第237話 ジスラン
書斎に入ると、デスクに指して座るようにうながした。
「ここは君の城だ。僕は客人だよ」
ジスランは座ろうとはしなかった。
「失礼します」
執事がイスを持ってやって来た。
「ありがとう。気の利く執事だね」
「いえ、こんなことしか力になれません」
「それができる人間は少ないよ」
ジスランはほほ笑んだ。
「では、失礼します」
執事が書斎から出てドアを閉めた。
「さっそくだが、目を通してくれ。緊急で必要かもしれない」
ジスランはデスクに紙を広げた。五枚ほどある。
「最初は何ですか?」
「これだね」
一枚の紙を指した。
案件を読んだ。
内容は貴族と平民の出入口の話らしい。これなら、ジスランが僕にきく理由がわからない。
「貴族用に入り口を裏口に作ればいい話では? 表の玄関は人で混雑します。馬車で乗り入れできるところを作ればいいだけです」
「うん。そうなんだけどね。そうすると、裏口になる。作業用搬入口と並んでしまうんだ。それでは、不快になってしまう。ゴミと一緒かと思われかねない」
「なるほど。なら、作業用搬入口を隠せばいいと思います。そして、開催中は搬入は閉じるように。それと、貴族用の入り口は意匠を凝らして豪華にすればいいかと」
「そうなるか……」
「ええ。作業用搬入口を見られなければ問題はありません。それより、今からでも設計を変えられますか? できないのなら、妥協するしかありません」
「うん。変えられるが、席まで遠くなってしまう。それは避けたい」
「では、作業用搬入口を遠くにするしかないですね」
「そうなるか……。設計士と相談するしかないな……」
「そうですね」
僕は考えているジスランを放って置いて案件を読む。
パドックの位置が決まってないらしい。
これは観客席から近い場所を作ればいいのでわきに置いた。
他の案件は光掲示板の使い方らしい。
これは光が文字になるように細かく配置して、注意や報告などに使えばよかった。
後はスタートのゲートの作りである。これは図案が描いてある。それに注意点も書いている。パッと見では問題がないようだ。
しかし、よく読むと同時に開かない可能性があるということだった。
これは問題である。レースの公平性がなくなるからだ。
だが、作って何度も試さないと出来上がらないだろう。僕には詳しい仕掛けはわからない。なので、魔道具屋頼みだった。
次の案件は馬券売り場と換金所の場所だ。入り口から観客席の間の動線に並べるようだ。これは問題なかった。
僕はジスランを見る。
まだ、考えているようだ。
貴族とは面倒臭い生き物らしい。僕の場合は危険でしかないけど。
「ん? 読み終わったのかい?」
ジスランにきかれた。
「ええ。目を通しました」
僕はそれぞれの案件に感想を述べた。
「光掲示板は他にも応用できそうだね?」
「ええ。色が緑と赤と青と切り替えられると絵画のように絵になりますよ」
「そうなのか……。でも、それは後だな」
「場内での音声による報告や注意の案件がありませんでしたが、それは通ってましたか?」
僕の記憶にはなかった。
「いや、記憶にない」
「それは、必要なので作ってください」
「わかった」
ジスランはメモしていた。
メモが終わると、ジスランは顔を上げた。
「すまないね。こんな時に」
「いえ。僕の方こそ、申し訳ないです。問題を作りました」
「それは君のせいではないよ。相手が悪い。君のことだから自分を責めているかもしれないが、間違えないように」
ジスランはほほ笑んだ。
「心に刻みます」
「では、仕事は終わりだ。少し遊ぼうか。娘を連れて来た意味がない」
「お気遣いありがとうございます」
「気にしないで欲しい。カリーヌも会いたがっていたから」
「それは嬉しいです」
ジスランにはいつもお世話になってばかりだった。
危ない神器を振りまいている鍛冶屋は捕まったようだ。
クンツが捜索したらしい。そして、振りまいた神器も回収したようだ。
だが、僕はまだ屋敷から出られない。
鍛冶屋が武器をいくつ振りまいたのかわからないからだ。
そんな中、宰相が屋敷に来た。
今回は僕も同席だった。
「悪いが、呪いの神器を壊してくれないか?」
宰相の依頼は簡単なものだった。
危ない武器は消したいらしい。
「振りまいていた人物は捕まえたのですか?」
導師はきいた。
「ああ。クンツ・レギーン男爵の案内で捕まえられたようだ。隣国で牢屋に入っている」
宰相はあごをさすりながら答えた。
「神霊族に利用されていたんですか?」
「神の声をきいたらしい。そう聞いた。反省はしていないらしい」
「洗脳されてますね」
「ああ。だから、テルフヤ国でもあつかいに困っているようだ」
「それなら、クンツの魔法で何とかなるでしょう?」
宰相はあごをさする。
「その意味は?」
「クンツは呪いを反転できます。鍛冶屋の呪いも反転できると思います」
「なるほど。それは隣国にいる彼にきいてみよう。それで、呪いの神器は壊してもらえるかな?」
導師は僕を見た。
「神器は壊せますが、保管しておいた方がいいです。呪いを反転させて、神霊族を殺しに行くようにできると思います」
僕は考えていたことを話した。
「……なるほど。それもいい考えだな」
宰相は考えた。
「イヤな一手を指すなぁ」
導師にいわれた。
「ですが、神霊族の居場所も知らないんですよ。あてがありません」
「まあ、そうだが……」
導師にしては珍しく嫌がっていた。
宰相が顔を上げた。
「男爵に運んでもらおう。そして、呪いを反転させて保管する。神霊族を倒せると確信できたら使おう」
宰相はいった。
「いいんですか? よくも悪くも洗脳されますよ」
導師はきいた。
「今のところ、他に方法はない。小さな切っ掛けでも頼るしかない」
「……そうですか……」
導師は力なくいった。
相手は神霊族だ。正体不明の種族である。手を出すのは引けるのだろう。
「後二、三日は静かにしてもらう。ばらまかれた神器は回収できているとは思えないからな」
「はい。わかりました」
謹慎していると、クンツが顔を出した。
僕と導師は応接室で顔を合わせた。
「仕事は終わったのか?」
「ああ。荷物運びと呪いの反転だけ。一日で終わったよ」
ゲートの魔法がある隣国まで遠くても、すぐにたどり着けた。
「それで、鍛冶屋はどうなった?」
「今は神霊族を呪っているよ。それで、そのための武器を作っている」
「神霊族に人生を狂わされたか……」
「まあな。だが、神霊族を殺せる武器を作ることを許されたんだ。鎖につながれても寛大な処置だと思うよ」
「作った武器のせいで騎士や関係のない者たちが死んだ。利用されても、その責任は取らないとならないか……」
「そうだな。それで、そっちは進んだのか?」
「比べる相手がいないのでわからない。だが、シオンは使っている」
「あんたは?」
「まだだ。理屈がわかっても、純粋に力が足りない。魔法使いの鍛え方と違うため、他の力がいる」
導師はそういうが、魔法の修行で使う投影に念を込めればいいだけだ。ブレイクブレットを強力にするように。
謹慎が解かれると、思ってもみないことになった。
騎士団は帰ったが、アドフルとエルトンがランプレヒト公爵家の護衛になった。
一時貸し出しだが、二十四時間屋敷にいて守ってくれるようだ。
護衛を探していたのがウソのようだった。
「しばらくご厄介になります」
エルトンとアドフルはいった。
「よろしく頼む。必要なものがあったらいってくれ。可能な限り用意する」
導師はいった。
「ありがとうございます」
「では、お部屋に案内します。空いている客室は多いです。お気に召した部屋でお休みください」
執事は二人を連れて屋敷を案内していた。
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