようだ。

「はい。わかりました」

 僕はうれしくなって笑った。

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